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或る夏の出来事

作者: 聖心秒

私は薄紅色の花に囲まれ、立っていた。


前後の記憶がない。その場で少し考えるも、頭が働かない。

ポケットを探ってみる。携帯もない。


そうだ、来た道を辿れば。

周りを見渡す。そこにあるはずの、歩いてきた痕跡が何処にも見当たらない。


参った。

腕時計も11時前を示したまま、完全に静止している。

安物を買った事を悔やみつつ、好奇心から少し探索をしてみる事にした。


色彩豊かな花が何種類も、風にゆらゆらと揺れている。

ガーデニングが趣味の母なら花の名前も分かるのだろうか。

そんな事を考えながら、八方塞がりの状況の中、私の心は落ち着いていた。


「あ、あれは。」

ユリだ。花に詳しくない私でも知っていた。

黒色なのもあり、静かな色の花が多い中一際目立っている。


珍しいからお土産として摘んでいこう。

歩を進め、腕を伸ばそうとした時気付いた。ここは崖先だ。

うわ、という情けない声と共に後ろに転ぶ。

その瞬間、ユリの周囲の崖は崩れ落ち、深い闇に飲まれていった。


転んだ衝撃で腕時計のガラスが割れ、針も半回転ズレている。

神様が見ていたのだろうか。悪い事は出来ないものだ。

卑しい心を猛省しながら来た道を戻る。


すると、黄色い花に囲まれ、人影が二つある事に気付いた。

若い男女が仲睦まじそうに座っている。きっと恋人同士なのだろう。


「すみません。」

少し大きめに声をかける。

二人はとても驚いた様子だったが、優しい瞳でこちらを見つめる。


「道に迷ってしまいまして。道案内をお願い出来ますか。」

そう尋ねると、困った表情で顔を見合わせた。


「X市の場所だけでも。」

再度尋ねると、二人は私の遥か後方を指差した。

軽く会釈をする。笑顔で手を振ってくれるのが見えた。


不思議な事に教わった道を進むと頭が冴えてくるのが分かる。

揺れていた感覚が引き戻される。

困った表情の意味もきっと、そうなのだろう。

少し名残惜しい。が、後ろを振り返る事は決してしなかった。





いつの間にか、母の実家の前に立っていた。

この家に住む人は今は誰もいない。

だから母と共に掃除をしに来たのだ。


家に入ると、先に入っていた母が嬉しそうに白黒の写真を持ってきた。

「ね、見て、これ私が3歳の時の。」


そこには嬉しそうに千歳飴を持つ少女と、あの時道を教えてくれた二人の姿があった。

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