死神のカマ
「ったくなんなのよアイツ!」
その日の仕事を終えレイミは行きつけのホストクラブへと来ていた。
「へー。レイミさんの名刺、そいつ持って行かなかったんだー」
どうやらカズヨシはレイミの名刺をそのまま持って行かなかったらしい。
その事に憤慨するレイミ。あからさまにレイミの肩をもつヘルプについたホスト。
「おーレイミ。来てたのか?」
そこへ他のホストもレイミのいるボックス席へと合流した。
いつの間にかレイミの周りにはホスト達が群がり彼女を取り囲んでいた。
分かりやすい神輿に担がれたレイミは今日あった出来事を彼らの前で酒を煽りながら話し続けた。
「つー事はおまえ学校辞めたんだ」
彼女の取り巻きでも年配のベテランホストが怪しい目をしながら話しかける。
だいぶ酒の入ったレイミは「そーよ」と軽く受け流す。
「なら今夜、店が引けたら面貸せよ」
「なに?ドーハンの催促?」
「バカ、チゲーよ。ちょっとした儲け話」
「あー?胡散臭いわね」
レイミはトロンとした目付きで彼を根目回す。
「あぁ?疑ってるならいいんだぜ。よそ当たるわ。えーとお前の店で確か…」
「ちょっと何よ!それじゃぁ私がまるで役立たずみたいじゃない!!それによその店のコにしなさいよ!!」
レイミは持っていたグラスを激しくテーブルに叩き付ける。アルコールのせいもあってか?感情の起伏が激しい。
彼の口元が怪しく歪む。そう、彼は見事にレイミの性格を手玉にとり怪しい商売の話を彼女に持ち込んだ。
正直、商売というほど大した事ではないが金銭的に余裕のないホステスを何人か紹介してほしいと、いうだけだった。
「レイミ、それって…」
ヒトミが思わず声をあげる。
「やっぱりアンタは一発で判ったか…」
レイミが憂いを帯びた瞳で彼女を見つめる。
「え?どういう事ですか?」
しおんが真っ直ぐな視線を二人に送る。
「しおん、つまりはだ。金に困っているホステスに風俗の仕事を斡旋するんだよ」
そんな事とは露知らずしおんはまーちゃんから突然、水商売の闇を知らされた。
「え…」
しおんが言葉を飲む。
「あんたの前では言いたくなかったけど、しょうがない。これがレイミという女の正体よ」
「でも、それってレイミさんだけが悪いんですか!?お金にルーズな人も少なからず…」
興奮してまくしたてるしおんの肩にヒトミがそっと手を添える。
「しおん。世の中別に本人がお金にだらしなくなくても金に困っている人はいくらでもいるんのよ。特に水商売してるとそういう人は嫌でも目に入るわ」
ヒトミが諭すようにしおんに語る。
「そう。親が病気で倒れて急に家族を養わなきゃなったり。旦那の会社が資金繰りに厳しくなったり、人には言えない借金があったり、とにかく女が手っ取り早くまとまった収入を得るには昔から水商売だったのよ。むしろ貴方みたいに純粋な気持ちで水商売を志すコの方が珍しいわ」
レイミは静かにそう言うと視線を地面へと落とした。
アスファルトが月の光を弾き青白く光っている。
「で、あーた。そんな事して店にはいれたの?」
まーちゃんの問いかけにレイミは静かに首を横に振った。
「でしょうね」
「あわれなモンでしょ」
ヒトミの言い放った言葉にレイミは自虐的な笑みを浮かべて言い返す。
「そしてまた、私は居場所を失ったの」
レイミは再び夜空を見上げると静かに語り始めた。
「で、おまえこれからどーすんだよ」
レイミに斡旋の話を持ち掛けたホストはふてぶてしい態度で彼女に接した。
「どうって?
レイミは何も考えず返事をする。
「学校だけでなくて店までクビになってよぉ」
「ま、キャバなんて吐いて捨てるほどあるから何とかなるでしょ」
水割りを飲みながらレイミはあっけらかんと言い放つ。
「ぎゃははは!オメーのオツムはめでたくできてんなー」
「ったく誉めてんの?それ」
「もちろん誉めてんのさ、いろんな意味でよ」
「あ、そ」
ひとしきり言葉を放つとレイミはシートに体を預けた。
その時彼女は自分の犯した事の重大さにまだ気づいてはいなかった。
それでもホストクラブで遊ぶ事をやめなかった彼女の首筋には死神のカマがピタリと添えられていた。




