ヒトミの場合
「あはははははは!」
誰も客のいない店内にヒトミの笑い声が高らかに響き渡る。
「あんたに後輩育成なんて無理なのよ。あーハライテー」
更にそう言葉を重ねる。
「しゃーねーだろー。誰も通んねー所に変な奴来れば、そりゃイライラするわよ」
と、ボックス席で灰皿を手に持ちタバコをふかしなが愚痴るレイミ。
「ほんと、ビックリしましたよ」
落ち着きを取り戻したしおんがカウンター席のスツールに腰掛けながら二人の間に言葉を放つ。
「まぁ、しおんちゃん。ここは犬に噛まれたと思って忘れようか」
カウンターの中に居るカズヨシが面白半分に言い放つ。
「ブッ‼カズヨシ。犬に噛まれたと思ってとか、その言い回しはアレな時に使うもんよ」
再び笑いをこらえながら口を開くヒトミ。
「ちょっとやめてよー。それじゃぁしおんがまるで○○○○○(自主規制)みたいじゃない」
「結局な形相で店に戻って来たぞ。なぁまーちゃん」
「んん。あぁ」
からかい半分で言うヒトミとは対照的にまーちゃんの反応は鈍かった。
「どうしたのまーちゃん。私もう平気だよ」
まーちゃんを気づかってか?しおんが彼女の顔を覗き込みながら話しかける。
まーちゃんは視界一杯に広がった彼女の顔を一旦見ると思わず視線を反らしてしまった。
なぜか鼓動が早鐘を打っている。そして思わず
「まぁ、無事で何より」
と、口走ってしまった。
「ちょっとまーちゃん!そんな事言わないでよー‼」
その言葉に悲痛な声をあげるレイミ。
「ギャハハハハ‼まーちゃんナイス!」
腹を抱えながら笑い飛ばすヒトミ。
「ねぇヒトミ。あんたそれだけ人の事を小馬鹿にするんならできるんでしょーねー」
腹に据えかねたレイミがヒトミに挑発的に言い放つ。
「ハン!誰に向かって言ってるの六本木とは格の違いを見せてやるわよ」
安い挑発に乗るヒトミ。
「ヘッ!じゃぁ見せてもらおうじゃない銀座の力とやらを!」
「しおん!来な!本当の接客術を見せてあげる」
ヒトミはそう言うとしおんの手を握り入り口の階段を登って行った。
そして先程までレイミと一緒に客引きをしていた場所に来た。
「いいことしおん。ご新規のお客様を店まで案内するには先ず、お客様の不安を取り除いてあげる事。あなたにも身に覚えがあるでしょ?キャバクラってどういう所かな~?料金とかどれ位するのかな~?って」
「はい!確かにそうでした!身内でも不安に思うところがあるならお客様なら尚更ですね」
しおんの目が疑念から尊敬の眼差しへと変わっていく。
「そう。飲み込みが早いわね。じゃぁやって見せるから貴方は私の後ろから見てて」
ヒトミはそう言うと店のボードを掲げて人が通りかかるのを微笑みをたたえながら待った。
十分…。
二十分…。
三十分…。
そして遂に一時間…。
「あーーーッ‼誰も通んねーじゃ話しになんねーよ‼」
ヒトミはそう叫ぶとズカズカと店の方に向って歩き始めた。
しおんはそんな彼女の背中を只見つめるだけだった。




