変わったレイミ
「あー大塚君。ちょっと職員室まできてもらえるかな?」
とある日の放課後レイミは自身の通う専門学校の職員から呼び出された。
正直察しは付いていた。恐らく水商売の事だろう。
彼女は言われるがままに職員室にある個室へと促された。
「単刀直入に聞くが、君は夜ホステスとして六本木で働いているそうじゃないか」
やはりその事か。レイミは正直、心の中でせせら笑った。返事は当然。
「ハイ」
彼女の眉は微動だにしなかった。学生風情にしては堂々としすぎた態度。レイミは夜の世界で揉まれる事で精神的にもタフさが身についていた。少々の事ではたじろがない自信があった。
「まぁ、君が放課後なにをしようがこちらからとやかく言う事はないのだが、うちの生徒を客としてとるのはどうだろうか?」
レイミには心当たりがあった。あいつか?頭の中でその顔を思い浮かべる。
「で、それが?」
「その彼がね君の勤めているお店に通う為に借金を作ってしまったんだよ。当然あちらの親御さんの耳にも入ってしまって彼は実家に引き戻された訳なんだ」
「どうりで最近姿を見せない訳ね。で?それは私のせいですか?」
レイミは氷のように冷たい視線を職員へと向ける。彼はそれを外しながら言葉を続ける。
「勿論、放課後におきる事までこちら側は責任をもてないが正直、君のような素行不良な生徒を学校にはおいてはおけない」
「ハッ。確かにそうですね」
「分かるね?つまりは退学処分の通告だ」
「わかりました」
レイミはそう言い放つと彼に背を向けた。そして学び舎をあとにした。
なぜだろう?妙にすがすがしい気分になっていた。正直、夢敗れているハズなのにその気持ちは軽かった。
しっかりとした足取りで彼女はタクシーを拾った。
「六本木」
レイミはそう言い放ち、リアシートに落ち着くとハンドバッグからタバコを取り出した。
車内に紫煙が漂う、流れゆく景色、明治通りで拾ったタクシーは渋谷を抜け、国道246号線に接続する。
「六本木の交差点辺りに止めて頂戴」
レイミの言葉通りにタクシーはそこに付ける。彼女はタクシーから降り立つと六本木の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
「ふふふ…」
なぜだか可笑しかった。
「あーあ。親バレしてるんだろーな」
レイミはニンマリとした笑みを浮かべると颯爽と歩き出した。
「夜が始まる」
そう言葉を吐き出し、おもむろに空を見上げる。朱色に染まる空の端から群青色の夜空が覗いていた。
「私が生きる世界はここにあるの。白い紙の上じゃない。黒い夜の世界」
六本木の街は彼女を飲み込むと怪しくその姿を光らせ始める。
その光が希望の光か?絶望の淵か?彼女にとって知るよしもなかった。
その日の夜だった。なんの因果か?彼女の客の紹介で出版社と印刷会社の社員と思われる人物が相席した。
「出版社の方…」
レイミは受け取った名刺をまじまじと見る。正直聞いた事のない出版社だったのでこれといった興味は沸かなかった。それに彼のサラリーマンのお手本みたいな容姿からとても上客になる気配が感じられなかった。
しかし、その彼の隣にいる男性がレイミの名刺をえらく興味深く見ているのに気が付いた。
「レイミかぁー」
そして一言そう言い放った。
「以前、どこかでお会い致しましたでしょうか?」
レイミはすかさず彼に質問を飛ばす。
「いや、東方に出てきそうな名前だなーって思わず」
彼は後頭部を掻きながら照れ臭そうに答えた。
「とうほう?」
レイミは首を傾げると彼からもらった名刺に視線を落とした。
そこには「日本大印刷」と書かれており彼はどうやら営業の人間のようだ。
「カズヨシ君。たまにはゲームの事はわすれようよ。今日はこういったお店だし」
出版社の彼がカズヨシと呼んだ男性は苦笑いを浮かべるとレイミの名刺をテーブルの上に一旦置いた。
彼にしてみればなんの事のない動作だがレイミはなぜかそれがカンに触った。




