謎のⅩとアビリティ
日本特別防衛組織『アライブ』の事務室にて、とあるチームの三人が件の人物Ⅹについて話し合っていた。
「吉田が証言していた謎のⅩ、何者かというのも重要ですが、何よりそのアビリティは放置しておくのはまずいと思います」
そう発言したのは千石千雨。茶色の目、茶色の髪をした若い女性だ。
「そうですね、アビリティ保持者でない者に対して発動することで、対象がアビリティを発動できるようになる、これが世間に知れ渡れば・・・」
千雨に続いて発言したのがアルト・バンドールド。水色っぽい目と髪をしたいかにも優男な印象を持つ少年である。彼はまだアライブに入ったばかりの新人だ。
「あー、かったりーけど、そんなことになれば自分も自分もと一般人はそのⅩに接触しようとするだろうな。そしてそれが叶ってしまえば間違いなく、今とは比較にならないほどアビリティによる犯罪も増えるだろう」
最後に松本信。黒目に黒髪、少し無精髭を生やした男。このチームのリーダーであり以前吉田に取り調べを行った人物でもある。
「最近ファントムの出現数も増えてきてますし、いずれ大パニックになってもおかしくありませんね。それこそ、5年前のファントムレイドがまた起こることだって・・・」
「まあ、可能性はあるだろうな。・・・いずれにしても、うちも早急に手を打っておいたほうがいいだろう。ということで今からある場所に向かい、ある人物と話をしに行く。お前らも準備しろ」
「「え?」」
そういって立ち上がった信にあわてて付いて行く二人。
「ちょ、どこ行くんですか!? ある人物って一体」
「なに、お前らも知ってるやつさ。世間的には非公式になってる連中だがな」
「・・・ッ! それって」
「ほれ、行くぞ」
なんやかんやで三人は目的地たる葉織家に到着していた。
「ほえー、大きなお屋敷ですねー」
「ええ、これぞ日本って感じがしてボクは好きですね」
その大きな屋敷を目の当たりにし、驚きの声を上げている二人をよそに、信はインターホンを鳴らす。しばらくすると門が開き、中から赤い髪の女性、紅羽が出てきた。
「はい、どちらさまで・・・って松本さん!? それに千雨さんまで!? 一体どうしてここに」
「わあ、紅羽ちゃん!! 久しぶり! 元気にしてた?」
「え、ええ。千雨さんもお元気そうで。えと、松本さんもお変わりないようですね?」
「ああ、まあな。それより、葉織のやつはいるか? 話があるんだが」
「あ、はい、大丈夫です。どうぞこちらへ」
紅羽は三人を中へ入れて、凜のもとへと案内する。向かう途中、千雨が紅羽に耳打ちをして他の二人には聞こえないようにある質問をした。
(ねね、紅羽ちゃん。結局凜君にはもう告白したの?)
(ふえ!? ちょ、千雨さん、急に何を!?)
(だって気になるじゃない。アライブ時代から彼のこと好きだってこと、周りにもバレバレなくらいだったし。気づいてないの凜君くらいだよ、多分。)
(あう~、なんか前にも似たような話をした気が・・・)
(それで? どうなの?)
(し、してません。そんな簡単にできるわけ)
(えー、だめだよ紅羽ちゃん! 早いとこゲットしておかないと誰かに取られちゃうって。まだ20にもなってなくとも、優良物件間違いなしなんだから。今も狙ってる人、結構いるんだよ?)
(うっ、そ、それは分かってますけど・・・や、やっぱりそんな簡単にはいきませんよ~)
顔を赤らめて弱音を吐く紅羽に、千雨はやれやれと呆れたように首を振った。この様子ではまだまだ前途多難なようだ。そう思って、ひとまずこの話は終えることにした。
ちなみにそんな二人の様子を見た信とアルトは訳も分かるはずもなく、首をかしげていた。
そうこうしているうちに凜のもとへ到着する。しかし紅羽はすぐに声をかけず、しばらくお待ちいただけますか?と問いかけた。
凜は美雨に刀の稽古、それも自分の修めた流派である天葉流を伝授しているのである。
「ああ、かまわねえ。急に押し掛けたわけだしな。・・・それよりあの子は?」
「来栖美雨ちゃん、今は10歳です。アビリティも持っていますし、何より剣の才能がすごいので、凜様がご自身の修めた天葉流剣術を美雨ちゃんに教えてるんです」
「・・・確かにあの歳であそこまで凜君とやりあえるなんてすごいわね」
「10歳で・・・すでにあそこまで」
千雨もアルトも感嘆の声を漏らした。無理もないのだ。特にアルトはアライブの中でも一番年下の部類に入るが、自信を含め、今の美雨ほどの力を持つものが同年代の中でほとんどいないのではないか。そう思えるくらい、美雨は強いと実感せざるを得なかった。
―ギンッ!!
と刀と刀がぶつかった音が響き渡ると、凜と美雨はバックステップで距離を取り、息を整える。
「ふぅ・・・・うん。だいぶ出来るようになってきたね。この分なら次のステップに行ってもいいかも」
「はぁ、はぁ・・・・ふぅ。・・・ほんと?」
「ああ、けどそれは明日かな。・・・どうやらお客さんが来てるみたいだし」
そういって凜がこちらに目を向けた。
「おう、久しぶりだな、葉織」
「おひさー! 凜君!」
「やあ、久しぶり、信に千雨・・・そっちの子は?」
視線をアルトに向けると、アルトは緊張した様子で自己紹介をした。
「は、初めまして!! ボクはアルト・バンドールドといいます! アライブには入ったばかりで松本さん、千石さんと同じチームを組んでます!」
「はは、そんな緊張しなくてもいいのに。俺は・・・」
「あ、ぞ、存じ上げております!! 葉織凜さんですよね! ボク、あなたに憧れてアライブに入ったので!」
「そ、そうなんだ。ありがとう。けど悪いね、もうアライブはやめてしまったから」
「い、いえそんな! とんでもないです!」
「・・・あー、そろそろ話を進めたいんだが、いいか?」
これ以上はアルトの収まりが効かなくなるため、信は二人の会話に割り込んだ。
「ん、ああ。紅羽、お茶の用意を」
「かしこまりました」
「・・・私は部屋に戻ってる?」
「ああいや、できれば暁メンバー集められるだけ集めてほしいんだ。例の吉田の件、知ってるんだろ?」
「・・・なるほどね。じゃあ美雨はみんなに召集かけてもらっていいかな?」
「・・・ラジャ」
敬礼の真似をして美雨は廊下を駆けていった。そんな様子を見ていた千雨は「・・・・あの子、めちゃくちゃ可愛いわね」とつぶやいた。
「でしょ。・・・あげないからね」
「わかってるわよ」
客間にて、全員がそろったところで信が口を開いた。
「さて、いくつか情報を共有しておきたいことと、お前たちの意見を聞こうと思っている。・・・まず吉田の件、どこまで知ってる?」
「吉田に関しちゃ俺があいつをぶっ飛ばしたからな。あいつが最近になってアビリティを使えるようになったってのは本人から聞いたぜ」
「それからその理由についても。フードを被った性別不明、年齢不明の人物が吉田に接触した後にアビリティが発動したということでしたね」
「・・・やっぱりあいつをボコしたのお前だったのかよ、秀道」
若干呆れながらも信は話を続ける。
「んで、どうやって吉田にアビリティを使わせたのか、ということだが」
「それもおそらくかの人物、我々は仮にⅩと称してますが、そのⅩのアビリティによるものだろうと疑ってます」
「うん、私たちも同じ意見。そんなアビリティ前代未聞だけどね」
千雨は頭に手を当てながらそう言った。
「なんにせよ、そんなもんがあることが世間に知れ渡れば、間違いなく大騒ぎになる。その前に何としてもそのⅩに接触し、捕らえなければならない」
「そこで俺たちにも協力して欲しいってこと?」
「話が速くて助かる。どうだ? お前たちもやつを追っているなら、少なくとも目的は同じはずだ。なら協力したほうが速く解決できると踏んでいるんだが」
「・・・・・で、本音は」
「ぶっちゃけかったりーから俺は楽したい」
「こらこらこら!! ぶっちゃけすぎです松本さん!!」
凜の問いかけに正直に暴露した信に対し、すかさずツッコミを入れる千雨。
「はは、わりぃ、冗談だ・・・・半分は」
「半分本気なのね・・・大丈夫なの、この人」
アリアの言葉に彼をよく知らない美雨と茜はうんうんとうなずく。そんな三人に一応信のフォローをしておこうと善治郎が口を開く。
「まあいつもいい加減な奴だが、いざというときの指揮能力は高い。銃の腕も見どころがある割と面白い男だ」
「鬼島さん・・・」
「とはいえいい加減な奴であることに変わりはないがな」
「ちょっと? 上げて落とすのやめてもらえません?」
そのやりとりに空気が柔らかくなっていった。それを感じ取った凜が話を戻す。
「ひとまず、今後お互い掴んだ情報は共有するってことでいいか?」
「ああ、かまわない。というか、うちとしてはそれ以上は望めないと思っている。お前たちには申し訳ないことをしたし、上の連中もお前たちと協力してるなんて知ったらいい顔しないだろうしな」
「・・・・ああ、そうだな。俺も正直、今更アライブと共闘しろなんて言われたって、死んでもごめんだね」
そう言った凜にアリア、茜、美雨、アルトは驚いた。珍しいことなのだ、凜がこんなに怖い顔をするのは。
昔からの仲である者たちは以前にも今の凜を見たことがある。アライブを辞める前、上層部とひと悶着あったのだが、そのときも同じ顔をしていたのだ。
「凜・・・」
「っと、まあそういうことなんで、信たちには協力する、けどアライブに協力することはない。なんで俺たちができるのも情報共有までってことだ。それでいいな?」
「ああ。恩に着る」
これまた珍しいことだが、信は凜に感謝し、頭を下げた。昔のことを知っている信からすれば、今回、凜は協力を拒むだろうと思っていたからだ。だが凜は予想に反して承諾してくれた。いくらいい加減な彼でも、感謝せずにはいられなかった。
「それじゃあ、今後の連絡は紅羽にしてくれ。そちらへの連絡も基本的には彼女に頼む」
「ああ、ならうちは千石に任せる。いいな? 千石」
「了解です。紅羽ちゃん、よろしくね」
「はい、よろしくお願いします。千雨さん」
最後に確認事項などを終えると、信たちは帰ることに。
「ああ、凜。」
「ん?」
「・・・気をつけろよ。今回の件、どうも危険な臭いがしてならねえからな」
「ああ、そっちもね」
それぞれ挨拶を済ませて三人は帰宅した。
月と街の光が照らす街を、黒いフードを被った人物―Ⅹがビルの屋上で見下ろしていた。少し強い風にそのコートを靡かせながらⅩは誰にともなく口を開く。
『ふふっ。さて、いよいよ最終実験だ。これが成功すれば、ワタシは晴れて100年も見続けてきた願いを叶えることができる』
そういうと両手を広げて高らかに言う。
『人間どもよ。せいぜい仮初の平和を楽しむといい。再びファントムレイドが起きる、その時まで』