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雨上がりの匂い

「あぁー、雨上がりの匂いだ」

 何か凄いものでも発見したかのように、奈緒なおは思わず声をあげてしまった。

 生暖かくむせかえるような桜並木の湿った匂いが、部活帰りの汗ばんだ制服の匂いに似ている。

何故かこの匂いが、奈緒は好きであった。


「何、訳の分からないこと言ってるのよ。オナラのくせに! 」

 クラスメイトが奈緒をからかう。


 奈緒のフルネームは佐倉奈緒さくらなおである。明るくて良い名前だ。

ただ、逆から読むと〈おならくさ…… 〉

この名前のせいで、奈緒のアダ名は幼稚園のころからずっと〈オナラ〉だった。

 このアダ名はさすがに多感な年ごろの女子には相応しくない。

奈緒は、ずっと嫌で嫌で仕方がなかった。

 だが、中学生となった今では、どんなに オナラ~ オナラ~ とからかわれても、屁のカッパである。


 部活の友達と校門で別れ、すっかり葉桜となってしまった並木道を奈緒は一人で歩いていた。

「みんな、分かんないんだ。この匂い…… 」

 どんよりとした曇り空だったが、時おり緑が濃くなった木々の葉を風が揺らす。

「いい匂いなのに、な…… 」


「だよな…… 」

 突然、背後から男の声が聞こえた。

 同じクラスの男子生徒がすぐ後ろまで来ていたことに、奈緒は気が付いていなかったのだ。


 奈緒のつぶやきを風が運んでくれた。

この男子生徒は、前から奈緒が少し気になっていた存在だ。


「オレも好きだよ、この匂い。なんか知らんけど…… 」

 後ろに人が居ることに気付かず、独り言を言っていた気恥ずかしさと、好きな異性が突然現れた驚きとで、奈緒の顔は真っ赤に染まった。

〈恥ずかしい…… 顔を見られないようにしないと〉

顔から火が吹き出しそう、とはまさしくこのことだ。

幸いにも濃い緑陰のおかげで男子生徒にはバレていなかったはずだが。


「青春してるっていう、匂いだよな…… 」

「うん! 」

 奈緒が嬉しそうに微笑んだとき、ほんの一瞬だけ男子生徒と視線が合った。



 もうすぐ梅雨がやってくる。

だが、奈緒の心の中は晴れやかだった。


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