1話『俺の幼馴染は規格外』
たぶん毎日投稿です。
ドゴンッ!
すさまじい破壊音が、夢の世界にいた俺を叩き起こした。
何だ、戦争か!? 魔族でも攻めてきたのか!?
寝ぼけ眼でベッドから起き上がり、俺は窓の外をうかがった。
明るい朝の日差しが、寝起きの目にひどくまぶしい。
小鳥がさえずり、緑の若草が揺れる春の景色。
質素な作りの家々が立ち並ぶ村は、実に牧歌的な雰囲気に満ちている。
ある一点を除いて。
「おいおい、今度は何だよ。何しでかしたんだあいつ……!」
異変が起きているのは、幼馴染シアの家だった。
丘の上にある大きな屋敷。
その二階の壁には大穴が空き、そこからもうもうとホコリが舞い上がっている。
もうとにかく、ろくでもないことが起こったのは間違いない。
「ったく……! 後始末するの俺なんだからな……!」
これでいったい何回目だろうか。
泣きたい気持ちになりながら、俺はサンダルを履いて外に飛び出した。
全速力で丘を駆け上がり、屋敷の周囲を囲む塀を飛び越える。
たき木小屋の屋根に一息によじ登ると、そこから大穴の縁に手をかけた。
「シア! 今度は何やったんだお前!」
「……何って言われても」
そこにいたのは、俺と同い年の少女だった。
肩で切りそろえた黒髪に、ブドウを思わせる紫色の目。
ホコリだらけのワンピース姿で、その少女――シアはきょとんとした様子で首をかしげた。
「私はただ『ウォーターボール』を唱えただけど?」
「嘘つけ! 初級魔法の『ウォーターボール』でこんなことになるわけないだろ!」
『ウォーターボール』といえば、手のひらに収まるくらいの水の玉を生み出す、ごく簡単な魔法のはず。
間違っても、こんな砲弾でも食らったみたいな有りさまになるはずがない。
しかし、シアはあくまで自分の主張を曲げようとしなかった。
と、そこへ騒ぎを聞きつけたと思しき人物が、ドタドタと足音を立ててやって来た。
「ど、どうしたんじゃシア! 何があったんじゃ!」
「あ、おじい様。おはようございます」
「おお、おはよう。シアは相変わらず礼儀正しいのう……ではなく! なぜシアの部屋が半屋外仕様になっておるんじゃ!?」
朝っぱらからノリのいいツッコミを繰り出しているのは、シアの祖父であるダレン村長だ。
この村の村長でもあり、シアを愛してやまない親バカならぬ爺バカである。
「なぜと言われても、私はただ『ウォーターボール』を唱えただけです、おじい様」
「そんなバカな! 初級魔法の『ウォーターボール』でこんなことになるはずが……!」
村長、そのくだりはもうやりました。
だいたい察しがついた俺は、はあとため息をついた。
「アレだろ。どうせまた魔力の調整に失敗したとか、そういう奴だろ」
「うん。さすがラッド。よく分かったね」
「いや、おおかたそんなとこだろ毎回……」
相変わらずのトボけた顔を見ていると、俺は怒る気も失せた。
「な、なんと! 『ウォーターボール』でこんな威力を出すとは! やはりシアは天才じゃああああ――!」
「? そうなの? 私ただ、無詠唱で魔法を使おうとしたら、制御を失敗しちゃっただけなんだけど……」
「む、無詠唱じゃとおおお――!? 齢十二にして無詠唱魔法を操るとは、やはりシアは天才じゃあああ――!」
いちいちうるさいなこのじいさんは。
毎度毎度よくこんな新鮮なリアクションを取れるもんだ。
ボケの兆しか?
続いて、シアの両親も部屋に駆けつけてきた。
「シア! ど、どうしたんだ! いったい何があったんだ!」
「何があったの、シア!?」
「何って、ただ『ウォーターボール』を使っただけだけど?」
「嘘はいけないぞ! 初級魔法の『ウォーターボール』でこんなことになるわけがないだろう!」
「でも、本当にそうよ。無詠唱で『ウォーターボール』を使おうと思ったら、制御を失敗しちゃっただけ」
「む、無詠唱だってえええ――! 十二歳で無詠唱魔法を使えるなんて、やっぱりうちのシアは天才なんだああああ――!」
「あなた、落ち着いて! ラッド君がびっくりしてるわよ!」
お母さん、違います。
びっくりしてるんじゃなくて引いてるんです、血の繋がりに。
と、そこへ騒ぎを聞きつけたメイドさんたちがやって来た。
「お嬢様! いったい何が」
「すいません、もう俺から説明します! シアが無詠唱で『ウォーターボール』を唱えたら制御を失敗してこうなったそうです!」
「えええええ!? 『ウォーターボール』でこんな大穴が!? しかも無詠唱なんて信じられませええええん!」
いちいちうるさいなこの家の人たちは!
家訓か? そういう教えでもあるのか!?
とまあ、見ての通り、俺の幼馴染のシア――アレクシア・シュレーディンガーは規格外だ。
魔法を使えばものが吹っ飛ぶし――
「やはりシアは魔法学院に通わせるべきじゃ! この才能をこんな片田舎で腐らせておくのは国家の損失じゃ!」
「い、嫌だよ父さん! シアはずっと村で暮らすんだ! ねえシア、外の世界なんて怖いことでいっぱいだよ。学院なんて行くことないよ、ね?」
「うん。別に興味ない。それに、私もお父さんたちと離れたくない」
「し、シア……! 僕もだよ! 僕もシアのことが大好き――!」
「抱きつくのはやめて」
「ぐわあああああ――!!」
――身体を動かせば人間が吹っ飛ぶ。
感極まってシアを抱擁しようとしたシアの父が、突き飛ばされて本棚に頭から突っ込んだ。
ドサドサドサ! とその上から本の雨が降り注ぎ、本人は埋もれて見えなくなる。
成人男性を五メートル近くノーバウンドでふっとばすとは。
相変わらずの馬鹿力だ。
俺も慣れないうちは、よくあの力の餌食になっていたものである。
「でも、シアを学院に入れるのはいい考えだと思いますよ。魔法の扱い方をちゃんと教われば、こんな風に暴走することもなくなると思いますし」
「ラッドの言う通りじゃ! やはり良いことを言うの、お主!」
「まあ、それほどでも」
このままシアがまともな魔法教育を受けずにいたら、将来どんな大人になるか分かったものではない。
と、シアが俺の方を見た。
「ラッドは学院に入るの?」
「入るのって聞かれても。俺の家は貧乏だから無理だよ」
「ふうん……」
しばらく考え込んだのち、シアはお爺さんに言った。
「ラッドと一緒なら行く。だから、ラッドの学費も出して」
「むう……確かにラッドもふさわしい才能の持ち主ではあるが……」
「そんな、悪いですよ! 夕飯をごちそうになるのとは訳が違うんですから!」
慌てて俺は口を挟んだ。
魔法学院とやらにも興味はあるが、この世界では学院に通えるのは、余裕のある貴族や大商人の子どもだけだ。
そんなところの学費なんて、庶民の年収ではとてもまかなえまい。
しかし、お爺さんはとうとう首を縦に振った。
「……よかろう! ただし条件がある! ラッド、お前さんにはシアの目付役を頼みたい!」
「本当ですか!? しかし、目付役とおっしゃいますと?」
「シアが壊したものはお主が直しておくれ。それが学費の代わりじゃ」
「あ、了解です……」
いったい年間にいくつ壁を破壊したら学費分になるんだろう。
……もしかして人間も何人か壊すのを想定しているんだろうか。
そして、シアが学院でも何かを壊すのは、お爺さんにも想定済みらしい。
こうして、なし崩し的に俺の学院入りは決定したのだった。
面白そうだったらブクマと評価お願いします。