遅い朝
夜の商売の朝は遅い。
陽が沈みかける頃に始まる。
陽が昇れば床に入り、陽が落ちれば起き出す。
まるで吸血鬼の様な昼夜逆転の生活が当たり前なのだ。
夕方、開店前のキャバクラ「しゃんぐりら」のシャッターを一人の男性が気だるそうに開ける。
そんな男性の態度とは逆にシャッターは自動的に「ジャララ‼」と音を立てて勢い良く巻き上がって行く。
シャッターで遮られていた入り口に夕陽が注がれ地下へと向かう階段が見える。
彼はそこを下って行きドアの施錠を解き、店内へと入って行った。
そして入り口脇にあるライトのスイッチを手探りで探ると、店内に明かりを灯した。
「あ、またか…」
彼は吐き捨てる様にそう言うと三つあるボックス席の一つに歩み寄った。
そのソファには女性が横になっておりスヤスヤと…と、言いたい所だが、あられもない姿でガーガーとイビキをたてて寝ていた。
「ったく。また家に帰ってないな」
彼は吐き捨てる様に言うと、彼女がいるボックス席のテーブルに目をやる。
テーブルにはノートパソコンとその傍には幾つかのメモ書きみたいなものが散乱していた。
「ふぅ~」
彼は溜息を吐くとそのイビキの主に近づいた。そして
「ヒトミさん、起きて‼」
と少し大きめの声で話しかけた。
ヒトミと呼ばれた女性のイビキが収まる。
彼はホッとした表情を浮かべると回れ右をした。
しかしそう思ったのも束の間、イビキは再び豪快に鳴り響いた。
「あーーっ‼」
彼は叫び声と共にツカツカと再びイビキの主、ヒトミの元へと歩み寄ると
「起きんかー‼」
と叫びながら彼女の肩を鷲掴みにして激しく揺すった。
これには流石にヒトミも驚いたようで「あわわわ」と言いながら目を覚ました。そして
「やめて‼あなた私を薄い本みたいにする気でしょ⁈」
と、寝ぼけ眼で言い放った。
「はぁ⁈」
彼は素っ頓狂な声をあげる。
そしてそれと同時に一人の女性が店に入って来た。
「おはよーございまーす…えっ‼」
彼女の控え目な挨拶の後に飛び込んで来たのは若い男女が、ボックス席で今、正にくんずほぐれつの状態になる所だった(誤解)
「はわわわわ‼お二人がそんな関係だなんて知りませんでした‼」
彼女はそう言うと赤面した顏を両手で覆った。
「しおん!こいつ私の事を薄い本みたいに」
「え⁉ヒトミさんソレって⁉」
「しおん!どうしたの⁈」
更にもう一人の女性が黒いトレンチコートをなびかせながら入り口の階段を駆け下りて来た。
「あっ!レイミさん!カズヨシさんがヒトミさんを薄い本みたいにしようとしてます‼」
「カズヨシ‼何て事を‼たぁーっ!」
彼女はそう叫ぶとカズヨシと呼ばれた男性に体当たりを喰らわせた。
声にならない声をあげながら彼は吹き飛んでいく。
その先にはビールケースが積み上げられおり彼はそこに突っ込んでいった。
案の定ビールケースは崩れ落ち彼はそこに埋れた。それを見るとレイミは
「ふん、他愛もない」
と、言いながらトレンチコートをバサリとひるがえした。
「ひゃー、朝からなんて騒ぎだよー」
そう言いながら更にもう一人。ショーパン姿の女性が入って来た。
「まーちゃん。あのね、カズヨシさんがヒトミさんを薄い本みたいに…」
しおんはまーちゃんに事の顛末を説明する。
「はぁー。つーかヒトミ一旦寝ると中々起きねーから揺すってたんじゃねーの?」
と、彼女は一人の冷静に言った。
レイミ、ヒトミ、しおんはそれぞれ顏を見合わせる。
それと同時に倒壊したビールケースを掻き分けながらカズヨシは起き上がって来た。
「おまえらー‼」