月夜
「カズヨシ帰ったわよ~」
彼女は軽やかに店の入口になっている階段を下って行く。
「カズヨシ?」
レイミはその名前に聞き覚えがあったような気がしたがとりあえず頭の隅に追いやった。
階段を下り切ると店の入口になっていた。ドアは開きっぱなしになっていて店の名前は判らなかった。
ドアを潜るとまだ、改装中だが店の雰囲気は感じられる位には出来上がっていた。
六人掛けのボックス席が三つに、四人掛けのカウンター。正直広いとはいえないがセンス良くまとまっていた。
奥の方で内装業者らしい男性二人が黙々と作業をする中、カウンター席にいた男性がこちら側を振り向いた。
「あ、オーナーお帰りなさい…あれっ!?」
その男性はレイミをみるなり素っ頓狂な声をあげた。
「あ!」
レイミも釣られるように声をあげる。
「あら?二人とも知り合いだったの?」
オーナーと呼ばれた彼女は小首をかしげる。
「え~っと、レミリア・スカーレットみたいな名前の…」
カズヨシと呼ばれたであろう男性はレイミを指さし彼女の名前を思い出そうとするが出てこず、頭をひねる
「レイミ」
「そう!」
カズヨシはポンと手を叩く。その向かいにいたレイミは少し呆れた感じで自分の名を名乗った。
「へー。レイミちゃんっていうの?確かに東方チックな名前ね」
オーナーの彼女はマジマジとレイミの顔を覗き込む。
「ねぇ、あなた本当にウチで働いてみる気ない?」
今度の表情は表で見せたのとは違っていた。真っ直ぐな瞳でレイミを見つめる。その目力はかなりなもので、レイミはその瞳を反らす事が出来なかった。
「…えぇ。わかりました」
何か魔力めいた彼女の眼力にレイミはここで働く事を思わず承諾してしまう。
「じゃぁ、よろしくね。ナンバーワンのレイミちゃん」
オーナーは満面の笑みレイミに向ける。
「ナンバーワン?まだ働いてもないのに」
レイミは思わずいぶかし気な表情を露にした。
「そ、君がうちのホステス一号。だからナンバーワン」
「そういうこと…」
「なんでも一番はいい事よ~」
ナンバーワン違いにレイミは少し肩を落としたがその何か気の抜けたぬるま湯のような雰囲気がなぜか心地よかった。
そして、幾日かが過ぎていった。結局レイミはオープンの立ち上げまで手伝う事になり様々な雑用をこなしていた。正直自分でも意外だった。
と、いうか協力して何かを作り上げる喜びを感じていたのだ。
一つの目標に向かって行く充足感はすがすがしく初々しいもので、この雰囲気を壊す事は彼女にとっては考えられないものとなった。
人との接し方も変わって来たのは言うまでもない。
「ふぅ」
レイミは最後の客を見送ると夜空を見上げた。
「満月…」
彼女は思わず呟く。
「おー、いい月だなー」
レイミの後ろから看板を、片づけに来たカズヨシが話しかけた。
「満月って不思議ね。見てるだけで自分の秘めたる力が目覚めそうになるわ」
レイミはカズヨシに背を向けたまま言葉を返す。
「本当にあれだな、レミリアみたいな事言うな」
「ねぇ、カズヨシ。そのレミリアってなーに?」
レイミは振り返りながら彼に聞いた。
「あー、そうか。東方の事知らないんだったよな」
そう言うとカズヨシは夜空を見上げた。スマホを取り出し一つの画像を彼女に見せた。
そこには幼い少女のイラストがありレイミはそれを不思議そうに見つめた。
「これが、そのレミリアってやつ?」
「そう」
「なんだか、随分小さい子ね」
「まぁ、こう見えて五百歳なんだけどな」
「五百歳!?」
「そう、吸血鬼だから」
「って言われても納得できるよーな」
「ま、ゲームの中での話だよ」
カズヨシはそう言うと看板を引っ込める作業を再開した。




