年長者として
葉織家の和室にて、大きなテーブルを囲うようにして座っているのは暁メンバーの6人。
皆主たる凜の言葉に耳を傾けている。
「皆わざわざ集まってくれてありがとう。今日話しておきたいことは二つある」
一度皆を見渡してから続けて言った。
「まず一つは、近々善治郎が仕事に復帰するとのことだ」
「おお、おじさん帰ってくるんですね!」
「・・・茜、くれぐれも本人には『おじさん』なんて言わないようにね。あれで結構ナイーブなんだから」
「あ、えへへ、気を付けまーす」
頭を掻きながら茜は苦笑いした。
鬼島善治郎。25歳の妻と5歳の娘を持っていて、半年前から暁メンバーとしての活動を休止していた。
凜とはアライブ所属時からの中で、当時はよく紅羽や樹も含め一緒に任務をこなしたり、休日は旅行なんかに行ったりするほど仲がいい。
「なんにせよ善治郎のおっさんが帰ってくるってんなら俺らの負担も少しは減るかね」
「そうね。わたし最近は特にゆきからの誘いを断ることが多くなっちゃったから、申し訳なかったのよね」
「ああ、実はもう一つの話は今アリアが言ったことと関係してるんだ」
凜の言葉にアリアは首をかしげる。
「どういうこと?」
「・・・ファントム?」
「ああ、正解だ美雨。皆も薄々感づいてたと思うけど、最近ファントムの出現数が多くなってきてる。
といっても急激に増えたのではなく、徐々に徐々に、けど、確実に」
「確かに、それは私も感じてました。けどそのことに何か意図があるのか、たまたまそうなってるだけなのかはわかりませんけど」
凜が感じていたことに茜が同意する。
「・・・紅羽、前に調べてほしいと頼んでいた件はどう?」
「はい、アライブに探りを入れたところ、秀道さんの言う通り、吉田は20歳になって少ししてから、アビリティを使えるようになったみたいです。ただ・・・」
「ただ?」
「・・・どうもアビリティを発動できた原因は、従来の発動の仕方とは違い、人為的なものではないかと、私は疑っています」
「「「ッ!!!」」」
紅羽の言葉に凜以外の皆が驚く。無理もないことだった。アビリティは10歳前後に、それも自然に発動するという認識が強く根付いている。
そのため人為的に発動したという意見は衝撃を与えた。
「おいおい、そんなことあるのかよ。聞いたことねえぞそんなアビリティがあるなんざ」
「私だってないわよ。・・・けど、アライブが吉田に取り調べをした際に本人が言ったらしいのよ」
『アビリティを発動する前、変な黒いフードを被った、男か女かもわからないやつが俺に接触してきたんだ。・・・そしてやつがこう言った。『力が欲しくないか?』って。もちろん最初は怪しいと思って追い払ったんだが、その日の夜にまた来やがって、そしたらアビリティを使えるようになると言ったら?って言うからよ。少し考えたが、本当にそうならよこせよって言ったんだ。そしたら次の瞬間には目の前が真っ暗になって気を失ってたんだが、目が覚めたらアビリティが使えるようになってたんだ』
「・・・にわかには信じられない話だけど」
「逆に言えば、今世界中の人間一人一人がどんなアビリティを持ってるかなんて、分かったものじゃないから、一概に否定できるものでもないのよね」
「仮にその話が本当だとして、そのフードを被った人は何の目的があってそんなことしたんだろ」
「うーん」
「・・・」
皆が考えている中、凜が口を開く。
「ひとまず、そのフードを被ったやつのことを、仮にⅩとしよう。そいつの目的や正体については続けて調査を行ってくれ。今の話を善治郎には俺から伝えておく。各自何か情報を掴んだら随時報告するように」
「「「了解」」」
「では以上、解散」
「そうか、そんなことが」
「ああ、だから善治郎も何かわかったら随時皆に報告を頼む」
「承った」
鬼島家の客間にて凜と善治郎が話し合っていた。
「ところで、休暇中はどう? ちゃんと楽しめた?」
「ふふ、ああ、おかげさまで娘とも妻ともより仲を深めることができたよ。・・・総大将には礼を言わねばな」
「別にいいって。俺も今はそうした方が良いと判断して承諾したんだから」
「それでもだ。お前には世話になりっぱなしだからな、俺は。感謝してもし足りないくらいだ」
「いやそんな・・・」
「ふふ、善治郎さんの言う通りですよ、凜様」
二人の会話にふと入ってきたのは、お茶を持ってきた善治郎の妻である華奈だった。
「どうぞ、お菓子もありますが」
「ん、お構いなく。・・・けどほんとに、そこまで言われるほどのことはしてないと思うけどなー」
「そんなことありません。凜様がいらっしゃらなかったら、私は善治郎さんと出会うことも無かったのですから」
「そうとも、だから素直に俺たちの気持ちを受け取っておくといい」
「うーん、まあそういうことなら、わかったよ」
やれやれとため息をついた凜に、二人はくすくすと笑っていた。
「そういえば都子ちゃんは?」
「ああ、今昼寝しているんだが、そろそろ・・・」
と言いかけたところで、部屋の扉が開いた。
「んん~・・・おかあさ~ん、のどかわいた~・・・んん?」
寝ぼけ眼で凜を視界に移すと、パッと花が咲いたように笑顔を見せた。
「りんおにいちゃん!」
トトトッ、と駆け寄ると凜に向かってダイブした。
「おっと、はは、こんにちは、都子ちゃん」
「うん! こんにちは! りんおにいちゃん、遊びに来てくれたの?」
「うん、そうだよ」
本当は善治郎と近況の話しをするためだったが、そんなことを言えるわけもないため、凜は肯定した。
「わーい!じゃあじゃあ何して遊ぼうかなー」
楽しそうに考えている様子を見ながら、三人はほっこりしていた。
日が暮れるまで二人が遊ぶと、都子はふと遊び疲れたのか眠ってしまった。
「ありゃ、寝ちゃったか」
「凜様、娘と遊んでくれてありがとうございます。この子は本当に凜様のことが大好きだから、とても嬉しいのだと思います」
「はは、それならよかった。俺も都子ちゃんと遊ぶのは楽しいから」
「ふふ、よかった。それでは、都子を部屋まで運びますので」
そういって華奈は都子を抱えて部屋へと向かった。すると入れ替わるように善治郎がこちらへやってきた。
「都子は眠ったか」
「ああ、華奈さんが部屋に運んで行ったよ」
「そうか」
善治郎は凜の正面に座る。
「明日から仕事に復帰すると言ってたが、大丈夫か? 体鈍ってんじゃない?」
「ふっ、これでも休暇中絶えず鍛錬はしていたからな。明日ファントムと戦おうとも問題ない」
「そりゃ頼もしいや」
「まあ、今の俺には何よりも守りたいものが二つもあるんだ。いくら休暇中とはいえ、悠長に構えてばかりはいられんさ」
「そっか。そうだな」
「そうでなくとも、暁の中では俺が一番年上だが、まだまだ若いもんに負けるつもりはない」
「・・・そのセリフがすでに年寄りくさい気もするが」
「うるさいぞ」
いいながら二人は笑った。
「いずれにしても、謎の人物Xに、徐々に増えてきているファントム。これからまた忙しくなりそうだ」
「ああ、かなり厄介なことになりそうだが、どうにかするしかないんだよな」
「・・・凜」
少し間を置いてから、善治郎が凜の目を見て呼びかける。
「うん?」
「お前のことは昔からよく知っている。いざというときほどお前は周りを頼らず自分一人で解決しようとする節がある」
「・・・そ、そうか?」
「自覚がないのがまたあれだが・・・・。まあとにかく、一人でやろうとするなよ。お前の周りには、お前を慕い、信頼し、どこまでも付いてきてくれる仲間がいる。だからどんなときでも皆を頼り、任せろ。それが総大将としての役目でもあるんだからな」
「・・・・」
善治郎の言葉に少し驚いた表情をする凜。だがすぐに表情を戻し「わかったよ」と言った。
「と、すまんな。少し説教くさくなってしまったか」
「いや、言われてみれば確かにって思ったし、何よりそういうこと言ってくれるやつがそばに居るのは、ありがたいことだからね」
そう言うと凜は立ち上がり、帰り支度を始めた。
「送っていこうか?」
「いや、いい。ちょいと歩きたい気分だし」
「そうか、気を付けてな」
「ああ」
玄関を出ていく凜を見送ると、後ろから華奈がやってきた。
「ふふ、二人を見ていると、なんだか少しだけ焼けてしまいます」
「聞いていたのか」
「少しだけ」
「そうか」
短く返し、居間に戻ろうとすると華奈が呼び止めた。
「善治郎さん」
「うん? どうした?」
「先ほど凜様に言った言葉、あれは善治郎さんにも当てはまりますからね」
「・・・・どれのことだ?」
「一人で無茶をするところです」
「むっ、そんなことは」
「あります」
「・・・・はい」
観念したようにうなずく善治郎に華奈はくすっと笑った。
「肝に銘じておく。だが先ほど言ったように、俺はあの中で年長者だからな。体を張ってでも、未来ある若者を守るのも、俺のやるべきことだ。」
(こう言うとなんだか死亡フラグみたいだな)と密かに思ったのは秘密である。
「そうですね。・・・善治郎さん」
「うん?」
「明日からまた、頑張ってくださいね」
「・・・おう」
二人は今度こそ居間に戻り、少し豪華な夕食を堪能するのだった。