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御旗、楯無も御照覧あれ!  作者: 杉花粉撲滅委員
駿河の始動 ~右往左往~
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第七十五話 本音とは……






■天正九年(1581年)8月 摂津 四天王寺の奥院 武田義勝





「ってのは公に発する理由だが、……本音はそんな事じゃねえんだ」





そして、父上が淡々と『本音』とやらを語り出した。


「北条家を下から切り崩す役目は別に真田家でも、ましてや源三郎でなくても良いんだよ。……役目だけを見ればな」


確かに上野には真田家以外にも内藤殿を始めとする多くの諸将がいる。


「でも俺が源三郎を選らんだのには理由がある。それは源三郎が領主としての教えを十分に受けれていないからだ。知っての通り源三郎は、亡き一徳斎の三男源五郎の長子だ。そして一徳斎は長年に渡って俺の片腕として八面六臂の働きをしてくれた訳だが、それによって自身の子達を育てるにあたって領主としての教えを十分に出来なんだ。これは総て一徳斎を連れまわした俺の責任だ」


……親子二代に渡って我が父は真田家に支えられてきたのだと今更ながらに実感した。

父上から家督を譲られた私としては、今度、菓子折りでも持って改めて御礼に伺わなくては!


「まあ長子の源太(信綱の事)には当主としての心構えは教えていたみたいだし、徳次郎(昌輝の事)や源五郎に至っては俺も色々と(まつりごと)の初歩を学ばせたが、……領主としては、はっきり言ってなんも教えて無えな。真田家の家臣たちからも同じだ、だって家臣たちも当主じゃねえから(おし)えられねえよ」


幼い頃から父と接してきた左衛門尉(信綱の事)と兵部少輔(昌輝の事)の関わりは長く太い。


……そういえば、私も父上から政をあまり教わっていない。ぜひ新米領主にもその『教え』とやらを伝授して貰いたいものだ。


「源太や徳次郎はそれでも長年に渡って上野で当主として、領主として悪戦苦闘しながらも自分自身で学んできているから大丈夫だろう。だが源五郎は違う、源五郎は一徳斎から上田の地を継いでからも武田本家と共にあり、中々領地や子供たちを見ることが出来ずにきた」


当主は当主でしか育てられない。それでは武田家の現当主である信勝様は……。


「源三郎が源太の真田本家の家臣でいるにしろ、ならないにしろ上田を治める気構えは必要だ。ッてことで、源三郎を房州に代わってちいっとばかし面倒見てやろうと思ったわけだ。源三郎、源太や徳次郎やそなたの父には文を出しておくゆえ、そなたは真田家がこれまでに培ってきた総てを駆使して、己の思うままに此度の任に励めッ!成功すればそなたと真田家の誉れとし、失敗すれば……まあ俺が尻くらいは拭ってやるから、安心しろッ!」

「はっ」


気付けば父上が源三郎を選んだ理由を語り終えていた。

周りを見ると当の源三郎は父に対して深く平伏して承服の意を示し、お供の矢沢薩摩に至っては……号泣していた。

そして父はといえば、矢沢薩摩を見て苦笑しながら、暑さを紛らわせているのか扇子をパタパタと扇いでいた。




「で、次は利景だが、これは利景ではなく遠山氏族全体への贖罪とだな」


父の言葉に利景殿がビクッと震えた。……はて、何があるのだろう。


「武田家、……というか俺は永禄5年(1562年)に東美濃で遠山家を攻めた。そして、降してからは多くの城を破却し、遠山旧臣も幾人かを信濃や甲斐へ異動させた。それ自体に悔いも負い目も無い」


父は利景殿から目を逸らさず、利景殿も父を真摯な目で見返している。


「だが、一点だけ後悔した事がある。それは遠山本家当主にして岩村城主であった景任を失したことだ。景任は病弱ながらも遠山家の当主として東美濃一帯を上手く治めていた明主、……失くすには惜しい逸材であった」


父がこれほどまで賛辞を贈る景任殿、……一度会ってみたかったという思いが沸々と私の心に沸いてきた。


「また景任亡き後の遠山諸家だが、俺が美濃を治めてからも互いの領地境界を冒すでもなく、粛々と俺を、そして今も武田家を補佐してくれている。真田も遠山も一度は当家に攻められ、臣下となった。恨みもあれば憤りもあるだろう。それでも誠意をもって武田家を支えてきてくれる、……全く頭が下がるわ」


確かに父が斉藤家から美濃を奪ってから暫くして、私や母が美濃に移ったがこれといって身の危険や誹謗を感じたことはなかった。

それにその後の織田家との戦に際しても、遠山家を始めとする美濃勢は父とともに多くの活躍を示している。


「おまけに美濃の周りも総て武田が治めるようになって戦働きの場が減り、目立った恩賞を与えられずとも以前と変わらずに東美濃の政を安心して遠山家へ任せられた」


……周りが戦勝の褒美を貰い立身出世に明け暮れていても粛々と己の務めを果たす。

出来そうで出来ない、……乱世であれば尚更だ。


「だから遠山家には、これまでの深謝も込めて此度の任に抜擢した。利景よ、戦働きだけが活躍の場ではない事を日ノ本中の武士に見せてやれッ!」

「はっ」


源三郎に続いて利景殿も父に向かって平伏した、……その肩は小刻みに震えている。


私は昔から父や母、家中の皆に見守られている事を感じたときに胸が暖かくなる。そして見てほしい人に自分が見られていなかったり、忘れられていたりすると寂しく思う。


きっと今の利景殿も同じ気持ちなのだろうと思う。人は誰かから『昔も今も変わらずに目に留められている』と感じれば嬉しく、自然と姿勢を正してしまうものだ。




「さて最後に忠澄だが、これは真田家と遠山家への説明の延長線上にある」


父が最期に谷殿へ身体を向けて説明を始めた。


「先年、当家は長宗我部を攻めた、元親を始めとする長宗我部家からすれば忸怩たる思いだろう。そして元親を英主であると見込んで、景任の時の(てつ)を踏まぬよう元親を引き続き長宗我部家の当主として認めた訳だが……」


ここで父はパチンと扇子を閉じると、その角で額をポリポリ掻き始めた。

これはこの人が困っていたり、バツが悪いときにする癖だ。


「四国平定を急ぐあまりに無理をして長宗我部家の家計が火の車だということは重々承知している。おまけに直ぐに九州平定の先鋒まで任されるのでは荷が重いだろう、たとえ幾分かは兵站が武田家から支給されるとしても、な」


確かに既に九州仕置きの骨子は出来ており、その準備にも取り掛かっている。

……そういえば、ここに居る石田治部は兵站奉行で多忙を極めていたはず。このような場に居る暇があるとは思えないのだが……。


「これが毛利家ならばまだまだ自家の所領も大きく瀬戸内の利潤もあるゆえに挽回は可能であろうが、土佐と伊予の二カ国のみの長宗我部家では挽回にも(とき)を要するだろう」


うーん、確かに。だが、だからといって長宗我部家へ今すぐに加増をすれば、先の四国平定の折の仕置きを覆すこととなり他の諸将への示しがつかなくなる。

……恐らく、その辺の調整として谷殿を此度の任に推挙し、今からその説明をするのだろう。


「先程も申したが長宗我部家には中国の毛利を牽制する役目を担って貰いたいと思っている。だから、長宗我部家へは東国への対処に対する褒美として俺個人から褒美を与える」


……ほら、やっぱり。私の推察通り、父から谷殿の推挙の説明が発せられた。


「知っての通り、俺は既に家督をここにいる(せがれ)に譲り、武田家中での職も辞しているから何の力も無い、かもしれん。だが、今まで生きてきた過程で得た人脈というものは残っている。よって『土佐および伊予の特産を畿内で広める手伝い』を暫くは俺が担うことで長宗我部家への褒美としたい」


父上からの提案に対して、ここに集まった皆から”なっ、それは……”とか”むむっ、うらやましい”といった言が飛び交う。

確かに父は畿内に入って久しい。その人脈は商人だけでなく公家や寺社にまで及ぶ。もし、父上が私利私欲にて金策に走っていたら武田本家を凌駕する財を得ていただろうとは、武田家の総ての者が我が父への畏怖を込めて一度は申す言である。


「どうだろう、忠澄?」

「あ、あ、あ、……有り難きお言葉にて……」


そして最後に、これまた先の二人と同じく上座に向かって平伏する谷殿。




それにしても我が父ながら腹黒い人だ。


この人は此度のように自分の手に余る仕事が舞い込んだ場合、決まって誰かを巻き込む。


それも巻き込まれた側が有無を言わせないように外堀も内堀も崩してしまう。今の話で言えば外堀が『公に発する理由』で内堀が『本音』にあたる。だが父の『真の本音』は面倒事をうまく片付ける事である、その事は長年に渡ってこの御仁を見て育った私にはお見通しだ。


……それにしても私と同じく父を長年見てきたはずの石田治部は、いつも父に良いように使われてきたんだよな。

それも自分からそう仕向ける節があるから始末に終えない。





治部は父から一体何を学んできたのだろう、……もしかして。






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