再び
しかし、そんな彼女を支え続けたものがあった。それは
「想像の世界」
つまりは小説である。
銀座のホステス時代、名立たる作家達が店には訪れた。
元々。知的好奇心の強い娘だったので、その人達の話を聞くうちに彼女も小説に興味を持ちはじめるのは必然と言ってもよいだろう。
初めのうちは巷で有名なベストセラー。続いて名作と呼ばれる作品。そして古典に洋書。それこそ自分が知っている作家や作品は貪るように読み漁った。
仕事でどんなに辛い目にあっても小説さえ読んでいればそれは些細な事に過ぎなかった。
ヒトミは想像の翼を思い切り広げ、物語の中を飛び回った。現実を超え、時代を超え、世代を超えて。
そして遂にある衝動に駆られた。
「私も小説を書いてみたい」
彼女はなけなしの金でノートパソコンを購入すると、それこそ何かに取り憑かれたように作品作りに没頭した。
生活の全てを作品作りに捧げた。
銀座のホステスとして煌びやかな世界にいた過去を振り切ろうとするように。
そして再び、自分が輝ける舞台に立ち上がる為。
細くはあるが一筋の希望を信じて彼女は作品を作り続けた。
出来上がった作品はコンクールに応募したり、出版社にも持ち込んだりもした。
しかし世間の風は彼女の方には吹いてくれなかった。虚しく時間だけが流れる日々。
とある出版社へ原稿を持ち込んだ帰り。勿論返事は芳しくない。
彼女の重い足は何故か繁華街へと向かっていた。
名も無い繁華街。どこの街かさっぱり解らないが、何処となく懐かしささえ漂う妖しくも華やかな世界。そんな空気が彼女の心に吹き込んできた。
懐かしさもあってか?そこを当てもなくすがる様に彷徨うヒトミ。
そしてある事に気付く。自分が一人であると。
すると今まで気付かないふりをして押さえてきた感情。
「寂しさ」
が、耐え難い孤独が彼女の心に入り込む。景色が歪む。頬を何が伝う感触がした。それは顎を伝い地面へと落ちて弾けた。
ヒトミは自分でも知らない内に泣いていたのだ。
名も知ら無い繁華街の真ん中で彼女は声をあげて泣いた。
繁華街の真ん中で泣いている女なんて夜の街から見ても異常極まりない。
弱り切った人間に夜の世界は手なんて差し伸べてはくれない。朽ちていくだけだ。
地べたにへたり込み声を挙げて泣くヒトミを繁華街をいく人々は遠巻きに眺めていた。
しかし、その人の輪を一人の女性が割ってヒトミに近づいてきた。
彼女は膝を着きヒトミの泣きじゃくる顔を覗き込む。
「貴方、戻ってらっしゃい。こちらの世界へ」
そう言うと一枚の名刺をハンドバッグから取り出してヒトミの目の前に差し出した。
「こちらの世界?」
ヒトミは彼女に問いかける。
「ええ、夜の世界」
そう、短く答えると自分の名刺をヒトミに手渡した。
その名刺にはこうあった。
「CLUB・しゃんぐりら」




