レイミとヒトミ
ヒトミとオーナーと呼ばれた女性は開店前のしゃんぐりらへと入っていった。
一応は客を迎え入れる準備の整った店内。
銀座の一流店と比べると見劣りをする部分はあるが、ヒトミはどこか懐かしさ漂うこの空気を肌で感じると、深呼吸を無意識にした。
「ここでいいかしら?」
そう言うとオーナーはカウンターへとヒトミを促した。
彼女はカウンターへとノートパソコンを置くと起動させた。
そして作品のあるフォルダーを開いて見せた。
「まぁ、随分と沢山あるのね」
オーナーは感心したようにそれらをまじまじと見た。
「ふん、数が多ければイイってもんでもないでしょ」
ヒトミの背後から突然刺す様な声がした。
彼女はその声のする方を思わず見る。そこには黒いドレス姿の女性が鋭い視線で仁王立ちしていた。
いきなりの事にヒトミは多少動揺はしたが、その黒いドレスの女から発せられた攻撃的な言葉が少し心に引っ掛かった。
「レイミちゃん。そんな事いわないの」
オーナーはそう諭すように言うとパソコンの画面の方に視線を戻した。
レイミと呼ばれた彼女は「ふん」と言いながら踵を返す。
ヒトミはその事を引き摺りながらも自分の中でも自信のある作品をオーナーの前で披露した。
「タイトルからして随分暗いお話しが多そうね~」
彼女は素直な感想を述べる。
「古明地姉妹と地霊殿をテーマにした作品だとどうしても…」
ヒトミは口ごもりながらオーナーの問いに答える。
「まぁ、作家さんの感性も大事にしないといけないけど、暗い話ばかり書いてると気分が滅入らない?」
「…確かに、それはあるかもしれません」
うつむき加減に答えるヒトミ。
「オーナー!そんな暗いヤツがいると店まで暗くなってしゃーないですよ。とっとと追い返しましょう」
ボックス席に座るレイミから野次の様な声がとんでくる。
「レイミちゃん!」
オーナーはそんな野次を制する様に強めの口調でレイミの方に言葉を飛ばす。
「ごめんなさいね。彼女最近ウチに入店したばかりでまだ…。でも、あぁみえても六本木でナンバークラスのホステスやってた娘なのよ。訳あってこんな東京の外れにあるキャバクラに来ちゃったけど…」
申し訳なさそうに話すオーナーの向こうに悪態とも取られかねない態度のレイミがヒトミの視界に入る。
「六本木なるほど…」
ヒトミは自分なりに納得したように呟いた。
しかし、その呟きは悪い事にレイミの耳に入ってしまったようだ。
カカカッと、凄い勢いでハイヒールの歩く音が店内に響く。そしてそれはヒトミの目の前で止まった。
オーナーとヒトミの間にレイミは割って入るとカウンターにバンと手を置いた。それと同時に彼女の手首にある無数のアクセサリーがガチャリとぶつかり音を発した。
「ちょっとそれどういう意味?」
レイミの猫の目の様に釣りあがったタダでさえ鋭い目付きが更に鋭くなる。
「何って、六本木のお店ではそんな乱暴な態度でお客様と接するのかしら?」
幾分挑発気味に、静かにヒトミはレイミに言い放つ。
「は⁉バカじゃないのアンタ。客に対しこんな態度とる訳ないでしょ?てーかアンタこそナニよ、この業界知ってる様な口の聞き方して」
「そうね。知らないと言えばウソになるから言うわ。私も元お水なのよ」
「ハン!アンタのショボくれたナリからすると何処の田舎かしら?」
レイミが嘲笑気味に言い返す。
「銀座の『酒神』よ。この世界にいるものなら名前位は一度は聞いた事あるわよね?」
「銀座のバッカスですって⁉吹いてるんじゃないわよ‼」
レイミの表情に余裕が無くなっていく。
「貴方、それは本当?」
今まで事の成り行きを静観していたオーナーの顔色が変わる。
「何なら聞いて貰っても構いませんよ。去年までそこでホステスをしていました」
いつのまにかヒトミは背筋を正し両手を軽く腰の辺りに組んで立っていた。
レイミと違い、ジーンズにパーカー、髪は後ろで一つに束ねただけのラフな格好だが、そこから発せられている雰囲気は明らかに普通の人とは違っていた。
内から出る華やかさ。それはナンバークラスのホステスのみ発する事のできるオーラだ。




