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しゃんぐりら ~板橋の桃源郷~  作者: リノキ ユキガヒ
閉じた迷いのヒトミ
30/72

銀座

朝。ヒトミの住むアパートのドアポストは必ず満杯になっている。

それもそのはず、毎朝新聞、読買新聞、経産新聞、本経新聞、日日スポーツ、の大手新聞五紙が入っているからだ。

彼女は遅めの朝を迎えるとそれらをポストから引き抜き、リビングのテーブルに乱暴に置いてからコーヒーを飲みながらパラパラと軽く読んでいく。

「何か、小説のネタになるような目ぼしい出来事はないかな?」

そう、呟きながら紙面をなぞっていく。

この習慣。初めの頃はホステスの仕事の為にしていた事だ。今では半分惰性もあるが小説のネタ拾いでやっている一面もある。

実は彼女は昔、銀座でホステスをしていたのだ。

銀座と言えば水商売の世界では超が着くほどの一流どころだ。

そこを訪れる客層は当然ハイクラスな人物が多い。

そんな人達と話題を合わせる為には世間で何が起きてるか?国際的に何が注目されているのか位は一般常識の範疇なのだ。

その為に新聞は非常に重要なアイテムとなりうる。ネットでも構わないがやはり広く浅く知るには新聞は有効だ。

しかし、そんな彼女がナゼ、「しゃんぐりら」のような場末感漂うキャバクラで働きだしたのだろうか?

元々ヒトミは都心に住んでいた。勿論それは職場である銀座に近いという利便性と、銀座のクラブで働いているというステイタスを誇示する為でもある。

ホステスというものはただ単ににお客と一緒にお酒を飲めばいいというものでは無い。

お客に対して自分自身を特別な存在に思わせれば意味はない。

つまり。生活の全てを豪華に飾り立てなければそれはなし得無い。

その為の高収入と、言ってもそれは言い過ぎにはならない。

彼女は持ち前の記憶力の良さと、頭の回転の速さで瞬く間に当時務めていた店のナンバークラスのホステスへと成長し、政界・財界の重鎮を毎夜毎夜、相手にしていた。

しかし、彼女の中にはそんな煌びやかな世界と相反する感情が芽生えはじめた。


「はたして私という人間に魅力を感じてくれているのだろうか?」


銀座という土地は兎に角、ステイタスを重んじる土地柄だ。

その為か、他所を寄せ付け無い独特な雰囲気がある。

その中にヒトミも当然いるのだ。

彼女は、


「皆、銀座のヒトミだから私と接してくれてるのでは?」


と、はたと感じた。

人間誰しも心に隙間を持っている。その隙間に「何か」入り込むとそれはとんでもない勢いで膨張する。

ヒトミはいつのまにか毎夜、疑心暗鬼で仕事に取り組む様になった。

そこにプライドや誇り、自分自身という人間対しての自信を徐々であるが失いつつあった。

そんな思いで仕事にのぞめばどうなるか?

水商売は生き馬の目を抜くような業界だ。瞬く間に彼女はナンバークラスのホステスから滑り落ち、自分の居場所を失っていく。

そして煌びやか業界だ。輝きを失った者に対しては誰も見向きもしなくなる。

彼女は流れ流れて気が付けば都心から離れた今の場所に住まいを構える事になった。

当然、銀座のクラブからは身を引き細々とアルバイトで生計を立てていた。

しかし、元々煌びやかな世界にいた人間だ。そんな地味な生活が馴染める筈はなかった。

とはいえ銀座でナンバークラスのホステスだった彼女だ。どの職場においても仕事はすぐ憶え、戦力となりうる人材になった。

しかし、それが裏目に出てしまいやっかみの材料にされ彼女は職を転々とする生活を送っていた。


「私という人間は誰からも必要とされてないのかも?」


彼女の胸の奥にはいつの間にかそんな想いが芽生えていた…。


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