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しゃんぐりら ~板橋の桃源郷~  作者: リノキ ユキガヒ
真紅の御旗の元へ
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真紅の御旗

レイミは帰りの途中にある公園のベンチにいた。

夜空にぽっかりと浮かんだ満月を見ながらつぶやいた。

「レミリア・スカーレット…か」

その日を境に彼女の脳裏にレミリアが離れなくなった。

幼い容姿の吸血鬼。湖上に浮かぶ洋館。それを取り巻く仲間達。

自分達の居場所を探し求めて幻想郷に辿り着いたいきさつは自分と重なるものがある。

レイミは徐々に東方の世界に惹かれていくがあるところでそれは一気に加速した。


「白と黒のメッシュにしてちょうだい」


美容院でそう注文を付けるとその足でそのまま出勤した。

「わっ!!なんだその髪」

「随分思い切ったわね~」

オーナーとカズヨシは目を丸くしながらレイミの髪型をまじまじと見る。

「私なりの忠誠の誓い」

レイミはそう言うとロッカールームに入りナイトドレスに着替えて、ホールへと赴いた。

「あら、黒のドレスと相まって意外にエレガントね」

オーナーはそんなレイミの姿を目を細めて見る。

「私のお嬢様に対する忠義は十六夜咲夜の次に強いのよ」

レイミは手を胸の辺りで組むとゆっくりと瞳を閉じた。

「銀髪のメイド長、十六夜咲夜。なるほど彼女の髪型に限りなく近くする事で忠誠心を現した訳か…」

カズヨシが妙に納得したような事を言う

「すごいわねー。レイミちゃんがそこまで東方にハマるとは」

オーナーも少し驚きを隠せない様子だった。

「すべては真紅の御旗の元へ!!」

レイミはそう力強く発すると拳を天井へと突き上げた。


「ま、あーたが東方にハマるきっかけがレミリアに惹かれたってのはなんとなく判った」

「確かに紅魔館の連中が幻想郷に辿り着いたいきさつは二次作品だと色々な解釈があるわね」

「そうですね、故郷を追われたとか、妹フランドールの為だとか、中世だから魔女狩りから逃れる為とか解釈は様々なですけど、ポジティブな内容は見かけないですね」

まーちゃんの言った一言にヒトミとしおんが付け加えた。

「運命を操る程度の能力。吸血鬼としての呪われた運命。彼女の能力が幸せに繋がるかと思えばそうじゃない。彼女がもがけばもがく程幸せは遠のいていく。そんなレミリアお嬢様の健気な姿に惹かれたわ」

レイミは夜空を見ながらつぶやいた。

「で、同人誌はなんで始めたの?」

ヒトミは素朴な疑問をレイミにぶつけた。

「オーナーの勧めね」

彼女は満面の笑みを浮かべた。


「あら、上手」


コースターに描かれた落書きを見てオーナーは声をあげた。

「ですよね」

カズヨシもオーナーの手にあるコースターを覗き込む。

「これ、レイミちゃんが描いたのよね?」

にこやかな表情を浮かべながらオーナーは店内を見渡した。

「オーナー、彼女でしたら表ですよ」

「そう」

オーナーはそう返事をすると出入り口である階段に身体を向けた。

「レイミちゃん」

オーナーは声をかけたがそれに気付く事なく彼女は見送りを終え歩道に佇んでいた。

「?」

ちょっと不思議に思った彼女はそっとレイミの脇の方に回り込む。

そして、なにやらブツブツと独り言のような事を呟いている事に気が付いた。

彼女の視線の先には満月。青白い月光はレイミの横顔をくっきり映し出す。

「あぁ、お嬢様…」

そうレイミが呟いた瞬間に彼女の頬を何かが滑り落ちた。思わず息を呑んだオーナー、彼女に寄り添おうと一歩踏み出ようとした刹那。レイミの口元が再び動き始めた。


「満月はあなたに強力な力をもたらします。しかし、それは途方もない不幸と引き換えです。私がどれだけ泣いても、どれだけ祈っても、貴方の呪われた運命を変える事はできません。満月の夜が来るたびに己の無力さを呪う事しかできないのでしょうか?そして貴女が心の底から笑える日は来るのでしょうか?真紅の御旗の元、私は信じています。お嬢様…レミリア・スカーレット」


潤んだ瞳で満月を見つめるレイミ。オーナーはそっとその場をあとにする。

「おつかれー」

ハイヒールの軽やかな足取りが出入り口となっている階段から聞こえてくる。

閉店後の片付けをしていたカズヨシは何気にそちらの方に視線を送った。

「あれ?オーナーそっちに行かなかった?」

しかし、彼の前に現れたのはレイミ一人だ。

「ううん。見なかったけど」

レイミは首を横に振ると着替える為にロッカールームへと姿を消した。

「レイミちゃん。だいぶレミリアに御執心よ」

「うぉ」

耳元でオーナーがカズヨシに言い放つ。

「しかし、あいつ変わりましたよ」

「そうね」

オーナーはレイミのいるロッカールームへ視線を向ける。

程無くすると着替え終えたレイミが姿を表した。

「ねぇ、レイミちゃん。少しいい?」

オーナーは少し固い表情で彼女を呼びつける。

レイミはその表情から内心、今日の仕事で何か重大なミスをしたのではないかと勘ぐった。

彼女の表情もそれに釣られて少し強張る。

二人してバーカウンターのスツールに腰掛けて半身で向かい合う。

「ふうっ」オーナーが軽く息を吐くとレイミを真っ直ぐな瞳でレイミを見つめた。

そしてさっきの落書きしたコースターをレイミの目の前に差し出した。

「これ、あなたが描いたの?」

レイミもそのコースターに視線を落とす。

コースターにはレミリア・スカーレットがラフではあるが描かれている。

「あ…」

レイミは思わず声を漏らす。正直こんな事をする人間は自分しかいない。レイミの手のひらに少し力が入った。じっとりと汗が出てくる。

二人の間に重い空気が流れる。バーカウンターの奥にある冷蔵庫のブゥーンという作動音が聞こえてきた。それが重い雰囲気をさらに重くする。

黙り込むレイミに業を煮やしたオーナーが口を開いた。

「上手ね。ウチのサークルで漫画描かない?」

「へ?」

意外な言葉に気の抜けた声をあげるレイミ。

「漫画?ってあの?」

半信半疑な表情で問い正すレイミ。

「そう。あの漫画」

オーナーは満面の笑みでそれを返す。

「えっと…」

レイミは言葉を詰まらせた。

「レイミちゃんの通ってた学校って漫画の学校よね?」

「確かにそうですけど…」

確かに彼女の言うとおりだがハッキリいって勉強らしい勉強はしていない。

「じゃぁ大丈夫よね」

「まぁ、大丈夫といえば…」

「何かしら?」

「正直何を描いたらいいか判らないんです」

「そう…」

オーナーはそう言うと店の天井を仰いだ。

「ねぇレイミちゃん」

「はい」

「あなたが今までやりたかった事を描いてごらん」

彼女はそういうとレイミの肩にポンと手を乗せた。


「と、いう訳なんだ」


「うん?」

ヒトミがうなり声をあげる。

「なんか、もっと感動できる話が飛び出てくるかと思ってたのに」

しおんが口を尖らせる。

「ま、きっかけなんてそんなもんだろ」

まーちゃんはそう言うと夜空を見上げた。

「それよりも見なさい。この朱色に輝く神々しい姿を」

レイミは椅子から立ち上がり東京タワーを背にして両手を広げる。その時だった。

風が吹き抜けた。レイミのトレンチコートが舞い上がりそれがまるでコウモリの羽のようなシルエットを浮かび上がらせた。

彼女の髪が赤い東京タワーの光を弾く。


「すべては真紅の御旗の元に!!」

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