一線
「ね!人助けと思って!」
六本木のとあるホストクラブでだった。彼はレイミを拝み自分の窮状を訴えた。
「え?でも、私…」
突然の事に戸惑うレイミ。彼がいうには指名のノルマが達成できずに困っているという。レイミが後日、自分を指名してくれればそれが達成出来るとのこと。しかし彼女にそこまでできる経済的な余裕はない。
レイミはなぜか後ろ髪を引かれる思いでその店を後にした。そして駅に向かう道すがら六本木の街を改めてみた。
煌くネオン。道行く人達も着飾りこの世の春を謳歌しているような感じだ。
レイミは自分がこの街において明らかに異質な存在であると肌で感じた。どことなく相手にされていない感触。
ホスト達は確かに彼女をお姫様の如く扱ってくれるがレイミの姿格好から、上客になる気配が感じられなければその雰囲気はたちまち萎えたものになる。要するにビジネスライクなもの。
レイミは段々とその雰囲気に満足出来なくなってきた。
自分は特別である。人一倍プライドが高い彼女はどうすれば自分に振り向いてもらえるかを考えて始めた。
そして遂に一線を跨いだ。
あくる日彼女は再び同じ店に行き彼を指名しようとした。が、しかし彼は既に他の女性に指名されておりレイミの元へ来るのは後だとボーイに告げられた。
レイミはなぜだか後頭部をハンマーで殴られたような衝撃を感じた。
なぜだろう?自分一人が裏切られたような感覚。華やぐ店内で一人ぼっちでいるような感じ。
レイミは思わず彼を探した。そしてそれを見つけた。
そのボックス席は明らかに違った雰囲気を放っていた。一人の女性を中心に異常とも思える盛り上がりを見せている。
店内に響くその女性の高笑い。それは正に中世の王侯貴族のような振る舞いであった。
レイミは思わずヘルプに付いたホストに彼女の素性を聞いた。
「あぁ、どっかのキャバクラのナンバーワンみたいッスよ」
と、彼は素っ気なく答えた。
「ナンバーワン…」
レイミの頭の中をその言葉が稲妻のように貫いた。いくら世間知らずのレイミでもそれが何を意味するかは解る。彼女の強烈な自尊心がマグマのように煮えたぎってきた。そして自分でも思わない言葉が突いて出た。
「私にお店を紹介して下さい!!」
そうしてレイミは遂に夜の世界の門を潜る事になった。
そして意外な事に彼女の高すぎるプライドと我儘な性格は水商売では武器になったのだ。
レイミは夜の世界の階段を駆け上がっていく。自身の売上を伸ばせば伸ばすほど周りは自分の事を正にお姫様の様に扱う。
瞬く間にレイミはナンバークラスのホステスへと成長した。
そして彼女を取り巻く環境は激変した。
当然の事ながら学校へはほとんど行っていないが、夜の住人と化した彼女は漫画の専門学校においては異質以外の何者でもなかった。
しかし、レイミは臆する事はなかった。彼女は蛹が蝶へなるが如くの変貌を遂げ、その容姿は男性の目を容易に引く事ができた。
ナンバークラスのホステスからしてみれば専門学校に通う男子学生など小学生をあやすようなものだ。
彼女の周りには常に男の取り巻きがおり、まるでレイミをお姫様のように扱った。
学校に居場所がなかったころから様相をは一変し、彼女を中心にこの学校が回ってるような錯覚に陥るほどレイミは周りからチヤホヤされ始めた。当然の事ながら女生徒からのやっかみもあったがキャバクラのそれに比べれば可愛いものだった。
売り上げ。すなわち実力のあるもの、力を持つ者が社会では認められると知っているが故の優越感が彼女を大きく変えた。
しかし、それが許されるのは夜の世界だけの話であった。




