しおん
「おはよう」
そう言いながら彼女はリビングの鴨居をくぐった。
食卓には朝食が並んでいて、父親がトーストをかじりながら経済新聞を読んでいた。
そんな彼を横目に彼女は自分の席に落ち着いた。
「はい」
母親の温かい声と一緒にマグカップに入ったコーンポタージュがテーブルに置かれた。
「ありがとう。ママ」
彼女は笑顔でそう言うとコーンポタージュに手を付けた。
そして皿の上に盛られた朝食に視線を落とす。
ハムエッグにサラダ、それにトースト。
向かい側にいる父親とメニューは一緒だ。
父親は彼女が朝食に手に付けた頃を見計らって視線をそらし気味に問いかけた。
「仕事の方はどうだ?辛くはないか?」
「ううん。平気」
彼女はその問いかけに微笑みながら答える。
父親はその笑みに一瞬だが頬を緩めた。そしてそれを誤魔化す為が視線を更に反らしコーヒーを啜った。
「本当。始めは驚いたけどねぇ~。貴方が夜の商売に就くなんて」
「ふふふ。私も」
「無理はするんじゃないぞ。仕事なら他のを幾らでも紹介してやる」
「ありがとうパパ。でも私、今の職場の方達のおかげで表に出られる様になったから」
「そうね。今度ご挨拶に伺った方がいいのかしら?パパ?」
「そうだな…。娘がお世話になっている所だ。それなりの礼節はしないといけないが…その…」
「ふふふパパ。無理しないくてもいいよ。行きづらいよね。娘の勤めてる所がキャバクラじゃぁ」
「ん。ゴホッ」
「案外アレよ。他のお店にコッソリ通ってるかもよ」
「あっ!それズルーイ」
「こらっ、お前達朝からなんて事言ってるんだ!」
そう顔を赤くして父親は立ち上がった。
極一部を除けば、実に微笑ましい家族の朝の風景である。
この極ありふれた景色の一部にキャバクラ「しゃんぐりら」のキャストである「しおん」が居る。
彼女は一人っ子で大切に育てられた。が故に脆かった。
短大を卒業しそのまま地元の企業に就職をした。しかしそこで受けた強烈な体験が彼女の心に深い傷を追わせた。
彼女は家から出る事のできない身体になっていた。
俗に言う「ひきこもり」である。
しかし、そんな彼女を支え続けたモノがあった。
それが東方プロジェクトの二次作品である。
インターネットで無数にある二次作品を見る様になって彼女の心のキズは不思議な事に徐々に癒されていった。
そして、なかでも彼女が自分の生い立ちと重ねてしまうキャラクターがいる。魔法使いの
パチュリー・ノーレッジ
が、それである。
希代の魔法使いでありながら紅魔館という館から出る事のない彼女に自分の姿を重ねていった。
そしてそのキャラクターのグッズが欲しくなりしおんは秋葉原へと勇気を振り絞り単身乗り込んだ。
しかし、秋葉原の街は複雑だ。長い間自室に引き篭もっていた事もあり彼女は極度の人見知りとなっていた。
人に聞くなどできるはずもなく目当ての店に辿り着く事が出来なかった。そして悪い事は重なるものでタチの悪いグループに捕まり、その身が危険に晒された。
と。そこに偶然現れたのがレイミとヒトミであった。
彼女達はアッサリとそのグループを追いやってしまう。
それを見たしおんは一発で魅せられてしまい彼女達の勤めてる店へと入店を決意した。
まるでベタな二次作品の様な出会いだったが、しおんにとってそれは正に「運命の出会い」だったのだ。
それからは言うまでもないだろう。