ほっとけない
「ふうっ」
食事を終えたヒトミが椅子に身を預け息を吐き出す。
「コース料理って少しずつしか出てこないのに満腹になるから不思議よね」
レイミはそう言うと食事の一服をしようとハンドバッグからタバコとライターを取り出した。
「ねぇ、橋本。ここタバコは大丈夫?」
「えー、自分タバコ吸わないから…」
「そっ…」
彼女は短く返事を返すと周りを見渡した。しかし客の中にタバコを吹かす者はおらず、店内が暗に禁煙である事を伝えてきてるようでもあった。
「私、先に出てる」
レイミはそう言うと椅子から立ち上がった。
橋本が案内した店は秋葉原の外れにあった。
東京の都心部とはいえ、湯島方面へと流れば緑は多少残っている。
レイミはそれらを雑居ビルの谷間から遠目に眺めるとタバコに火をつけて煙をくゆらせた。
そして半分くらい吸ったところだろうか?自分が出てきたビルの影から人のすすり泣く声が聞こえてきた。
「?」
レイミはその方を見やる。どうやら通用口みたいなところで一人の女性がそこにしゃがんでうなだれていた。
レイミはくわえタバコのままそちらの方に足を向ける。
そしてその彼女の目の前に立った。
「あなた、ひょっとして」
レイミはそのすすり泣く女性に話しかけた。
「あ」
彼女はレイミの存在に気づくと慌てて立ち上がりながら袖で乱暴に涙をぬぐった。そしてその場から立ち去ろうとレイミに背を向けた。
「ちょっと待って」
レイミは彼女を呼び止め
「あなた、さっきのお店の…」
と、続けて話しかけた。
「はい…」
レイミに呼び止められた彼女はコクリとうなづきその行足を止めた。カツンと彼女の履いていたパンプスの踵が鳴る。
レイミは彼女の前に立つとその顔を覗きこんだ。
「泣いていた訳は聞かないわ」
そう言うと一枚の名刺を取り出し彼女に渡したた。それを受け取った彼女の瞳が白黒する。どうやら返答に困っている様子だ。
「あなたが私の仕事をどう思ったか分らないけど、たまには甘えてみたら?」
そう言うとレイミは背を向けた。
「私達は夜の華。夜にしか咲けない華は昼の華の糧にしかなれない。闇夜があるから光は輝く事ができるの」
そう言い残すと彼女の前から立ち去った。
「あっいたいた」
ヒトミの声が裏路地に響き渡る。
「あんたどこにいたのよ、結構探したのよ」
そう言いながらレイミに近づいてきた。
「ゴメン、ゴメン」
レイミはそう言うと足早にヒトミの元へとかけていった。
「あれ?あの人って」
しおんがビルの影に佇む女性を見つける。その方にしゃんぐりら一同の視線が注がれた。
見つかった彼女は反射的に深いお辞儀をすると通用口へとその姿を消した。
レイミはそれを見ると橋本の方に視線を向けた。
「ねぇ橋本。今夜暇だったら頼まれてくれない?」
彼は一瞬だがキョトンとした表情をする。
「自分でできる事なら」
「んー。多分できる…かな?」
「ねぇ、何よ」
レイミと橋本の会話にヒトミが興味を示した。
「あのさぁ、さっきの彼女。訳は判らないけど泣いてたんだ」
「そうなんだ」
「私達も接客業じゃん。悩み事なんて種類は違っても似たようなもんじゃない。そこで励まそうと思って店の名刺渡したの」
「ほー。あんたにしてはいい事したじゃん」
ヒトミが腕を組みながら声を出す。
「ま、でもハッキリ言ってキャバクラ何て女一人じゃ来づらいじゃない」
「なるほど、それで橋本にエスコートって事ね」
「そゆこと」
ヒトミの答えにレイミが微笑みながら答える。
「わかりましたおぜうさま!!この橋本お役にたってみせます!!」
「そう。悪いわねご飯を御馳走になった挙句頼みごとまでしちゃって」
「とんでもない!我々の業界ではご褒美です!!」
橋本はそう言うとフガフガと鼻息を荒くした。
「っつてもあーた。こんな奴に付いて来るかね?」
まーちゃんが親指で興奮している橋本をさす。
「藍様にこんなヤツっていわれた。藍様にこんなヤツっていわれた…」
橋本は顔を赤らめながら次はブツブツとつぶやき始めた。
「う…」
レイミもその奇行にさすがに少し引いたようで、いささか困った表情を浮かべた。
「あの。私がしましょうか?」
意外な人物が名乗り出た。
「え?しおんいいの?」
レイミの驚く顔をよそに彼女はズイと前に出た。




