そもそもアビリティって
「ねえマスター、今更なのだけれど。根本的に、アビリティって何?」
「本当に今更な質問だね」
アリアの問いに凜が苦笑いした。
「けど言われてみれば、あまり詳しいことって分からないよね。昔隕石がどうのっていう話は聞いたことがあるけど」
茜はうーんと唸っていた。まあ無理もないかな、と凜は思う。確かに今やアビリティが日常に溶け込んでいるためか、あまりそれが何なのか疑問に思うものは、それこそアビリティを研究している人以外いないだろう。
「アビリティのことは学校では習わないの?」
「ええ、そういうカリキュラムを入れている学校はないんじゃないかしら」
「そういえば無いよね。なんでだろ」
「・・・まあ多分、詳しく教えられるほど研究者たちも含めて理解できていないんだろうね」
「お兄ちゃんは何か知らないの?」
「うーん、さすがにねぇ。100年ほど前に彗星が日本の所有する離島に直撃したことが原因、くらいしか知らないなぁ」
それを聞いてアリアと茜は思わず口を開いたまま固まった。今凜が言ったことは2人はもちろん、暁のメンバーやアライブにさえ知っている者が少ないことなのだ。
「ちょ、凜あなた、知ってるの!?」
「うん。といってもほんの少しだけどね」
「知ってるなら教えて、お兄ちゃん!」
「・・・凜、私も、知りたい」
少し騒がしくしすぎたためか、凜の膝で眠っていた美雨が起きてきた。
「あ、起こしちゃったか」
「・・・んん、平気。それより」
「ああ、わかったよ。教えてあげる」
そいうと凜は少し姿勢を正して、話し始めた。
「さっきも言ったように、今から100年ほど前、日本のある離島に彗星が落ちてきたんだ。ただ、それだけだったら珍しいことではあるけど、過去何度も隕石がどこかの大陸に直撃、なんて話はよくあるからね。直接アビリティとは結び付かなかったと思う」
「けど、その彗星はどうやらかなり特殊なものだったみたいで、離島に直撃した瞬間、光の粒がその彗星から大量に放出されて、世界規模にまで広がって降り注がれたらしい。そして、光を浴びた人間がアビリティを使えるようになっていた、というわけ」
「光の粒、ねぇ」
「じゃあその彗星がアビリティを持ってたってことになるの?」
「いや、おそらくアビリティは副産物のようなものなんじゃないかな。さすがに彗星そのものに意思があったとも思えないし。アビリティを使おうにも、“使うぞ”っていう意思がないと発動しないでしょ?」
「あー、確かに」
「彗星にはアビリティのもとになる不可思議な力の塊みたいなのがあって、離島に直撃した際、その衝撃で砕け散ったんじゃないかなって、俺は思ってる」
そこで話を区切り、お茶を啜る。
アリアは少し思案顔になり、思ったことをつぶやいた。
「なんだか話がいきなり宇宙規模になりそうな感じね」
「はは、まあいずれはそうなるだろうね。地球上に元からあったものじゃない以上は」
「というか、どうして凜はそこまで詳しいのかしら?」
「ああ、アライブに居たころ、上層部の目を盗んで極秘の資料を読み漁ったことがあってね。そん時に知ったんだ」
「・・・・・なにか今とんでもないことを聞いた気が」
「あ、あはは」
アリアは頭に手を当て呆れ果て、茜は苦笑いしてみせた。美雨は凜ならやりかねないと分かりきっているためか、特に反応を示さなかった。
「け、けど、アビリティを使える人とそうじゃない人で別れてるよね。それはなんで?」
強引に話題を切り替えようと茜が次の疑問について凜に問いかけるが、凜もそこについては確信めいた情報は持ち合わせておらず。
「うーん、そこはよくわからないね。憶測だけで言えばキリがないだろうし」
もし、と続けて凜が話しを続ける。
「もし、アビリティについてもっと詳しく知っている人がいるとしたら、おそらく件のⅩかそれこそアライブの上層部の一部の人間だろうね」
「・・・アライブは難しそうだから、結局のところ、Ⅹをとっ捕まえるしかないってことかー」
茜がげんなりしたように言った。というのも以前アライブに所属する信たちと協力関係を結んでいこう、まったくⅩについての情報を入手できず、もう1週間が経とうとしていたからだ。まだまだ諦めるつもりこそ無いものの、少しばかり気が滅入ってしまっていたのだ。
「こればかりは根気よく行くしかないわよ、茜」
「それはそうだけどさぁ」
「・・・さすがに一つも情報が無いのは痛いかも」
「ふむ・・・」
みんなの気が沈みかけたところで、凜が空気を換えるように明るく言った。
「よし、じゃあこんな時は皆で美味しいものを食べに行こうか」
「へ?」
「ほらほら、ささっと準備して行くよ!」
「あ、ちょ、ちょっとお兄ちゃん!? 待ってよー!」
「・・・おなかすいた」
そう言いながら立ち上がり、一同は外食すべく街へ足を運んだ。
「さて、どこに行こうか」
「いや決めてないのね」
「あはは、まぁ急に決めたことだしね」
会話をしながら行き先を決めていると、ふと凜が足を止めた。
「? どうしたの凜」
「・・・全員臨戦態勢! 来るぞ!」
「「「ッ!!!」」」
凜の命令にバッと戦闘準備をし、周囲を警戒する。すると一瞬で夜になったかのように周りが暗くなり、周囲にいた人たちが消え、
この空間には凜達しか残っていなかった。
「なっ!! なによこれ!?」
「まさか、アビリティ!?」
「・・・」
「おそらく、アビリティによる結界だろう」
『正解だ、葉織凜』
「ッ! 誰だ!」
突然聞こえたどこか機械めいた声に驚きながらも、周囲に目を配り、問いかける。すると凜の目の前、それも空中にそれは浮いたまま
こちらを見下ろしていた。
「・・・う、浮いてる?」
「あれもアビリティなの?」
「・・・・わからないけど、なんか、すごく嫌な雰囲気」
「で、なんとなく予想は付くけど、誰だ、お前」
『フフ、名乗る名は持ち合わせていないのだが、そうだな、君たちが名付けたⅩ、とでも言っておこうか』
「っ!! あんたがⅩ!」
「・・・へぇ、わざわざそっちから来てくれるなんてな。これまで一向に足がかり一つすら見せなかったのに、どういう風の吹き回しだ?」
Ⅹに問いかけながらも凜は考える。
(なんだこいつ。目の前にいるのに気配を感じない。)
『アライブの連中はあまりに不甲斐ない。だが君たち暁はなかなかに面白い。特に葉織凜、君はおそらく、唯一ワタシに迫ることができる存在だろう。ならばそんな君に会ってみたいと思うのは必然だと思うがね』
「・・・というか、なんで俺の名前知ってんの?」
『フフ、君だけではない、ワタシはこの世界のことならなんでも知っている。そういうアビリティを持っているからね』
「っ・・・!」
(もし、今の話が本当なら、それではまるで)
『まるでラプラスの悪魔・・・といったところかな?』
「・・・こっちの考えもお見通しってわけね」
冷や汗をかきながらも凜は隙を見せまいと言葉を続ける。
「そんで、俺に会いに来たみたいだけど、ついでになんか情報くれたりしないわけ?」
『そうだな・・・ワタシはこう見えて優しい方なのでね。一つだけいいことを教えてあげようか』
そう言うとⅩは人差し指を立てて、こう言った。
『ワタシは100年前に生まれた、言ってしまえば地球外生命体のような存在なのだよ』
「「「・・・・・・・・・・・・は?」」」
突然世迷言のようなことを言い放ったⅩに、アリア、茜、美雨の3人はその思考をフリーズしてしまった。
(・・・まあ仕方のないことだけど)
凜はそんな3人に心の中でフォローしつつ、しかしまったく冗談には聞こえなかった。なにせ100年前といえば。
「・・・あの彗星から生まれた、もしくはあれが持っていた力そのものがお前という存在を作り出した、そう言っているのか」
『すばらしい、またまた正解だ。そう、ワタシは100年前に落ちた彗星の持つ力の集合体、それがこのワタシだよ』
Ⅹはどこか嬉しそうなテンションで言った。対して凜は自分の予想があまり当たって欲しくなかったのか、険しい顔をした。
「今目の前にいるお前からまったく気配を感じないのは」
『これもアビリティによる幻覚のようなものさ』
つまりこの時点でⅩは複数のアビリティを持っていることがわかる。しかも彗星の持つ力の集合体だ。まだ隠し持っている
アビリティはそれこそ数知れない。
(ああ、信が言ってたっけな。『危険な臭いがする』って)
以前の信の言葉をふと思い出し、目の前の存在を改めて認識すると気が滅入ってしまいそうになる。
『さて、今日はこれくらいにしておこう。ワタシもこう見えて忙しいのでね』
「・・・待て、お前の目的を言え」
『フフ、それは君たちが自力で見つけるといい』
Ⅹはさらに高く浮き上がり、『では諸君、また会える時を楽しみにしているよ』。そういって姿を消すと同時に周囲も人も元に戻った。
「「「・・・・・・・」」」
それでもしばらく固まったままの3人に凜は苦笑しながら言った。
「3人とも、大丈夫か?」
「あ、え、ええ。ごめんなさい、途中から考えることを放棄していたわ」
「私も」
「・・・ん、わけわかんない」
「はは、まあ無理もないかな、本当に宇宙規模の話になる可能性が目の前に現れたんだし」
「というか凜はよく普通に話せたわね」
「いや、正直いっぱいいっぱいだったよ。まだ頭ん中混乱してるし」
そこで区切って周りを見渡し、飲食店を見つけると指をさしてこう言った。
「とりあえず、あそこで休憩しようか。ご飯もまだだったしね」
「・・・そういえばおなかすいてた」
「ええ、そうしましょう」
「もうへとへと~」
情報を整理し、ついでに腹ごしらえもしようと4人はお店へ入るのだった。