第八話 宴の後は二日酔い
■天文18年(1549年)12月 甲斐 躑躅ヶ崎館 武田太郎
来年早々に俺は元服するらしい。……という事で、今、当家の女中達はその準備で大忙しだ。
ハア、なんでこうなるんだろう。まあ原因は俺にあるのかな……。
俺がもう少し質素でも良いんじゃないって、やんわりと言ったのだがそれがいけなかった。彼女達の闘志という油に火を付けてしまったのだ。仕方が無いじゃないか、俺にとって元服なんて他人事のようなものなんだもん。そして女中の皆さんから、
『仮にも天下に名を馳せる武田家の嫡男の元服の儀なのですよ! 他家に後ろ指を指される様ではワ、タ、ク、シ達が辱しめを受けるのです』
とのお叱り(逆鱗とも言う)を受けてしまった、トホホッ。何時の時代も女性を怒らせてはいけない、ウン。それじゃあ、母上様が陣頭指揮を執らない内にトンズラしますかね。
そう思っていたら、後ろから一人の女中が駆け寄り、我が敬愛すべき母上様が呼んでいると言う。はて、ワタシがナニかしましたか?
「太郎殿、其処に座りなさい」
「……もう座っております」
何か、母上様が恐いです。可愛いお顔が台無しですよー、母上様。
「兎に角、話が有ります」
「な、何でしょう」
嫌な予感しかしない。だから言ったじゃないか、『人の予感、特に悪い予感は良く当たる』と。そんな事を考えていると、母ちゃんの顔が『恐い』から『怖い』に変わった。
「妾に仕えている女中が今、貴方の元服の儀に向けて準備しているのは御存知ですね」
「は、はい」
「その女中達に事もあろうに『元服の儀は地味にしろ』と言ったようですが、誠ですか」
「一言一句同じと言う訳では……」
「言い訳は無用じゃ! 誠なのですね」
「はっ、はい」
母上様の目が座った。ひえーん、この歳になっても母ちゃんが怖いよー。
「仮にも貴方は清和源氏・源義光を始祖とする甲斐源氏の宗家である武田家の嫡男なのですよ」
「はっ、はひ」
誰か助けてー! 虎昌、虎昌は居らぬか! ……俺の願いは上原城までは届かなかった。クソッ、居る時はウザイのに、居なくなると頼りにならぬ男だ、全く。
「それがなんですか『質素に』とは!」
「それはですね……」
「言い訳は無用と申したはずじゃ! 妾はその様にそなたを育てた覚えはありませんぞ」
「す、すいません」
怒る母ちゃん、般若の如く! そうだ、知恵者の勘助か幸隆を呼ぼう……って奥は男子禁制だった、くそー。
「ハア~、もう良いです」
「ッ……」
えっ、良いの? ふー、助かった。
そんな俺の安堵は見事に玉砕された。母ちゃん……なんか、生き生きしてませんか? すごく目が光ってますよ。
「今後、妾が陣頭に立って元服の儀の準備をします」
「あっ、それは……」
「ヨ、イ、デ、ス、ネッ!」
「……はい」
思わず口篭ってしまった俺に母ちゃんが笑顔でトドメの一発をかましてきやがった。母ちゃん、その笑顔は反則だよ。めっさ怖いもん。
……今日、俺の人生は終わりました。いや、来月、新年早々には灰も残らず消え失せるでしょう。
■天文19年(1550年)1月 甲斐 躑躅ヶ崎館 飯富虎昌
「太郎、『義信』の名を与える。これより評定への参加を許すゆえ、一層励めっ」
「ははっ」
御館様が若君へ名を与え、若君が畏まって名を頂く。無事に元服の儀が滞りなく進んでいく、感無量じゃ! 若君の傅役を務めた十年余の刻が走馬灯のように儂の心を駆け巡る。
元服の儀の後は饗宴となった。皆、傅役だった儂を労ってくれる、工藤昌豊(後の内藤修理亮昌豊)、馬場美濃守信春、春日弾正忠虎綱(後の高坂昌信)、小山田越前守信茂、三枝左衛門尉昌貞、原美濃守虎胤、原隼人佐昌胤、多田淡路守昌澄、横田備中守高松、小幡山城守虎盛、小幡豊後守昌盛、山本勘助晴幸、真田弾正忠幸隆、そして弟の昌景……。
壮健な眺めじゃ、この者達を率いて軍勢を指揮する若君の姿を瞼の裏に浮べながら、そう思う。ただ、此処に板垣殿と甘利殿が居てくれたらと思わずにいられない。あの御二方にはよく若君に対する愚痴を聞いてもらったゆえ……。
「兵部殿、まあ一献」
「おお、済まぬ」
どうやらいつの間にか感慨に耽って我を忘れていたようだ。そんな儂に勘助が酌を勧めてきた。
「兵部殿もこれで肩の荷が降りたのではありませぬかな?」
「いやあ、まだ上原城を若君にお譲りするまでは……」
勘助とも長い付き合いじゃな、お互い若君に苦労させられた身ゆえ、コヤツも感慨深いだろう。だが、まだまだ気を抜く事は許されぬ!
「左様ですなあ」
「そう言う勘助はどうなのじゃ」
「それがし、ですか?」
「そうじゃ、城取りと戦法の指南役もお役ご免となり、これからは本腰を入れて信濃平定に尽力する事になろう」
「……」
どうした、勘助? 儂が話し掛けると勘助は少し困惑した顔をした。
「信濃も大事なのですが……今、それがしは駿河との折衝を担当しているのです」
「駿河? 今川家か」
「はい、どうやら若君の嫁を今川家から、という提案をされましてな」
「それは目出度いではないか」
元服に続けて次は祝言か……慶ばしい事が続くわい! チラりと上座の方を見ると若君が緊張から固まっている、初々しいのう。
だが、勘助の評定が更に困惑を強めた。
「……? どうした」
「それだけでは……いえ、この話はまだ内密な事ゆえ」
そう言うと勘助が座を離れ、真田弾正の方に移動していった。一体、何があるのじゃ……。
■天文19年(1550年)1月 甲斐 躑躅ヶ崎館 武田義信
ふうー、やっと終わったよ。ただ幼名を捨てて諱を貰うだけで、何でこんなに疲れるんだろう。
それもこれも皆が悪い! 昨日までお子ちゃまの俺に皆が酌を勧めてくるのだ。おまけに当家には『酒に関する鉄の掟』があるから……ハア、急性アルコール中毒で死ぬかと思ったよ。
まあ遠目に見えた虎昌が嬉しそうだったから良しとしよう、ヤツにはこれまで世話になってきたからね。途中から覚えてないけど、元服の儀の後の宴会中に5回以上も便所でリバースした事も何年かしたら良い思い出になる……はずだ。
それにしても昨年秋にあった親父様との面談は傑作だったな。『俺が家督は要らん』って言った時の親父様はハトが豆鉄砲でも喰らったような目をしていたもんな。
まあ、親父様が諏訪御料人との間に産ませた四郎(後の勝頼)を俺以上に可愛がっている事は知っている、家督はヤツが継げば良いさ。俺は別に家督を継げなくたって構わない、生き残る事が先決だからな。
それから此度の元服の儀について、何故あれほど母上様は躍起になったのだろう。御自身が陣頭に立つなんて……。もしかして、諏訪御料人に対する対抗意識でもあったのだろうか。準備の最中も『誰にも真似できないようにせねばなりませぬ』とか女中達に息巻いていたもんな。もし、これで次に俺の結婚……なんて事にでもなったらどうなるのだろう。今日と同じ羽目になるのかな、嫌だな後世に『ゲロ大将』なんて渾名が広まったら……。
それから今年一年の間に俺が陰ながら真田弾正に行なわせた越後への仕置きは、いつ頃芽を開くのだろう……。
ううっ、頭が痛い。どうも思考が其処彼処に飛んでしまう、意識が朦朧としてきた。
■天文19年(1550年)1月 越後 春日山城 長尾景虎
「殿、一大事にございます」
朝っぱらから家臣の直江大和守景綱が急ぎ謁見をと言って出仕してきた。全く、こっちは昨日の酒が残って頭が痛く、冬の寒さで身が凍りそうだというのに。
「ええい、一体何事じゃ!」
「はっ、直江津の港に停泊していた舟が六隻も焼失しました。それから三国峠と親不知峠で大きな雪崩が発生し、商人達が難渋しております。更に……」
朝早く俺を起こしておきながら政務の話か! そんな事で俺の安眠を潰したとは許せぬ。
「ええい、五月蝿い! 舟はまた建造すれば良かろう。三国峠も雪崩が起きずともこの雪では通れまい!」
「いえ、これからが重要なのです」
「何じゃ、一体!」
俺の怒りは頂点に達しようとしていた。大和守よ、もし下らぬ事であったらその首が胴から離れると思え!
「当国の守護・上杉定実様が急死(史実では三月に死去)なされました」
「何ぃ!」
それを早く言え、馬鹿者! しかし、流石に二日酔いも吹っ飛んだわい。
「上杉様は後継者を定めておりませぬ」
「……そもそも、子は総て女子であったな」
「はい」
俺の言葉に大和守の目が光る。コヤツ……。まあ良い、まだまだ越後は安定しているとは言えぬ、今は次の守護を決める事が先決だ。
「急ぎ上洛の支度をせよ」
「船がありませぬ」
それは先程聞いた、ならば……。
「では陸路で……」
「親不知峠が通れない為、越中経由では無理にございます」
それも先程聞いた。ぬぬっ、悪い事は重なるものじゃ、全く。
「ならば三国峠から上野経由で……」
「そちらも雪崩で通れませぬ」
それでは八方塞りではないか! 俺にこの越後で逼塞しておれと天は申すか! 俺は毘沙門天の化身ぞ。
「ええい、それでは越後は陸の孤島ではないか!」
「……はい」
どうする!? このままでは越後にまだ燻ぶっている豪族共に火がつくぞ……。




