聖域~サンクチュアリ
「あ、そうだ」
レイミが思わず口走る。
「なによ」
彼女の後ろにいるヒトミがそれに応じる。
「カズヒロに事務所に行けって言われてたんだ」
「事務所って…」
ヒトミが辺りをキョロキョロ見渡すがそれらしいものや表記は見当たらない。
ビルとはいえ正直店内は狭い。入ってすぐに奥のほうの壁が見える程度だ。
自動ドアをくぐると既に商品が所狭しと陳列されており、人一人がやっと通れる位の通路しか確保されておらず、すれ違う事すらままならない。
「とりあえず上まで言ってみんべ」
「レイミ。あんたのその根拠のない自信はどこからくるの?」
ヒトミが皮肉交じりに言い放つ。
「進まなきゃ道はできないの」
そう言うと彼女は一歩踏み出した。
「あーたは革命家か何かか?」
レイミの答えにまーちゃんがあきれ半分に言葉を飛ばす。
四人はなんとか狭い店内の通路からエレベーターにたどり着く。幸いなことにエレベーターは一階に待機しており、彼女達はすんなりとそれに乗れた。が、狭いビルのエレベーターだ。女性とはいえ、四人乗るとそれなりの圧迫感がある。
「ぐぉ、狭い」
レイミは思わず口にしてしまった。
「だれか、最上階押して」
「ハイ」
最後にエレベーターに乗り込んだしおんがヒトミの呼びかけに応じる。
程なくするとエレベーターは軽い振動と共に昇り始めた。
そして到着のベルと共に扉が左右に開く。最後に乗り込んだのはしおんだが、エレベーター内で方向転換がしずらくそのまま後ずさる感じでエレベーターから降りて行った。
その時だが、背中に何か当たる感触をしおんは感じた。
直感的に誰かと不意にぶつかったと思い、慌ててそちら側振り向く。
「あ、すみません!」
しおんはそれと同時に謝る。しかし、彼女の視界に飛び込んで来たのは、ベースボールキャップ、黒のサングラス、マスク姿の女性だった。
正直、絵に書いた様な不審者ルックにしおんは息を呑んだ。
彼女は小声で「すみません」と言ったと思ったらそそくさとエレベーターに乗り込んだ。
その勢いに飲まれるようにまだ、エレベーター内にいたレイミ、ヒトミ、まーちゃんは押し出されるように店内に吐き出された。
「随分慌てた様子でエレベーターに乗ったけど何なのかしら?さっきのコ」
「さぁ?」
「あ!あれじゃない?万引きしてバレそうになったとか?」
「それじぁ普通は階段つかうでしょ」
「お、おぉ」
彼女達は各々にしゃべるが、しおんだけは違う反応を示していた。
その異変に気がついたレイミが彼女の方を向くがそこに広がる景色にわが目を一瞬疑った。
先ほどのエレベーターの女性と似たような格好をした人達が店内にはまばらだがいた。
そしてその人達の視線は全てのレイミ達に注がれていた。
「っか…」
人間、自分の想像を越える景色に遭遇すると思わず言葉を失う。
レイミのその声にならない声をヒトミは敏感に察知すると彼女も店内の方に身体を向けた。まーちゃんもそれに釣られるように動く。
そして彼女達も同じような声を出してしまった。
例えるなら踏み込んではいけない聖域。サンクチュアリに迷い込んだ外来人をみるような刺すような鋭い眼光。
サングラス越しだがそこにいる客、全員が己らの聖域を守らんとする為に何か戦士のような気迫を放っていた。
その余りの迫力にレイミは思わず視線をそらしてしまったがその先には更に強烈なモノがあるとは思いもよらなかった。
彼女の視線の先には男性同士でくんずほくれつな状態でいる書物がすべての本棚にビッシリと陳列されていた。
「や!や!や!」
それを見たレイミが突如ヘンな叫び声をあけだ。
「レイミ!あーたどうしたの!」
まーちゃんが彼女の異変に気付く。しかし彼女の視界にもそれは当然飛び込んでくる。そしてそれはまるで残りの三人をまるで大蛇が獲物を丸呑みするかの如く次々と視覚へと衝撃を与えた。
「やおいの階だ‼」
レイミはその大蛇の胃袋で何とか取り直し声を発した。
「ちょっ、レイミ!今時やおいだなんてあんた歳がバレるわよ!BLって言いなさいよ!BLって‼」
「つーかこんなトコロであーた達ヤりあうなよ‼」
「ヒッ…ヒッ!」
「チィッ!しおんがやられた‼」
「メーディック‼メーーディーック‼ドックー‼ドックーーゥ‼」
「チィッ⁉撤退だ!撤退しろ‼」
「あ⁉エレベーターが一番下まで行ってる⁉」
「うぉぉぉ‼カモッ!カモッ!カモッ!ハリアップ!ベイベッ‼」
レイミが必死にエレベーターのボタンを連打する。その横でまーちゃんは中学生英語を乱発する。
彼女達の姿はまるでゲリラの奇襲を受けた分隊のようにパニック状態に陥った。
ヒトミがしおんの肩を担ぎエレベーターの入り口で歯ぎしりをしながら今や遅しと扉が開くのを待つ
そして、エレベーターは彼女達の階に到着するとそれを飲み込んだ。
「ふぅ~」
レイミが思わず安堵のため息をもらす。他の面子もそれに習うように銘々が自分を取戻しつつあった。が、安息の時は短かった。
「チーン」
エレベーター内のチャイムが不気味に鳴り響く。
「まだ、地上じゃないわよね」
レイミがそう言うと他の皆がエレベーター内、上部にある階数表示の電光掲示板に視線を送る。
誰か解らないが息を呑んだ。密室が持つ独特な閉塞感。
彼女達の瞳はまるで爆雷攻撃におびえる第二世界大戦の潜水艦乗りみたいになっていた。
真綿で首を締めつけられるような薄気味の悪い空気がエレベーターのカゴ内を満たしていた。
ガコンと重苦しい音と共に扉がついに開いた。
するとまるで、濁流のように人が雪崩れ込んできた。
「わわわわ!」
レイミ達の叫び声も虚しく、その人の形をした猛烈な水流はあっという間に彼女達をエレベーターの隅へと押し付けた。
「何⁉何がおきたんですか⁉」
エレベーターの一番奥に追いやられたしおんには何が起きたのか解らない。
「あぶぶぶ」
しかしそれは、レイミもまーちゃんにも答える事ができなかった。
女性が四人乗っても狭いエレベーターになんと更にだれか数人乗って来たのだ。もはや満員電車状態。しゃんぐりらのメンバーは指一本動かす事すらままならない。
「右舷より浸水―ッ‼」
「バッテリー破損‼」
「緊急浮上!メンタンブロー‼」
「艦長!ブローできません‼」
「なんだと…」
「うひっウヒヒっ」
「まーちゃん!しおんが初めての実戦と塩素ガスのせいでラリった!」
「コノヤロー深海に出て頭を冷やそうってのか⁉酸素でも吸って目ぇさませ‼」
「飲んだ水を吐き出せコノヤロー‼」
「どうした!十万馬力⁉」
「チーン」
地上階に到着したチャイムと共にエレベーターから人々が吐き出される。
彼女達は呆然とした表情でなぜか歩道にたたずんでいた。
ヒトミがポツリとつぶやく。
「東方戦線に異常無し」




