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恋はアジサイ色

 一人、教室で奈緒は待ち続けた。

随分と待ち続けたが、今日はもうあいつは来ないだろう。

 クラスメイトに託した伝言は、どうやら彼の耳には届かなかったようである。

とうに授業も終わり部活も無いこんな雨の日は、学校に残っている生徒など誰も居ないのが普通だ。しんと静まり返った教室がこんなに寂しいものだとは、奈緒は思ってもみなかった。


 先週末の体育祭であいつと手を繋いで以来〈好き〉という感情が抑えきれなくなっていた。

「あいつも多分、奈緒に好意を持っていると思うよ」

 親友の言葉が背中を押す。

ならば気持ちが熱いうちに告白しようと決心した矢先であったのに、おもいっきり出鼻を挫かれてしまった。

 あいつの座っている場所は、窓側の前のほうである。その席のすぐ後ろの椅子を引いて腰を降ろしてみた。

机の上に両腕を広げ、うつ伏せの姿勢で目の前の机を眺める。

あいつの顔が浮かんで見えた。

恋しいあの顔がいつものように少し照れながら笑っている…… 。


   来ぬ方の 後ろの席に 寝転びて

   側に座れし 十五の心


 国語の授業で習ったばかりの啄木の歌をパロって詠む。

むなしさだけが襲って来た。

「切ない…… 」

 泣きたくなった。

恋しい思いが、ギュッと胸をわし掴みする。

一粒の涙が頬を伝った。

堰を切ったように次々と涙がこぼれ落ちる。

嗚咽が込みあげてきた。


 ひとしきり涙を流し続けると、奈緒の心は落ち着きを取り戻した。

すぐ横には、まるでもらい泣きでもしたように雨粒に濡れた窓硝子が広がっている。

その向こうには様々なアジサイの青色がぼんやりと浮かんで見えた。

 雨に濡れたアジサイは、今の奈緒の心そのものを表している。その涙色した花に話しかけるでもなく、一人つぶやく。

「そんな日もあるよね…… さ、帰ろ」

 薄暗い廊下を足早に通り過ぎ裏玄関に向かう。今年買い替えたばかりの長靴に履き替え、奈緒は薄暗い昇降口を後にした。


 雨は嫌いではなかった。

特に、今日のように明るいパステル調の傘をさし、お気に入りの長靴で歩けばむしろ心が踊る。

 奈緒の新しい長靴は明るい紺色をしている。

まるで、もぎたての茄子のように雨粒をはじき跳ばす様子が愉快だった。

 雨降りには、晴れた日にはない良さがある。

今日のことで言えば、あいつが教室に来てくれていれば〈相合い傘〉で帰れたのに。

 でも、今はもう気持ちが吹っ切れたから、こうして独りで歩いていても心は軽い。明日また頑張ればいいやっていう、いい具合に力の抜けた吹っ切れかたである。


「耳元でやさしく囁いてくれる人が居なくても…… そんなときは、自分で歌を口ずさめばいいんだ。どんなに雨が強くても、自分の声は聴こえるもんね」


 気が付いたら奈緒は何かの歌を口ずさんでいた。

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