もうひとつの「しゃんぐりら」
作品を作れば当然発表の場所は欲しくなる。小説投稿サイトなどで気軽にできるが、ヒトミの中でそれは違うと思っていた。
彼女は自費出版も考えたが名も無い素人作家の小説を好き好んで読む人なんて皆無だろう。
それに名のあるイベントの参加は普通の人間には費用その他の面でほぼかなりむつかしい。
しかし、このままでは自分の作品が陽の目を見る事はまず無い。
彼女はここで再び壁に当たった。
しかし、意外な所に突破口を見出した。それはサークルに原稿を寄稿するという方法だ。
ヒトミは持ち前の探究心の強さから自分が参加しやすそうなサークルを探した。
そしてそれは意外な所にあった。
何と自分の住んでる街の近所にあったのだ。サークル名は
「しゃんぐりら」
彼女の脳裏にある事がよぎった。
「しゃんぐりら?どこかで聞いた事のある名前ね…」
ヒトミは細くなった記憶の糸を手繰る。
「そうだ!思い出した‼」
彼女は部屋で大声をあげると部屋中の引き出しを漁り出した。
そしてある一切れの紙を手にする。
その時は目もくれなかった名刺。
そう大分前に名も無い繁華街でもらったあの名刺。
「CLUB・しゃんぐりら」
の名刺。彼女は居ても立っても居られず原稿のデータが入ったノートパソコンを持って飛び出た。
自分でもなぜそういう突飛な行動にでたか分からなかった。
ヒトミは名刺の住所へと向かった。
店の前と思われる場所で当時入店したてのカズヨシが店の看板を引っ張り出していた。
この時ヒトミは気付いていなかったのだが、CLUB・しゃんぐりらとサークル・しゃんぐりらは同住所に存在した。
ヒトミは彼に話しかけた。
「あの…原稿の持ち込みに来たんですけど」
彼女のその意味不明な質問にカズヨシは不思議そうな表情を浮かべて答える。
「お姉さん。ウチはキャバクラだよ。原稿の持ち込みをされても困るんだけど…」
その時にヒトミは自分のしている行動が異常だと気付いた。
「えっ⁉あぁそうですよね」
慌てそう言うとそれらしい物がないか辺りをキョロキョロ眺めた。
すると一人の女性がクラブの入り口である階段を登って来た。
「カズヨシ~。準備はできた~?」
「あ、オーナー。看板に電気をつければ終わりです」
「そう、ご苦労さま。オーブンまで時間があるから一服してなさい」
オーナーと言われた彼女はカズヨシの作業を見守る様に見ていた。するとその傍らにいたヒトミが視界に入った。
「あら、あなた…」
彼女はヒトミの存在に気が付くと近寄りながら話しかけた。
「前に繁華街で泣いてた娘じゃ…」
「え?」
「そうよね。て事はウチのお店で働く決心が付いたのかしら?」
そうにこやかに言うとヒトミの手をグイと握った。
「いや、あの、私、クラブじゃないしゃんぐりらを探してるだけで…」
と口ごもりながらヒトミは答え、握られた手に力を込めた。
「クラブじゃないしゃんぐりら?」
オーナーの視線が一度宙を彷徨う。
「それって、サークルのしゃんぐりらの事かしら?」
彼女はにこやかに笑いながらヒトミの質問に答えた。
「そうです!御存知なんですか⁈」
「えぇ勿論。私が主催ですもの」
意外な一言にヒトミの頭の中は真っ白になった。
キャバクラのオーナーであり、同人誌サークルの主催。相入れない二つの存在。
「あー、それでか。原稿の持ち込みって言ったの」
カズヨシが思い出したかのように口を開く。
「え?ウチのサークルに原稿を持って来てくれたの?」
オーナーの彼女は喜びに満ちた声をあげて
「よければ見せてくれない?そのノートパソコンに原稿があるんでしょ?」
ヒトミの腕の中にあるものに視線を飛ばす。




