いよいよ
「うぁー」
出勤して着替えもせずグダッといつものボックス席でレイミがだらしない格好で天井を眺めてながら唸っていた。
「おまえ、気ィ抜きすぎ」
既に制服に着替えオープンの準備に忙しなくバーカウンターとホールを行き来するカズヨシ。
「その図太さ正にベテランの貫禄ね」
どこからともなく飛んできた声にレイミはネコのように飛び起きた。
出入り口の階段のところに一人の女性と思われるシルエットが浮かび上がっていた。
「オーナー!」
レイミはそう叫ぶと彼女のもとに駆け寄った。そして二人して手を取り合う。
その騒ぎを聞きつけた他の面々がロッカールームからホールに集まり始めた。オーナーを取り囲むように輪ができ上がった。
「みんな、元気そうでなによりね」
オーナーは微笑みながら一人一人の顔を眺めていく。
「なにかあったんですか?」
ヒトミが思わぬオーナーの登場に質問を飛ばした。
「んー。別に何があった訳ではないんだけど」
と、思わせぶりな態度を取りつつカズヨシを目線で追う。
「ついにやるんですか?」
カズヨシもそれを感じ取ったようでビールケースをバーカウンターの隅に置くと答えた。
「え?するってなにを?」
話の見えないレイミが二人の間に視線をさ迷わせる。
「派手な花火を一発…ね」
オーナーはレイミと視線を重ねると満面の笑みで応じた。
「派手な花火?」
しおんはオーナーの言葉をなぞる。
「そう、しゃんぐりらで即売会よ」
オーナーはそう言うと腰に両手を当て鼻から息を抜いた。
「え!?ここで同人誌の即売会をするんですか!?」
ヒトミが頓狂な声をあげる。
「そうよ」
それとは逆にオーナーは涼し気に返事する。
「キャバクラで即売会かぁー」
まーちゃんが天井にあるシャンデリアを眺めながら言葉を吐く。
「そんな事していいんですか?」
ヒトミが珍しく不安気な表情を浮かべながらオーナーに問いかけた。
「逆にどうしてダメなの?」
彼女はヒトミに問い直した。
「いや、その、余りにも客層が違いすぎるし、その…」
「あら?キャバ嬢が同人誌描いてちゃいけない法律でもあるの?」
オーナーはにこやかにそう言うと自分を取り囲む輪からズイと一歩出て振り向いた。
「それにこんな立派なクラブハウスがあるのよ使わない手はないわ」
彼女はそう言いながら両手を開いた。
「それにだ。イベントの問い合わせが最近増えてきた」
いつの間にかオーナーのそばにいたカズヨシ。
「正体不明のミステリアスなサークルもいいけどそろそろ素性を明かした方がいいかも」
「なるほど、潮時って事ですか」
「そうよヒトミちゃん。今、正に満ち足りてる時ね」
「なんだか凄い事になる予感がします」
「予感じゃないわよしおんちゃん。凄い事にしましょう」
「こりゃ、また忙しくなるわ」
まーちゃんがヤレヤレといった表情を浮かべながら輪を抜けた。
「さ、詳しい話は後々。もうすぐオープンよ。今日も宜しくね♩」
「ハーイ」
しゃんぐりらの面々は黄色い返事をするとそれぞれの持ち場についた。
そして翌日。クラブしゃんぐりらの前はにわかに騒がしかった。キャバクラの前には似つかわしくない幌付きのトラックが横付けされておりそこから次々と段ボール箱が下ろされていた。
「やー、しゃんぐりらさん。ここで即売会なんて、なかなかの博打を打ちましたな」
いつも同人誌の印刷でお世話になっている小茂根印刷の社長が思わぬ臨時収入の為か?ホクホクとした笑顔を浮かべながら表でカズヨシと雑談に興じていた。
「ま、オーナーの打つ博打ですから」
そうカズヨシは濁し気味に小茂根社長の言葉をかわす。
「社長―!!降ろし終わりましたー」
前回店に来ていた若い社員が額に汗を浮かべながら店の入口である階段を駆け上ってきた。
「すまないね。結局ひとりで下ろすハメになって」
カズヨシはそういって頭をペコリと下げる。
「大丈夫っすよ、しゃんぐりらさんあっての小茂根ですからサービスしますよ」
そういうと彼は足早に運転席へと乗り込む為カズヨシに背を向けた。
「次来たらサービスするよー」
カズヨシの投げかけた言葉を聞いた彼は首だけをこちらに向けるとニッコリと微笑みながら運転席へと乗り込んだ。
「できた社員さんですね」
「はは。ありがとうございます」
カズヨシの言葉に小茂根社長も照れ臭そうに答えた。
トラックのエンジンがかかる。
「じゃ、我々はこれで。増刷期待してますよ」
そう言うと小茂根社長は深々と頭を下げ、踵を返した。
「その時は」
カズヨシも力強く応じる。
そして小茂根印刷のトラックが走り去るのを見届けると店の入口である階段を下っていった。




