アキバハラ
「いやー、やられましたわー」
先ほどのビルの裏でレイミが言い放つ。
「ま、冷静に考えればビルに裏口位あってもおかしくはないわね」
ヒトミはそう言うとその裏口を見ながらビルを見上げた。事務所へは同ビルの裏口からしか入れない仕組みになっていたのだ。
「しかし、あーた達ものの見事だったね。名刺交換の時」
まーちゃんがニヤニヤしながら皆を眺め回す。
「わ、私は皆さんに釣られただけですよ。」
しおんが慌てた様子で珍しく弁解する。
「プッ」
それを見たレイミが思わず吹き出した。
「あんたもお水の世界が板についたって事ね」
ヒトミがそう言うとしおんの肩を抱いた。
「ふえーん。よろこんでいいのか?悲しんでいいのか?わかりませーん」
名刺交換。日本ビジネスシーンにおいてよく見られる光景。
しかし彼女達、水商売の人間が持つ名刺は普通のビジネスマンが持っている名刺とは少し仕様が異なる。
まぁ、ここまで言えば察してもらえるだろう。彼女達が条件反射的に差し出した名刺、それを受け取った側の反応を。
「さーて、カズヨシに頼まれたお使いも終わったし、どーすっかな?」
レイミが辺りをキョロキョロ見渡す。
「なんかさー、小腹空かない?」
ヒトミがお腹の辺りをさすりながらレイミと一緒の仕草をする。
「アキバでご飯かぁ~」
「なんか、あんまりピンときませんね」
まーちゃんとしおんが二人を見ながら呟く。
「まー、裏路地でウダウダしてても始まらないからとりあえず大通りに出ようか?」
レイミはそう言うと四人の輪の中からズイっと一歩踏み出た。
裏通りとはいえ結構人は歩いている。普通の街にあるような寂しい雰囲気は秋葉原の街においては案外無い。
なぜなら通りという通りには小さいながらも店舗がひしめいており、そこはまだかつての電気街の頃の面影を色濃くのこしている。
しゃんぐりらの面々はそこを闊歩する。
しかし、そんな彼女達の耳に妙なヒソヒソ声が入って来た。
レイミがそれに聞き耳をたてる。
「おい、お前あれ何のコスプレかわかるか?」
「いや。わかんねーな」
レイミは自分の横を歩いているヒトミにニタニタしながら小声で話しかける。
「ねぇ、コスプレしてる人がいるみたいよ」
「はぁ?あんた何言ってるの?私達の前には誰も歩いてないわよ」
そうヒトミは怪訝な表情を浮かべて言い返す。
そう言われてレイミも改めて通りを眺める。
確かに彼女の言う通り自分達の前には誰も歩いてはいなかった。
「って事は?」
レイミが雑居ビルの谷間から空を仰ぐ。
「私達の事⁉」
彼女は素っ頓狂な声を思わずあげた。
「あー、かもしれないねー」
まーちゃんの声がレイミの背後から何か分かったような口をきく。
「なるほどそうかもね」
ヒトミも何か察したように呟いた。
「私達格好ってそんなに珍しいんですか?」
しおんも不安気な声もあげる。
「ん?どういう事?」
まだ事情が解らないレイミが首をかしげる。
「あーた鈍いなー」
「つまり、お水自体がこの街じゃ珍しいの!」
「それが知らない人から見るとまるでコスプレのように見えるのです」
三人から立て続けに言われるレイミ。
「そ、そーなのかー」
彼女はそう言うと改めて周りを眺めた。
自分の格好がどうだか解らないが、確かに周りを行きかう人々の格好と自分達の格好を比べると浮いてる感じは否めない。
「おそるべしアキバハラ。まわりから浮いてるだけでコスプレ扱い」
レイミは愕然とした表情を浮かべながら吐き捨てるように呟く。
「あんた、上手くアキハバラって言えてないわよ」
ヒトミの冷静なツッコミがレイミの耳に刺さる。そして、そんなこんだでしゃんぐりら一行は表通りに戻って来た。
表通りは日本人より外国人の方が正直多いくらいだ。そんななかで彼女達同様、まわりから浮いた存在があった。
それは甲高い声をあげながらチラシをまいている。
「ねぇヒトミ。あのチラシ配ってる十六夜咲夜のパクりみたいなのナニ?」
「あぁ?」
レイミの問いかけにめんどくさそうに応じるヒトミ。
「あー、メイド喫茶の呼び込みだろ?」
気だるそうなヒトミの代わりにまーちゃんが彼女の質問に答えた。
「メイド喫茶ってあの、お帰りなさいませご主人様―♪っての?」
「ぶっ!」
レイミの聞いた事のない黄色い声にヒトミは思わず噴き出した。




