あとすこし
「レーイーミーちゃん」
「ふぁっ?」
客に不意に呼ばれてハッとするレイミ。
「ほれ?レイミしっかりしなよ」
ヒトミが横からも肩を揺すりながら言葉を投げかける。
「今日は折角、高島さんがきてくれたのよ。盛り上げなさいよ」
「そ、そうね高島すわん。本日はご指名ありがとうございます」
彼女の隣にいる男性はこのクラブ・しゃんぐりらの常連客、高島。どこにでもいそうなごく普通の中年サラリーマンだ。
「なんだか随分疲れてるみたいだけど、どうしたの?」
「実は最近…」
「最近?」
レイミのその重い口ぶりから、ヒトミは彼女が同人誌の事を打ち明けるのではないかと察した。
「レイミ。お仕事中よ」
慌て話題を変えようと試みるヒトミ。
しかし、レイミにその様な気配はない。ここで彼女が同人誌の事を打ち明けてしまっては場が白けてしまう。何とかせねばと思った矢先にレイミの口は既に開いていた。
「実は最近、海外ドラマにハマッちゃって、昨日一気見したら寝不足☆」
ヒトミの思惑とは逆にレイミはお茶目に寝不足の理由を高島に語った。
「そうなんだ~。あぁいうのって一回見だすと気になっちゃうもんね~」
高島はレイミのウソに見事にハマッた。
ヒトミはホッと胸を撫で下ろす。
レイミが今、海外ドラマにハマってると、いうのは勿論ウソだ。彼女は今、同人誌の締め切りに追われてそれどころではないからだ。
「ですよねー。二十四時間とか特にねー」
「うわ、古ッ」
ヒトミも慌てその会話の輪に入ろうとしたがものの見事に粉砕された。
店は終わりこれからもう一つのしゃんぐりらが幕を開ける。
レイミの自宅へ移動する時間も惜しいので原稿、その他諸々をここクラブ・しゃんぐりらへと運んで閉店と同時にレイミが漫画を書けるようにした。
その為レイミはほぼクラブ・しゃんぐりらに軟禁状態だ。
「全く。地下室に閉じ込めるなんてまるでフランドールじゃない」
レイミはボヤきながらスツールに腰掛け原稿に向かう。
「少しばかり喧嘩っ早い所も似てなくもねーな」
カズヨシが冗談混じりの皮肉を言いながら彼女にコーヒーを差し出す。
「いいじゃない。これで貴方の夢が叶った訳でしょ?」
ヒトミもその輪に加わる。
「は?夢って?」
「キャバ嬢レイミ・紅魔館入り」
「ブフッ‼ヒトミそれじゃぁ某動画サイトだ‼」
カズヨシが思わず吹き出す。
「ちくしょう。言ってなさいよ、この原稿が仕上がったら憶えてらっしゃい」
レイミは歯ぎしりをしながら原稿へと向かう。
「あー、憶えてたらね~。それよりあんた焼き肉の件は忘れないでよ」
ヒトミはそう切り返した。
「ぐっ、アンタまだ憶えていたのね」
「あったり前じゃ無い。こちとら貴重なプライベートの時間を割いてるのよ。それ位当然よ」
「ねぇヒトミ。麻布じゃ無くて池袋とかじゃダメ?」
「キモい声出してもダメ。麻布よグレードダウンなんて認めない」
「くそっ!ヒトミの守銭奴め」
「何とでも言ってなさい。レイミ・フランドールちゃん」
「勝手に混ぜんな‼しかも両方とも名前だバカ‼」
「おほほほほ!原稿なんて締め切り前に仕上げればいいじゃない」
「ヒトミ。あんたそれ、東方じゃないわよ。てーか何アントワネットだ」
「この際構わないわ~」
話しながらだがレイミの手は漫画原稿用紙の上を忙しなく動いていた。
「何だかんだで巻き返してきてるぞ。レイミ」
「当たり前じゃない。私を誰だと思ってるの?しゃんぐりらのナンバーワンよ‼」
カズヨシがレイミに放った言葉は更に彼女に活力を与えた。




