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1両目 見知らぬ世界

 

 考えてみてほしい。

 

 ある日突然、それは何の前触れもなくやってくる。

 今この瞬間に、どこか違う世界へ行ってしまったらどうなるのか。

 その時は――教室で勉強をしている時かもしれない。

 その時は――家族で夕飯を食べている時かもしれない。

 その時は――会社でパソコン画面に向かって作業中かもしれない。


 


 もしかしたら――この満員電車の中で、かもしれない。

 


 

 まさに今この瞬間に――隣で立て続けにしゃべり続ける友人の話を横流しにし、赤木清斗あかぎきよとはそんなことを考えていた。特にこれといった欲や夢もない、平凡な男である。

 そして隣でうるさい彼は清斗の友人、政永栄明まさながひであきだ。好奇心旺盛、明るい性格で、何かあれば清斗を引っ張りまわす男である。


 水曜日の午前八時二十七分。二人が利用している通勤快速列車は、定員を超える人数を乗せて直線路線を猛スピードで走っていた。

 二人とも入社一年目であり、地元が一緒の仲間である。今朝駅で出会い、いまだに見慣れないスーツをそろえて二人は出社の往路についていた。


「お前、ほんと休みの日とか何してんの」

「なんでもいいだろ。余計なお世話だ」

 朝から鬱陶しいやつだ、と清斗は耳を背けた。

 面倒くさいやつだとは思っているが、決して嫌いではない。積極的な人間と消極的な人間、プラスとマイナスが引き合うように、その奇妙な関係性が絶妙に二人の相性を合わせていた。


 いつもは適当に流す栄明の話ではあるが、今日の話では一つ清斗の肩を叩くものがあった。

「昨日変な夢みたんだよなぁ」

「ヒデもか。奇遇だな、僕もなんだ」


 電車内にいる人々の視線がいっせいに向いたのを、座る二人はなんとなく感じ取った。


「お前も? なんか、森みたいなところにいてさ。日本じゃなかった。そこで、俺が右手から炎をバンバン出すんだよ。超能力というか、魔法みたいにさ」

「僕はたしか……なんだっけ。あんまり覚えてないんだけど、知らない人と話した気がする」


「なんだよそれ」

「だが、森の中……日本じゃないって空気感ははっきり覚えているんだ。夢って、記憶をたよりに必ず自分の知っている場所が背景となるはずなんだけど、あの世界は違う。すごく不思議な感覚だった」


 清斗は最近どっぷりはまっている『異世界モノ』の漫画や小説の読みすぎではないかと疑っていた。

 というか、そうに違いない――ヒデの夢も世界観が似ているだけで別物だ――、そんなふうに解決し、姿勢を直そうと深く座ろうとした時である。



 突如……! 

 言葉にはできない轟音と衝撃が、彼らを襲った。



 一斉に悲鳴が飛び交う。

 律儀にしき詰まって並んでいた人間が乱れ混ざる。

 まるで空間が歪んでいるような感覚が襲う。

 押しつぶされそうになる。

 振動が痛い。

 上がわからない。

 ほんのひととき、あらゆるものが合わさったそれはまさに“混沌の共鳴”。


 


 ようやく事態が収まると、車内には奇怪な数秒間の静寂が訪れた。


 初めに聞こえてきたのは、子供の泣き叫ぶ声である。

 それからは少しずつ、意識が正常に戻りつつ人々が、目で見たもの、肌で感じたことを口に出し始めた。


「いて……」

「脱線か……?」

「これ、逆さになってますよね」

「すいません! 下敷きになっている人がいるので上の人出てもらえませんか!?」

「おい、血が出てる人がいるぞ!」


 清斗達が乗っていた車両は、右に倒れた形になっていた。

 右に九十度回転した車内では人々があるべきでない形で積み上げられ、清斗と栄明は不幸中の幸い、一番上となって重傷はなかった。

「ヒデ、大丈夫か?」

「なんかやばいな、清斗……」


「とにかく僕たちが出なくちゃみんなが出れない。早く抜け出そう」

「割れたガラスで左腕から血が……」

 車内のガラスはほぼ崩壊し、その破片で栄明の腕には傷ができていた。


「上の奴ら、早く出ろ!」

 怒声がとぶ。


 現状、下の出入り口は床となり、左右は本来の床と天井となっているため、脱出口は上しかないのだ。

 

 急いで上の人々、清斗と栄明も一緒に割れた窓からの脱出を試みる。


 外からの光景は、まさに地獄絵図だった。


 無残な姿で転がった十両もの車両。ひねったペットボトルのようにへこんだ車両や、重なり合った車両など、事の悲惨さは一目瞭然であった。

 


 清斗が次に絶望を覚えたのは、周囲の光景である。

 東京ならではのビル群などどこにもなく、広がっていたのは大自然であった。電車が転がっているこの場所は広大な更地で、見慣れない山や森が遠くに見えている。

 

「ここはどこだ? 東京じゃ、ないよな?」

 栄明が困惑の声を出す。


 清斗は心中の違和感を呟いた。

「ここ、夢の中でみた場所じゃないか?」

「ああ……!」

 

 電車から二人は飛び降りる。そして出た人々から救出作業が始まった。

 電車の上からどんどん車内の人間を引き上げ、中には骨折や大けがをしている者もいたため、作業は苦難を極め始めていた。


 しかし、途中で出てきた中年のサラリーマンによって状況が一変する。

「見ろ、俺の腕は伸縮が自由にできる! まかせろ!」

 まるでゴムのように腕を長く伸ばし始めたのだ。電車の奥にいる者や行動の自由がきかない者に手を伸ばし、見事に救出を可能にする。


「その腕、一体何なんですか」

 一人の男性が訪ねた。


 腕を伸ばすサラリーマンは乱れた息で答える。

「昨晩、夢をみたんですよ。この場所で、このように腕を自由に伸ばす自分がいたんです。なんとも不思議なことで……同じように、今まさにできてしまっています」



 清斗はそれを聞いて驚愕した。

 栄明との夢の合致は偶然ではなかった。それも、他人までもが同じ環境での夢を見ている。


「見てくれ清斗! 手から火の玉が!」


 そして夢の中で自分がとっていた行動が、ここで実現されている。




「一体、何が起こっているんだ……」

 清斗は一人、恐怖に包まれた心境をささやく。



 現実に生きていた彼は、非現実へ置き去りにされたのだ。



 満員電車は瞬く間に知らぬ場所へと飛ばされ、人々には不思議な能力が宿っていた。



 


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