二、対面
現代のユーディット。
先輩からそう聞いていたということもあり、いかにも気の強そうな、それこそ、ジェンティレスキの描いたユーディットのような、見るからにたくましい女性を想像していたのだが、実際に会った女はまるで違った。
その落ち着き払った表情は聖母や女神のようにも思え、穏やかな明るさ、健康的な少女らしさは、ブーシェやフラゴナールといったロココの絵画を連想させた。
「今度はちゃんと揃えていらしたの?」
実際その女は、少女といっても差し支えない若々しさを持っていた。あとで聞いたところによると、二十四だったという。
「揃えて、とは?」
「大事な道具をお忘れになったんでしょ」
女はそう言うと、果実のような唇の間から、小さな舌を覗かせた。
そして、
「エレーナです」
と挨拶をした。
面会の場は、陽の光が細く差し込むこぢんまりとした空間で、最低限の快適さは保たれた場所だった。広さを除けば、街のアトリエとなんら変わりはない。どういうわけか、看守の立ち合いもなく、道具のあらためも行われなかった。そのことは、私の敬愛する先輩画家の偉大さが私の想像をはるかに超えていたという事実を私に気づかせてくれた。
唯一の縛りは、制作に与えられた時間が三日間ということ。四日目には、エレーナの処刑が決まっていた。
エレーナは実に穏やかで、そして、気さくだった。
「何を考えていらっしゃるの?」と訊いてきたかと思えば、今度は自ら、故郷の村のチーズの話などをし始める。
そして、一通り喋り終えたあと、
「話しすぎかしら」
そういって首の後ろを掻き、舌を出した。
「どこまで描けたかしら?」
エレーナがキャンバスを覗いた。その表情は、笑みをたたえつつもどこか真剣で、その健気さに彼女の新たな一面を見た気がした。
エレーナは椅子へ戻ると、突然、こんな話をし始めた。
「私ね、人それぞれ、色々な考え方があって、それぞれ尊重すべきだってことはわかるの。だから、私と違う考えを持った人がいるってことも理解できるし、そういう人たちがいてしかるべきだってこともわかるのよ。だけどーー」
「ーー赦すことはできなかったのよ。私、馬鹿だから」
控えめに微笑んではいるものの、彼女の眼の奥には、断固として自分の正しさを曲げないというような固さ、冷たさが見えた。
それはあたかも、川底に光る黒い岩のようで、穏やかな水面からは想像もつかぬほどの激流にさらされてなお光り続け、異様な存在感を醸しているーー このときになって私は、初めてそのような印象を彼女から受けた。
この日から三日間、私はこの不思議な魅力を持った女性に、ある種の畏怖と憧れの感情を覚えながら、向き合った。
三日目の夕方、エレーナの肖像は完成した。
我ながら、いい出来のような気がした。初めこそ渋ってはいたものの、やはり先輩の紹介を受けて正解だったと、このときには確信していた。
「私、死ぬのね」
彼女がぼそりと言う。天命を受け容れつつも怯えているような、複雑な美貌だった。
看守がやってきて、労いとお礼の言葉をかけてくれた。そして、煙草をすすめた。
私が煙草に火をつけようとすると、
「外で吸ってくださる?」
エレーナが言った。
「明日死んでしまうとはいえ、それまでは大切にしたいの」
これは従うほかないなーー そう思わせるような瞳だった。もとより、逆らう理由もなかったが。
私は穏やかな笑みで彼女に応え、煙草を吸いに外へ出た。鮮やかに染まったうろこ雲を眺め、浮かびあがる煙に思いを乗せた。
(完)