肉食系を目指す
「もっと肉食系男子にならなければ…… 」
彼は、そう決意した。
このまま、ちゃんとした彼女も出来ずに中学生活を終えてしまうことだけは、絶対に避けたい。
自分が思い描いているような自分になりたい。男らしく行くんだ。
そうだ、肉だ。もっと肉を食わねば…… 。
近所のコンビニでレジ横の保温ケースに並べてあるローストチキンが彼は好きだった。それを原始人のようにムシャムシャとかぶりつく姿が、彼の頭の中には浮かんでいた。
彼は単純な男である。
この時、〈肉食系=塊肉の原始人食い〉という発想しか出てこなかった。
学校でも、彼は授業中に眠くなると紙パック入りのコーヒー乳飲料を飲むだけで目がシャキッとしてしまうというタイプの人間である。
そんな男が本格的に恋をしてしまった。
本来、彼はどんな女子とでもフランクに話しが出来る性格なのであるが、ひとたび異性を意識し出すと途端に根性無しの臆病者になってしまうのだった。
恋に落ちる、とはこういうことなのだろうか。
昨日、部活帰りの桜並木で佐倉奈緒が見せた満面の笑顔に、一発でやられてしまった。
初めて、女子を前にしてドキッとしてしまったのだ。
これが初恋? だとしたら、彼はかなりの奥手である。
彼はコンビニに来ていた。
「いらっしゃいませー。ただ今、チキン全商品が30円引きになっております」
おっ、オレはツイているぞ。よし、2個買っちゃおう。
…… あっ、無いじゃん。
「すぐに調理しますので5分ほどお時間頂けますでしょうか」
彼は隅のイートイン・コーナーでローストチキンが出来上がるのを待つことにした。
それにしても、昨日の学校からの帰り道で偶然彼女が前を歩いていた時から、彼には運というものが回って来たようだ。なんとか、このまま上手く上昇気流に乗っかりたい。
ただこの先、親しいクラスメイトから恋人に昇格するための見えない壁が立ちはだかっていることは、彼には良く分かっていた。彼にとって、最も苦手な障壁だ。
意識すればするほど頭の中がパニックになってしまうというオクテな彼の性格が、こうありたいと思う自分をいつも邪魔していた。
その壁をどうしても越えなければ先に進めない。考えれば考えるほど、厚く高くなって行く壁がそこにあった。
「いらっしゃいませー」
客が一人入ってきたようだ。
オレは出入口のほうへ顔を向けた。
ん?
気のせいか…… 。
もう一度、今入ってきた客を見た。
雑誌コーナーの方へ曲がって行ったその後ろ姿は佐倉奈緒…… 。
確かにそこに居るのは彼女だった。
ど、どうしよう…… 。
以前なら「ようっ」と普通に声掛け出来たのに。
オレは一体、何をしているのだ。
こんなラッキーな偶然って、そう無いのに。
この根性無しめ ! 臆病者め !
まるで地蔵のように固まってしまったオレは、オレ自身を責め続けていた。
その時である。
コンビニ店員の明瞭な大声で我に帰った。
雑誌コーナーに居る佐倉奈緒も顔を振り返らせているのが、視界の隅の方でわかった。
「骨無しチキンのお客さまー。大変お待たせしましたー」
その骨無しチキンって…… オレです。
佐倉奈緒と視線が合った。
昨日と同じ、満面の微笑みで真っ直ぐにオレを見つめていた。