まーちゃんの場合
「ったく。二人ともなにしてんだか」
冷ややかなカズヨシの視線の先にボックス席にチョコンと気まずそうに座るレイミとヒトミ。
「てかカズヨシは偉いよねー。あれだけ誰も通らない所にずっと立ってられるんだもん…」
「ねー」
二人が見え透いた世辞をカズヨシに放つ。
「ッち。少しは俺の大変さを解っただけでもヨシとするか」
カズヨシはそう言うとカウンターから出ようと腰を屈めた。
「あっ。カズヨシ私が外に立ってるよ」
まーちゃんはそう言うと腰掛けていたスツールから立ち上がった。
「まーちゃん別にいいんだぜ。撮影会近いんだし風邪ひくと大変だ」
カズヨシはそう言いながら彼女に近づく。
「ん?大丈夫だろ。ちょっと夜風に当たりたいし…」
まーちゃんはそう言うとカズヨシに背を向けた。
「まーちゃん。ちょっと待って」
しおんの声が突然ホールに響く。
「私も一緒に行くよ」
彼女は続けてそう言った。しおんの意外なその一言にまーちゃんは一瞬驚いた表情を浮かべるが「お、おう」と言ってから視線を反らして歩き始めた。その後をついて行くしおん。
その姿を見送るレイミ、ヒトミ、カズヨシ。
二人が出て行って店のドアがパタンと閉まるとレイミとヒトミは揃ってカズヨシに絡み始めた。
「ちょっと~。まーちゃんだけ随分とえこひいきじゃない?」
レイミがボックス席から立ち上がりズカズカと歩み寄って行く。
「そーだそーだ」
ヒトミはそのまま野次を飛ばす。
「あぁ⁉何度も言ってるけどまーちゃんの撮影会の収益でお前らの同人誌がだせてるんだぞ」
カズヨシは臆する事なく二人に言い放つ。
「そりゃ解ってるけどさ…」
痛い所を突かれて口ごもるレイミ。
「確かにそれを言われるとぐうの音も出ないわね」
ヒトミもカズヨシの意見に同調する。
「まぁでも、お前達のおかげでクラブ・しゃんぐりらが成り立ってる事も事実だ」
カズヨシは二人の顔を真顔で見ながらそう言うと笑顔を見せた。
一瞬沈んだかと思われた雰囲気だったが
「当たり前よ!」
と華々しく言い放つレイミの言葉がそれを吹き飛ばした。
「さてと、週末に向けて営業メールでもしますかね」
そう言ったヒトミはテーブルに置いてあるスマホを取り上げた。
二人の自信溢れる姿を見たカズヨシは再びカウンターの中へと戻って行った。
「まーちゃん。月が綺麗だね」
しおんが屈託ない笑顔でまーちゃんに話しかける。
その言葉に釣られてまーちゃんも夜空を見上げる。満月では無いが夜空にポカンと月が出ていた。
「あぁ」
彼女はそう言うと手元に視線を落とした。
相変わらずこの通りに人通りは殆ど無い。彼女はその通りを焦点を合わせずボンヤリ見つめてた。
すると肩に何か暖かい物がフワリと乗った感触がした。
「まーちゃん。これだと風邪ひかないよ」
しおんがストールをまーちゃんに掛けたのだ。彼女の思わぬ気づかいに目を丸くするまーちゃん。
その様子を満面の笑みで見るしおん。
「ありがと」
「ううん。私の方こそいつもありがとう」
「いつも?」
意外な返答にまーちゃんは少し首を傾げる。
「私、接客業始めてだからいつもヘマしてばかりだけど、まーちゃんがフォローしてくれてるおかげで何とかなってるもん」
「フォロー?」
「まーちゃんが分からなくても私は一方的に思ってるから」
しおんは微笑みながらそう言うと踵を返した。
彼女のドレスの裾がフワリと舞い上がり足元が露わになる。
月明かりに照らされ白く浮き出たしおんの脚は、渋谷の白百合を鮮烈に思い出させた。
「ストール無いと寒いから私は先にお店に戻ってるね」
しおんは振り向きながらそう言うと路地に消えていった。
まーちゃんはしおんが巻いてくれたストールにそっと手を添えて、夜空を見上げた。




