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しゃんぐりら ~板橋の桃源郷~  作者: リノキ ユキガヒ
開いた希望のヒトミ
36/72

青と赤

 ヒトミは心地よい緊張感の中にいた。

 出勤前に美容院にも立ち寄りヘアセットもした。

 そしてナイトドレスに着替えるとホールへと出た。

 煌めくシャンデリア、開店前の張り詰めた空気、これから会うお客様への淡い期待と緊張、全てが懐かしかった。

 ヒトミは店内を一度ぐるりと見渡すとそれらの雰囲気を味わう様に深く息を吸い込んだ。

「じゃぁ、紹介するわね」

 オーナーはそう言うとヒトミの方に顔を向けた。

「今日からクラブ・しゃんぐりらで働いてもらう『ヒトミ』ちゃんよ」

 オーナーの紹介の後にヒトミは軽くお辞儀をした。

 まばらだが拍手が聞こえた。

 彼女はハッとした表情を浮かべると顔をあげた。

 レイミとカズヨシが笑顔で手を叩いていた。

 拍手がまばらなのはこのクラブの従業員がオーナーを含めまだ三人しかいないからだ。

 しかし、ヒトミにとってはその拍手は幾万人の拍手にも勝るとも劣らなかった。

「本日よりお世話になるヒトミです」

 彼女が軽く挨拶をすませるのを合図にクラブ・しゃんぐりらはオープンした。

 残念ながら銀座の有名店とは違い客が雪崩れ込んで来る事は無いが、ポツリポツリと来店があるのは夜の世界に出戻ってきたヒトミには丁度良かった。

 彼女はホステスとしての自分を取り戻すかのように働いた。

 そして時は流れる様に過ぎ閉店を迎えた。

 久しぶりに感じる心地よい疲労感。顔に火照りを感じるのは接客中に飲んだ水割りのせいだろうか?彼女は勤務後の清々しい気分の余韻に浸っていた。

「はい」

 その声と同時にヒトミの視界に突然ニュッとグラスに入った水が入ってきた。

 グラスを握る腕を目で追うとその先には同じモノをグビグビ飲んでいるレイミの姿があった。

「ありがとう。レイミちゃん」

 彼女はそう言うと水の入ったグラスを受け取る。

「レイミでいいわよ。その代わり私もアンタの事ヒトミって呼ぶけど」

 相変わらずの言葉使いだがヒトミは不快な思いは微塵も感じなかった。

 むしろ彼女に対して同じ空気を感じた。友達とかそういうものとは違う何か「傷」を負った者だけが分かり合える空気。

 あえて言うなら「戦友」とでも言おうか?そういった感じだ。

「銀座で働いてたのは伊達じゃないわね。即戦力で今日は楽できたわ」

 レイミがヒトミと顔を合わせず言い放つ。

「あなたも、ナンバークラスのホステスらしい働きっぷりだったわ」

 ヒトミも彼女と同じくレイミとは顔を合わせず照明の落ちたシャンデリアに視線を据える。

「二人共おつかれ~」

 そう笑顔で言いながらオーナーは二人の前に立った。そして

「やっぱりキャストさんが二人いるとボックス席は華やぐわね~」

 と、続けて言いながら二人の肩に手を添えた。

「今夜はお祝いよ~。新しいキャストさんとメンバーに」

 オーナーは更に言葉を続けると二人の後ろに周り込みレイミとヒトミの背中を押した。

「メンバー?」

 ヒトミは首を後ろに回しオーナーの方を見る。

「そうよ。クラブ・しゃんぐりらのヒトミちゃんと、サークル・しゃんぐりらのヒトミちゃん」

 オーナーは満面の笑みでそう答える。

「え?私、しゃんぐりらのメンバーにしてもらえるんですか?」

「あれだけの作品のストックがあるんですもの。埋れさせとくのは勿体無いわ~」

「暗い話が多いけどな」

 オーナーの後にレイミがニッとした表情を浮かべながらヒトミの方を見て言った。

「ふん、あなたがどんな作品を書くか分からないけど足を引っ張らないでね」

 ヒトミも負けじと皮肉を口にする。

「こっちの台詞よ。また地下に送り返すわよ」

「やってご覧なさい。あなたが地底の妖怪を相手にできるならね」

「ふん」

「ふん」


 クラブ・しゃんぐりらに咲いた二つの花。

 一つは真紅の薔薇。一つは蒼い薔薇。

 二つの薔薇はお互いに反発しながらも惹かれていく。


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