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2両目 集まる探索者


 十両編成の通勤快速列車、中には計千九百六十人もの人がいた。

 大半が出社途中の社会人であり、登校中の中高大学生、少しばかり子連れも乗っていた。


 けが人は中から運び出され、鞄を枕代わりに外に寝かせられている。

 不幸にも三十名ほど死者も出ており、彼らは十号車内に寝かされた。


「俺たち、これからどうなっちゃうんだろうな……」

「さあな」

 清斗と栄明は自分たちが乗っていた七号車の上に座り、周囲を見渡していた。


「電話つながらないな……」

「どうなってるんだ」

「会社行けねー」

 地上には遅刻の連絡をとろうと必死にスマートフォンを手に握るサラリーマンがたくさんいる。


「ヒデ、この状況をどう考える?」

「んー……。タイムスリップ、とか」

「たしかに、それもあるかもね。僕はふと、異世界に飛ばされたんじゃないかって考えた」

「異世界……アニメの観すぎだろ」

「この際、タイムスリップも異世界転移も変わらんと思うがな」


「ちょっと探検してみようぜ!」

 栄明の一言から、二人は電車を離れた。

 

 電車が止まるまでに残った大きな跡を歩き進める。あちらこちらに破片が落ち、乱暴に地面が削られていた。

 しばらく進むとその跡は二本の線となり、それもやがて消えている。

「きっと電車が最初に降りたのはここなんだろう。車輪の跡が突然ここから始まって、綺麗に残っている。少し先から車両が乱れて跡も大きく広がっている。やっぱり、僕たちは東京から全く別の土地へ飛ばされてきたんだ」


「夢じゃ……ないんだな?」

「え?」


「清斗、この状況すごく興奮しないか?」

「興奮よりかは、ちょっと不安のほうが大きいな。謎が多すぎる」


「つまらない現実から抜け出したんだぜ。ここは自由の世界だ! 自由に遊んで暮らせる。文句を言うやつはいない。おまけに、手から火を出せる能力まである! すげーじゃん!」


 気持ちはわかるが、清斗は素直に受け入れられなかった。

「僕はまだ自分の能力がわからない」

「昨日、夢の中で何をしていた?」


「だから、女の子と話していたんだって……。他には、思い出せない」

「ま、そのうちわかるだろ」

 



「何か分かったかい?」


 背後から声をかけたのは、オフィスカジュアルな服装の若い男性だった。


「ただ事じゃないよね……これ。電車が一本丸ごと、別世界に飛ばされた感じだ」

「そう……ですね」


「ああ、そうかしこまるな。この際、俺たちは協力し合うべきだ。電車の周りにいる奴らを見ろ。いまだに困惑している奴、遅刻をするとイライラしている社畜バカ、現状を読めない連中はああやって自分で何もすることができないでいる。それに代わって、賢いやつは情報を集めようと探索をし始める。俺はそうゆう連中を探していてね。もう三人見つけているんだ。きみたちもちょっと話し合わないか?」


「は、はい……」

 ここまで言われてノー、とは言えないだろう。

 二人は彼についていくことにした。


「言い遅れたが、俺は都内のベンチャー企業に勤める鈴木信隆すずきのぶたかだ。よろしく」





 彼らが集まっていたのは、十号車に続き正常な態勢が整っている八号車だった。


 暗い車内で椅子に腰かけるスーツ姿の男女が数名、清斗たちを迎えた。


「お待たせ。ひとまずこれで最後にしましょう」

 車内に踏み入ると、飛び散ったガラスを踏む音がしきりに鳴った。


「だれが指揮をとりましょうか?」

 中年の男性が言う。


「とりあえず鈴木くんでいいと思う」

 濃い化粧をした女性が答えた。


「それじゃここは私が……。えーこのように、今ある非常事態では全体をまとめるリーダー的存在が必要だと思うんです。率先して状況を理解しようと動いていた皆様には、このように集まっていただきました。とりあえず皆さんの意見がききたいですね……。右から順番にいいですか?」


「俺からだな? 俺は――」


 男性十名、女性四名、全員が“別世界に来た”と答えた。

 そんなことはありえないなどという思考はこの際、きれいさっぱり捨てなければならない。なぜなら、これが現実だからである。ここにいる十四名はそれを、あくまで仮定に、真実として受け止めていた。


「とにもかくにも、考えなければいけないことはたくさんあります。この世界は一体なんなのか、なぜ私たちはここに来てしまったのか、帰る方法はあるのか、私達に宿った能力は何のためなのか、そして今後どうするか……です」


「つっても、何もわからないしなぁ」


「だから、調査を提案します。私達で近くの森まで行ってみましょう。この世界のことを何かしら知るべきです」


「なにより、食べ物や飲み物を見つけなくちゃいけないわよね」


「その通りです。各自で持っているものには限りがあります。今この現状を生き延びるための環境を整えねばなりません」



「清斗、すごいわくわくしてきたな……!」

「ああ、そうだな」

 そうでもないのに同調するのが、清斗の癖だった。




 鈴木達は電車の上に乗り、決定事項を報告しようと試みる。


「みなさん、お静かに!」

 とある企業で部長を務めている吉永孝一よしながこういちは、声を張り上げた。それは一般人では不可能な声量であり、ましてや五十歳近くなる彼にはそんな力は無い。

 だが、それを可能にしたのが“能力”だった。

 十倍の声量を出せる能力を持った吉永は、その一言で全員の注意を引くことに成功したのだ。



「我々はこの現状をなんとかしようと集まりました。これから、調査をしに森のほうへ向かいます。みなさんは、決してここを離れることのないよう、お願いいたします。また、現在残っている食料は非常に重要です。全員が力を合わせる必要があります。みなさんぜひご協力をお願いいたします」


「よし、行きましょうか!」

 鈴木は得意げに腕を組み、口角を釣り上げる。


「会社にいるより、こっちのほうが断然いいわ」

 心を躍らせる栄明を横に、清斗は視線を感じていた。


 ふと目が合う、一人の女子高生。

 肩までの黒髪セミロングで目がぱっちりとした睫毛の長い、小柄な子である。

 彼女が目を細めると、清斗は何か嫌なものを感じて目を反らし、そそくさと森に向かう鈴木達の背を追い始める。

 


 森のほうからは、聞いたことのない猛獣のような声が風に流れてきていた。



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