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御旗、楯無も御照覧あれ!  作者: 杉花粉撲滅委員
中国の決断 ~迅速果断~
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第六十四話 事後報告でゴメンなさい






■天正七年(1579年)11月 山城 二条城 武田義信


忘れてませんか? 俺は忘れてませんよ、俺が京都所司代だって事は……、嘘じゃないよ、本当だよ。


それもあって俺は毎月数回は京都に来ています。面倒臭いし、疲れる。多重影分身でも影武者でも良いから誰かに任せたいよ、全く。


だって前世では修学旅行で京都に一回来ただけだが、こう何度も来ると正直飽きてくるのだよ。見渡す限り寺社、餓鬼、そして麻呂。……ウンザリするよね。


寺社は隠し通せるわけがないのに隠し田をせっせと作っては武田家に没収されているし、餓鬼共は没収した田畑に根付かせて小作人にして食い扶持を与えてやらないといけないし、麻呂は……。


「のう左中将殿、今度は従三位から正三位に任じられてもおかしくはおじゃらぬ。麻呂の口添えで……」

「当家の御館様が正三位大納言であるのに、同格というのは……、それに源義経の例もござれば御館様の下賜でない限りはお受け出来かねます」

「左様でおじゃるか……、勿体無いのう」


今日も二条城には麻呂が行列を成して銭を掠め取ろうと俺に会いに来る。ウザい事この上ない。全く、亡き親父殿は何がしたくて上洛を夢見たのだろうか。こんな面倒な事をやりたくて兵馬を鍛え、数々の戦に勝った訳でも無かろうに……。


ウーン、ウーン……。久しぶりに、あれ、やっちゃう? やっちゃうよ、俺!


ポクポクポクポク……チーン!


良し、決めた! 俺は京都所司代の職を辞そう。そもそも、俺は毛利攻めの後には隠居するのだ。俺が決めた、もう決めた! 誰も俺を止められないぜ。


そうと決まれば、この職には最近暇してる義父(松操院信繁の事)に任せよう。逍遙軒(おじき)も畿内平定の失敗で肩身が狭い思いをしている事だろうからついでに補佐に就かせて進ぜよう。うん、名案だね。流石は俺様、エッヘン。



十日後、俺は火急の用と言って義父と逍遙軒(おじき)を京に呼んだ。

「ゼェゼェ、……何じゃ太郎。急用とは」

「そうじゃ、儂等も忙しいのじゃぞ、ゼェゼェ」


早馬で駆けつけてきてくれた二人。見れば足腰がガクブルしてるよ、歳を考えずに呼んでゴメンね。お詫びにこれからは京の都でヌクヌクと過ごさせてあげよう。


「御館様からの下知です」

「むむっ」


そう言うと、俺が上座に立って二人に対して下命を告げる。ちょっと偉くなった気分を味わえて口角が上がってしまうが、ご愛嬌という事で許しておくれ。ゴホンっ……。


「本日をもって松操院信繁を京都所司代とする。逍遙軒信廉は松操院を補佐する事。なお、左中将義信は山陰方面の軍備に専念せよ、以上」

「「なっ」」


絶句する義父と逍遙軒(おじき)。下命を終えると、ここで俺は間髪入れずに二人の前に座って平伏した。この辺りは殊勝に振舞わねば裏事情が見破られてしまうからな。


「義父上様、それに叔父貴。どうか武田家の為に京で睨みを利かして下さい」

「しかし……」

「……この際ですからはっきり申し上げます。御二方はもう戦場に立って槍働きを出来るお歳ではござらぬ。人には適材適所というモノがございます。どうか、私を毛利攻めに専念させて下され」

「……」

良し、掴みはオッケー! ぐうの音も出まい。十日前、俺が御館様に早馬で京都所司代の職を放棄したい旨の書状を出しているなんて気付くまい、クククッ。


そう俺が思っていると、義父が奥歯にモノでも挟まったような顔で俺に疑問を投げかけてきやがった。

「うーむ、どうも話が早過ぎる気がしないでもないが……」

「うむ、儂もそう思わぬでもないのじゃが……」


ヤバい、御大二人が俺に疑惑の目を向けてきた。ここは断固して徹底抗戦だ。


「別にやましい事はござらぬ。それがしも京と丹後を行き来するよりも、山陰での毛利との戦に専念したいと存じます。それに京都所司代の職は年明けの決定であり、今はあくまでも内示という事らしいので……」

「怪しい」

「ああ、太郎の右斜め上をチラチラと見る癖は相変わらずじゃ。正直に申せ! 言い逃れようと考えているのはお見通しじゃ」


くっ、糞! 癖がバレないように平伏していたのに、どうして気付くかなあ。仕方が無い、正直に言ってしまえ。


「敵いませぬな、御二方には。分かりました、正直に申しましょう。それがしはもう守銭奴の麻呂達の相手は御免でございます」

「……ほう」

「若輩のそれがしには忍耐の緒が何時解けるか分かりませぬ。しかし折角、畿内を手中に納めたのにそれを水泡に帰するのは愚の骨頂。誰にとっても損をしない方向で事を進めたいのです」


言ったぞ、正直に俺の内情を包み隠さずに申してやったわ! どうだ、参ったか! ……まあ、俺の隠居願望までは言えないけどね。これが隠居へのプロローグだと知ったら、多分、逍遙軒(おじき)は卒中するだろう、そして義父は激怒する事だろう。年寄りは大事にしないとね。


俺が開き直って胸を張ると、二人が目で会話を始めた。

「……どうする兄者」

「左様じゃのう」

さあ、引き受けると言え! 言って楽になれ。


そして御大二人は、否、天は俺の願いを聞き届けてくれた。

「分かった。そなたの言う通りにしよう」

「うむ。折角、太郎の傍で働こうと畿内に来たが、昔のように戦働きの出来ぬのであれば致し方有るまい」


ホッ、これで後は心置きなく最後の仕事、毛利攻めに専念できるぜ。そう思っていた俺に義父が釘を刺してきやがった。


「但し、一つ条件がある」

「な、何でござろう」


ドキドキ……


「毛利攻めにはそなたの嫡男の義勝を連れて行け」

「し、しかし、それでは本家への人質が……」

「次男の駿濃丸を代わりに出せば良かろう」


駿濃丸を……、いや、しかし……。そう思っていると、そんな俺の憐憫と恐怖を無視して逍遙軒(おじき)が義父の条件に便乗してきやがった。


「おお、それが良い。幸い駿濃丸は信勝と同い歳じゃ。問題無かろう」

「……」


黙れ、クソ叔父! 夜叉丸がウチを出る時にどれだけ愛しの春ちゃんが悲しんだか、お前等に分かるか! ま、まあ、慰めるのを口実にズッコンバッコンしたけどさあ。俺ももう壮年期だ、あの時持っていた鋼の腰も錆付いている。どうする、どうするよ、俺!?


そんな俺の動揺を無視して義父がトドメを刺してきた。

「身勝手は許さぬ。武田家の武威を息子に見せてやれ、そして全国に知らしめるのじゃ! 『武田家に逆らう奴輩は去り、同調する者は繁栄を築く』とな」

「……」

「返事はどうした! 返事は!」

「は、はひ」


俺……、この二人が死ぬまで隠居出来そうにない、って言うか自信無いです。早く氏ね、パワフル爺共!



■天正七年(1579年)12月 備前 岡山城(現 岡山県岡山市北区丸の内) 宇喜多忠家


「どうしたものか……、宇喜多家にとって此処が官渡ぞ」

「……」


今、当主の席で我が兄にして備前国主である宇喜多直家が胡坐の片足を激しくゆすりながら、思案に耽っている。毛利家からの援助物資として銀二千貫が贈られてきたのは二月前の事。そろそろ返事を出さねば疑われる恐れがある。


「兄上、そろそろ……」

「ええぃ、分かっておる!」

「武田家からは何と……」

「何も申して来ぬ! だから困っておるのじゃ」


成程、兄上は本心では武田方に付きたいのか……、否、武田家が勝つと見ているのであろう。だが現状では当家の取り得る選択肢は毛利家だけしか無い。そして武田家からの使者が来ない事で此方から頭を下げるのも憚られる。


まあそうであろうな。一度も矛を交えていない相手に降伏すれば、相手に軽く扱われるは道理。かと言って長宗我部家のように武田家から使者が来た訳でもなく、今から盟約を結ぼうとしても家格の釣り合いが取れない。


更に言えば当家家臣の面子もある。長船貞親だ。長船家は甲斐源氏の名門である小笠原氏の流れを汲む家柄だ。その小笠原氏を討った武田家に臣従したのでは長船貞親の顔が立たない。


「良し、……決めた」

「当家は播磨に向かうぞ」

「そ、それでは武田家に臣従を……」

「否、播磨で武田方に靡いている諸豪族を討つ、そう毛利家には伝えよ」

「……よ、宜しいのですか、兄上」


いくら当家の面子があろうとも負ける戦をすれば家は保てない。兄上の本心が武田方にあるのであれば、尚更諫めるのが家臣というものだ。……もっとも、兄上の前に居るときには何があっても良いように着衣の下に鎖帷子をつけているが……。


そんな思いでいると、兄上がニカッと口角を吊り上げて儂に対してきた。


「案ずるな、七郎兵衛(忠家の通称ね)。別に武田家に刃を向ける訳ではない。ただ、目障りで優柔不断な豪族を二、三家潰すだけじゃ」

「……藪を突いてなんとやら、にならなければ良いのですが……」

「毛利家に対しては銀二千貫分の働きを見せればそれで良い。その後に宇喜多家の武威を見た武田家が盟約を結びに来ようというものぞ」


希望的観測が多分に含まれているが、本当にこれで良いのだろうか。否、必ずや災いとなろう。ここは決死の覚悟でお諫めせねば!


「兄上、それは間違いでございましょう。武田方に靡いている諸豪族を討てば、それを口実に武田家が備前、美作に攻め入って参ります。更に申せば播磨の豪族を討つ事で返って播磨を一枚岩に、武田家側に付かせる事になりかねませんぬ」

「うっ、しかし毛利家への義理立てが……」

「本来、当家は毛利家の家臣ではござらぬ。あちらが勝手に銀銭を贈りつけてきたまでの事」

「そうは言うが当家が旧主である浦上宗景を討った際にも毛利家と盟約を結んだお陰で軍事面の不利を覆せたのじゃぞ」


成程、兄上は毛利家の背景にある強大な軍事力が気になるのか……。


「なればこそ、折角の地の利を生かさぬのは勿体無いというものです」

「地の利、とな?」

「はい、毛利家と武田家が衝突するのは火を見るより明らか、時間の問題と言えましょう。なればこそこの備前、美作を守るのです。何もこの地を主戦場にする道理はありませぬ」

「……では、どうするのじゃ」

「毛利家と武田家の折り合いが付くように調停する第三家となれば宜しいのです」

「うーむ、成程のう。しかし、武田家が播磨で手を打たず、更に西へ目を向けたらどうする」

「その時はその時です!」


「んな、その様な行き当たりばったりで当家の舵を切れと申すか!」

「勿論、それがしが一命を賭して武田家に向かいます」

「……」


「その間に兄上は長船貞親を説き伏せておいて下され。長船家は小笠原氏の流れを汲む家柄でござれば、間接的に遺憾を持つやも知れませぬ」

「……分かった。そなたに任せよう」



そして二日後、備前国主である宇喜多直家は家臣達の集まった席で毛利家と武田家の仲介をする事を宣言し、早速、異母弟の宇喜多忠家が播磨に旅立った。



■天正七年(1579年)12月 丹後 弓木城 武田義信


「ああー、目の上の瘤が取れたとはこの事だな、うん」

「左中将様、そのように言われては御大方が舞い戻って参りますよ」

「おっと、いけない。蘭丸、この事は叔父貴達だけでなく源五郎にも内緒だぞ」

「はい、分かっております」


俺は緑茶を啜りながら、つい叔父貴達が居なくなった事を口に出してしまった。全く、蘭丸の前ではつい口が軽くなってしまうな。蘭丸も分かっているのかニッコリと笑って二杯目の茶を入れてくれる。気の利く茶坊主は便利で良いなあ。


いやー、平和だ。うん、平和が一番。もうも毛利攻めなんて止めてこのまま愛妻と愛娘に囲まれてヌクヌクと怠惰なニート生活を送っていたいものだ。


それにしても何か最近、こう奥歯にモノが挟まっているような感じになるんだよなあ。俺、何か忘れてたっけ? 越後の事を思い出すと何か引っかかるんだよなあ。


うーん、義昭は越後からどっかに放浪中って噂で聞いたし、明智光秀と細川藤孝は多分義昭と一緒だろうし……。


うーん、何だろう。越後、謙信、御館の乱、景勝の死……。


うーん、……あっ! 直江兼続だ。アイツがこの戦国乱世に登場していない! おかしいぞ、あの一流半の軍師……、なんちゃって上杉家家宰が出張ってこないなんておかしいだろ!


「お、おい蘭丸」

「ど、どうされたのですか、急に真っ青な顔で……」

「どうもこうもない。い、急いで紙と筆を持ってきってくれ」

「え、あ、はい」


蘭丸が急須を横に置いて、急いで書斎に向かった。俺は自分で急須から茶を湯呑みに注いで、思案に耽った。


ズズズッ……。茶が熱いが、問題はそこじゃない。


何故だ、何で御館の乱の際に直江兼続は暗躍しなかった?


何故、御館の乱の後、越後から内乱の噂が流れてこない? 直江兼続が生きていれば、必ず旧主景勝の仇を討とうとするだろうに……。


何故だ! 直江兼続は死んだのか……。勿体無い、一流半とはいえウチの源五郎よりも律儀さで言えば上だろう。生きていれば俺が使ってやるのに……。


そんな事を考えていると、蘭丸が茶室に入ってきた。手には紙と筆、更に墨入れまで持参している。気が利くねえ、蘭丸。

「左中将様、紙と筆にございます」

「うむ」


サラサラサラ……


俺は御館様宛てに直江兼続の消息安否の確認依頼を文にしたためた。そして生きていれば、俺の下に届けてくれると助かるとも添えておいた。


「良し、この書状を至急、美濃の御館様にお届けせよ」

「ははっ」

また、蘭丸が茶室から出ていった。恐らく急使に書状を渡しに行ったのだろう。



そして一月後、この弓木城に連れてこられたのは、ザンバラ頭で異臭漂う直江兼続だった。どうやらこの二年弱の間、海津城の牢屋で幽閉されていたらしい。


……何で?






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