東京タワー
東京タワーのある芝公園。地名でもあり名の通り公園でもある。都心であるにも関わらずその敷地は広大で豊かな緑に囲まれた上に東京タワーをはじめ、増上寺やプリンスホテルなどもある。
「只の鉄塔なのになんで見てるだけで落ち着くんですかね?」
しおんが東京タワーを見上げながらそう呟く。
「確かに不思議な魅力があるよな」
まーちゃんも彼女の意見に同調する。
「周りがあんまりごちゃごちゃしてないからじゃない?」
ヒトミは辺り見ながらそう二人に言った。
「日本人の心に訴えかけるものがあるのよ」
レイミは得意気に腕組みをしながら言い放つ。
「なんで?」
ヒトミはレイミにその訳を問うた。
「え?そりゃーあれよ、そのー、まー」
「あんた、せめて高度成長期の象徴とかそれくらい事言いなさいよ」
答えられないレイミを尻目に彼女は東京タワーから視線を外した。その時だった。一台のガラの悪そうな乗用車が彼女達の前に止まった。
そして助手席側の窓ガラスが開くと車内から思いがけない声が飛んできた。
「やっぱレイミじゃーん!」
一列並んで立っている彼女達と平行にその乗用車は止まっており、その声を聞いたレイミの肩が一瞬震えたような気がした。ヒトミは彼女の顔をチラと見た。
俯き、唇は震え、肩をいからせていた。
「バタン」と先ほどの乗用車のドアの閉じる音がしたかと思うと黒服姿の男性が二名、ニヤついた表情を浮かべながら彼女達の元へと近づいてきた。コツコツと鳴る彼らの足音が不気味に、というか得体のしれない雰囲気を醸し出していた。そしてそれはレイミの前で止まった。
「おう、やっぱりレイミじゃねーか」
「ギャハハ、そーだそーだ」
二人の男性は下品な笑い声をあげると一人の男がレイミの肩を鷲掴みにした。
反射的にレイミはその手を払いのける。
「まーまー、そんなに邪険にするなよ」
手を払いのけられた男性はニヤニヤした表情のままその手をポケットへと収めた。
「なぁー、お前まだお水やってんのかよー?」
もう一人の男が馴れ馴れしくレイミに話しかける
「…」
レイミは俯いたまま、彼らと口を聞こうとしない。
普段のレイミとは著しく違う態度にヒトミは何かを察したのか?表情が険しくなる。
「なぁー、今月俺売り上げ厳しいんだよー。ちっと店に顔出してくんねーかなー?」
ヘラヘラとした口調で男は言葉を放つとレイミの顔を覗きこんだ。
「どっかいけ」
いつもは威勢のいいレイミだが今は違う。ボソリと呟いた後、ワナワナと肩を震わせ、唇はいびつに歪んでいた。伏見がちな目線からは殺気にも似た怒りの表情が現れ始めた。
「ちょっと、あんた達。レイミのなんだか知らないけど彼女に関わらないでくれる?」
いつもと違う彼女を見たヒトミはその男二人組とレイミの間に割って入ると鋭く言葉を放った。
「あ?なんならオネーさんでも構わねーけど」
その男はそのニヤけた表情のままヒトミにその顔を向けるが目の奥は笑っていなかった。
「あーた、どこのホストよ」
四人の中で一番身長のあるまーちゃんがズイと一歩出る、彼らを威嚇するように彼女のエンジニアブーツの踵がゴスッと音をたてる。そして、ゆっくりと腕を組み鋭い視線を送る。
「俺達がホストって解るなら話は早ぇーや。彼女達紹介してくんない?レイミ」
「また。昔みたいによろしくヤローや」
「ってもオメーは別の事ヤローとしてるんだろ?」
「オメーもだろ?ギャハハ!」
しかし、そんな威嚇に臆する事なく彼らは下世話な事を思わせる会話を交わす。
「っく」
まるで自分をあざ笑うかの言動にレイミは思わず拳を握りしめた。それに気付いたヒトミが彼女の目を見て首を横に振る。
「いい加減にしないと警察呼びますよ!」
彼女達の背後からしおんの力強い声が東京タワーのたもと、芝公園に突然響いた。
彼女はスマホの画面をかざす。そこには既に一一〇番の文字が出ており後は通話ボタンを押すだけで通報できるようになっていた。
それを持ってしおんは男達ににじり寄る。
「どーするよ、あーた達。この娘は本気だよ」
まーちゃんが低く声色を変えて追い打ちをかける。
「へっ。俺たちは只単におしゃべりしてるだけだぜ。警察を呼ばれる筋合いはないな」
男の一人が悪びれる事なく言い寄る。
「私達にそんなつもりはありません!第一さっきレイミさんはあなた達に立ち去るように言ってます。それに露骨な客引き行為は条例違反ですよ!」
しおんは強い口調で男達に言い放つ。
「ケッ!お巡り呼んでもなんも変わりゃしねーよ!」
それでも男は態度を変えなかったがもう一人の男が不意に踵を返した。
「おい、やめとけ。本当に呼ばれたら厄介だ。行くぞ」
そう吐き捨てるように言うと運転席へと滑り込んだ。もう一人の男もしおんとまーちゃんを睨みながら助手席へとその身を落とした。
そして彼らの乗った乗用車は六本木の闇へと消えていった。
「もー!なにあれ!!」
しおんはそう声をあげると地団駄を踏んだ。
「絶対女だからって舐めてますよ」
そして続けざまに思いのたけを吐き出した。
その叫び声は勿論、レイミの耳にも入っていただろう。
彼女は何を言うわけもなく只その場に立ち尽くしていた。




