一、仕事の紹介
架空の王国での物語。
先輩画家から、仕事を紹介された。ある人物の肖像画を描いてみないか、と。
初めは断ったのだが、どういうわけか先輩は私の画風を褒めちぎり、「君にしか成せない仕事だ」と、半ば強引に私に仕事を押しつけようとした。「君の描く人物は、外と内とのバランスが絶妙なんだよ」とも言った。
とはいえ、私は最終的に、その仕事を引き受けた。先輩には恩義があるし、絵を褒められて嫌になるような画家はいない。
それまで私は、紹介や依頼をされた仕事を断ったことはなかった。
商業画家でありながら、描きたいものを絵筆のおもむくままに描いていた私だったが、それでも私の画風を評価し、制作の依頼をくれる客が幾人かいたのは、ありがたいことだった。評価に関していえば、先に話した先輩が大いに骨を折ってくれたことは言うまでもない。
そんな私が、初めて仕事を断ろうとした。しかも、私がこの世で最も敬愛し、恩義を抱いている御仁からの紹介であるものを、だ。何せそれが、処刑を待つ囚人の肖像だと言うから。
「これはまだ世に知られてないことなんだが、宰相マレアスが殺された」
声を落としつつも、先輩はさらりとそのことを打ち明けた。マレアスは、第一王子の後見にも就いている人物で、王宮内で最も発言権の強い人物だった。大規模な改革のために政敵を排したり、残虐な処刑を強行したこともあり、評価の別れる人物ではあったが、国王陛下の信頼は厚く、宰相としての腕も申し分ない人物だった。
先輩は、そのような国家の最重要人物というべきマレアスの死を、いとも簡単に私に打ち明けてしまった。しかも、彼が死んだことについては気に留めていない、といった口調で。
「重要なのは、奴を殺した女だ。宰相は女に殺されたんだよ、可愛がっていた女にな。そいつはどうやら、始めから奴を殺す気でいたらしい。計画的犯行だ。マレアスってのは女に弱いらしくて、あっという間にその身分もわからぬ女に惚れ込んじまった。そうして不幸にも、現代のユーディットに寝首を掻かれたってわけだ」
宮中の主要人物からの依頼も絶えない偉大なる画家の下には、様々な情報が入ってくる。それはわかるのだが、そのような重要な話ーー 耳に入れてしまっただけでも睨まれるような危うい話を、なぜ平然と私のような者に打ち明けることができるのか、見当もつかなかった。
「その女が、何を思ったか、獄中の自分の肖像を描いてほしいと言い出したんだ。その依頼が看守から、秘密裏に俺のところへ来た。俺は二つ返事で承諾し、その女に会いにいった。だが、女を見て、少し話をしたところ、気が変わってしまってね、大事な道具を忘れたと言って、引き揚げてきたんだ。また来ますと言って」
なぜ、そんなことをしたのか。
いわく、自分には無理だと、そう感じたのだそうだ。同時に、私を代わりに行かせることを思い立ったのだという。
「君にしか成せない仕事だ」
一流の人物画家である先輩が、なぜそのようなことを思ったのか、私にはわからなかった。もしかすると、王家に隠れて監獄へ行き、囚人の肖像画を描いたということが世に出ることを恐れたのかもしれない。しかし、ならばなぜ、わざわざ監獄へと出向き、危険を冒してその女と対面したのだろうか。
そうではない、と私は思い直した。
「君の描く人物は、外と内とのバランスが絶妙なんだよ」
私の画風を褒めちぎる先輩の言葉が、真実としか聞こえなかったからだ。自画自賛ではない。私自身何気なく描いているものの内に、他者である先輩が何かを見出してくれている、ということを、目には見えない現実としてありありと感じ取れた気がしたのだ。
「しかし先輩、私はそんな、死を目前に控えた囚人の肖像なんかーー」
「会ってみればわかるさ」
先輩は、実に穏やかな表情で、その重大な仕事へと私を向かわせた。