出会い
あの日を堺にヒトミはあれだけ没頭していた作品作りをパッタリと辞めてしまった。
ノートパソコンはネット専用機になり、休日の彼女はそれで日長一日ネットサーフィンをする日々が続いた。
何もせず、ただ漠然と過ごす日々。時間がまるで水道の蛇口からだだ漏れする水のように過ぎていく。
自分の存在がこの世から消えたかのような感じ。
誰からも必要とされず、誰からも気づかれ無い。
ヒトミは息を潜めるような生活をしていた。
そして、ひょんな事からとあるニュース映像を目にした。それは有明で開催されているイベントの様子だった。普段の自分ならそんな映像は見流す程度だったのだが、その時はナゼか?喰い入る様にそれを見た。
そのイベントは同人誌の即売会。コミックマーケット。通称コミケのニュース映像だった。
何万人という人々が訪れ、何かの熱に侵されたように色んな物を買い漁って行く。
その様子を彼女は呆然としながら見た。
「なにコレ…」
ヒトミの口から思わず言葉が漏れた。
彼女の知らない世界がそこにはあった。
久しぶりというか?久しく忘れていた彼女の知的好奇心がくすぐられた。すぐさまネットでコミケの事を調べ上げる。
動員数、開催規模、経済効果、そしてそこには必ずと言っていい程あるワードが乱舞する。
「東方」
元来は日本を含む東洋の事を言い表した言葉。
「何かしら?」
そして調べ上げてるウチにそれが「東方プロジェクト」というゲームでありそこから波及していった一大カルチャーの総称である事を知った。
そしてそれらを題材にした二次作品がある事も知った。
様々なアマチュア作家が自分自身の解釈で自分なりの東方を創り上げる自由な世界。
ヒトミの奥底で燻っていた創作意欲に再び火が灯りはじめた。
この日を堺に彼女は生まれ変わった様に再び作品を作りをはじめた。
そう、彼女は同人作家としてその道を歩み始めたのだ。
そして東方のあるキャラクターを主人公に物語を書いていった。それは
「古明地こしい」
人の心を読む事ができる覚妖怪。その能力は諸刃の刃。様々な悲劇が彼女を襲う。そして遂にその能力に耐えきれず彼女は、心を読む為の能力がある第三の目を自身の手で閉ざしてしまう。しかし、それは己の存在も同時に消しさってしまう事でもあった。
幼い外見からは想像もつかない悲運。
そんな彼女にヒトミは自分の歩んできた人生を重ねた。
銀座のホステスとして煌びやかな日々を送るがそれに疑問を抱き続ける日々。そしてそれらを失い、穏やかな日々を望むがそれも叶わず。
自分の生き写しのようにヒトミは古明地こいしにのめり込んだ。
彼女の無邪気な笑顔の向こうに見え隠れする悲劇。
作家としても彼女の設定は非常に魅力的に映った。
「まさか自分が同人誌にハマるなんて…」
ヒトミは自分の中にある意外な一面に驚きつつ文章を綴る喜びを噛み締めていた。




