第六十三話 嵐の前の……
■天正七年(1579年)7月 美濃 稲葉山城城下の屋敷 武田義勝
「それでは、武田家と長宗我部家の盟約をここに結ぶ」
「はっ」
今、御館様と、長宗我部家の使者との間で盟約の儀を行なっている。使者は長宗我部家当主の弟の香宗我部安芸守親泰という壮年の者が来た。御館様より若干年上のようだ。
盟約……。従属とどう違うのだろうか。これから長宗我部家とは、浅井家や北条家のような間柄となるのだろうか。
もしそうなら少し嫌だな。
だって、長宗我部家は武田家の力を借りて四国を平定しようとしているんだ。臣従でも良いのではないだろうか。そもそも、なんで阿波と讃岐を長宗我部家に取らせるのだろう。武田家のみで平定しても問題無いじゃないか!そう思って、先日御館様に聞いてみたが、
『大人の事情、だ。それにこれにはそなたの父と真田安房守が一枚噛んでおってな、詳しい事は申せぬが長宗我部家は味方に引き入れるに限るのだ』
と笑いながら仰った。何だろう、大人の事情って?
おっと、今は盟約の儀に集中せねば! 今日の儀式では、私は御館様と安芸守殿の間で誓詞の受け渡しなどをする大事な役目を仰せつかっている。手順を間違えたり、粗相をしたりしたら武田家が侮られてしまう。気を引き締めて掛からねばならない。
儀式も一段落して落ち着いたのだろう、安芸守殿と御館様に話を始めた。
「本当に武田家が平定した阿波と讃岐を当家が譲り受けられるのでしょうね」
「無論だ。長宗我部家は伊予一国の侵攻に集中されるが宜しかろう。もっとも瀬戸内の港は当家が使わせて貰うがな」
「……はっ」
「それから、四国が一段落したら毛利攻めとなる……、恐らく一年から二年の間には始めたいと思っておる。その際には南から備後、安芸に攻め入って貰う事になるだろう」
「承知しました」
「それと、貴家はどの様に伊予に攻め入る予定なのだ? もう盟約を結んだのだ、隠し事は無しで参ろうぞ」
「それは、まず……」
安芸守殿はそう言うと渋々といった感で懐から一枚の絵図を取り出した。見るとどうやら四国の地形が描かれていた。
「北に攻め入り、伊予東部の宇摩郡まで攻め上がります。そこで川之江城(現 愛媛県四国中央市川之江町)を落とします。勿論、川之江城には幾つもの支城がございますので……」
「し、暫し待て! 伊予を西から攻めぬのか!?」
「えっ、は、はあ、当家としては河野家を東に引き付けておき、その隙に西から黒瀬城(現 愛媛県西予市宇和町卯之町)に居座っている西園寺家を攻める積もりでおるますが、一体、どうなされました?」
「……」
あれっ、御館様が口元に手を当てながら、急に思案し始めた。な、なんだろう、安芸守殿が何か間違った事を言ったのだろうか?
「……兵を分散する事になるぞ」
「左様ですが、讃岐と阿波には武田家が侵攻されるのでござろう、なれば後背の心配は無くなりますゆえ問題無かろうと存じますが」
「兵の数が足りぬ」
「は?」
「兵の数が足りぬと言っているのだ。土佐一国の兵で大国の伊予を落とせるとお思いか!?」
御館様はそう言うと鋭い目で安芸守殿を睨んだ。しかし、一瞬呆けていた安芸守殿も気を取り直して御館様に反論してきた。
「お言葉ですが、土佐の一領具足をご存じ無いようですな! 『死生知らずの野武士なり』と謳われた当家の兵ならば……」
「しかし、半農半兵というである以上、農繁期の動員は困難であろう」
「グッ、そ、それは……」
「武田家が支援できるのはあくまでも讃岐と阿波までだ、伊予までは手が廻らぬ」
「……」
「土佐守殿(長宗我部元親の事)、伝えよ。今少し冷静に考え、まずは西の西園寺家を攻め、伊予半国を平定して国力を増強した後に改めて東西から攻められよ、と」
「し、しかし、既に当家の方針として……」
「伊予を自力で治めたいのは重々承知しておる。なれど、そこを曲げて再考願いたい。長宗我部家の戦線が膠着すれば当家としても別の道を歩まねばならぬ故な」
「……はっ」
安芸守殿が肩を落として帰っていった。安芸守殿が悪いのではない、少なくとも土佐の兵が強い事はこの美濃にまで聴こえてくる程なのだ。
そう思いながら儀式の後片付けをしていると、御館様が呼んでいると近習の者に言われた。はて、なんだろう。とりあえず急いで書斎に向かおう、御館様を待たせる訳にはいかない。
「御館様、お呼びと伺いましたが…」
「うむ」
書斎に入ると御館様は何やら書状を書いていた。そして此方を一瞥すると、また書状の続きを書き始めた。会見が終わってすぐに書く書状とは一体何だろう。
「……この書状が気になるか、夜叉丸」
「い、いえ、ただ、会見が終わったばかりだと思いましたので……」
御館様が書状を書きながら此方を見ずに話し掛けてこられた。いぎっ、御館様には嘘は吐けない、き、気をつけよう。そう思っていると漸く御館様が此方に顔を向けた。
「フフッ、兄上に、そなたの親父に宛てた文だ、これは」
「父上に、ですか?」
「ああ、此度の西国の調略、謀略、軍略の絵図を描いておるのは兄上と安房守ゆえな。先程の盟約の儀が滞りなく済み、長宗我部家も四国を平定できそうだと書いておる」
「父上は一体、西国で何をお遣りになろうと……」
「毛利攻めだ」
私の言葉を繋いで御館様が応えられた。毛利攻め? 四国攻めの間違い、いや、そもそも父上は丹後に居られる。山名家を攻める、の間違いでは無いだろうか。
そんな私の疑念を御館様が別の解答で更に混乱させてこられた。
「どうやら左中将と安房守は海と陸から毛利家を攻めるらしい。……全く、壮大な絵図を描くものじゃ」
「……」
分からない、どうして四国攻めが毛利攻めに繋がるのだろう。でも先程の会見で御館様は長宗我部の使者に対して四国平定後に『南から備後、安芸に攻め入って貰う事になるだろう』と仰られた。それの事を言っているのだろうか? 私が答えに辿り着けていないと思ったのだろう、御館様が更に話を変えてきた。
「夜叉丸、先程の使者、香宗我部親泰と申したかな。かの者をどう見た?」
「えっ、は、はい。思考が表情に表れ辛かったゆえ外交には長けているかと思えましたが、軍略には……」
「いや、恐らく違うな。あれも芝居だ、『長宗我部の家中が武田家の援軍がある事で、伊予攻めに浮き足立っている。だから外から諫めて欲しい』と目で言っておったのだ」
「大国となった武田家の力を利用した、という事ですか?」
「そうだ。恐らく長宗我部家はまだまだ家臣達を掌握できてはいないのであろう、一昔前までの当家と同じようにな。諸豪族の代表と言った方が良いかな」
「……」
「武田家の支援により讃岐と阿波を得られるとは言えど、伊予一国を長宗我部家だけで取らせるのもその一環だ。すべてを武田家が支援してしまっては長宗我部家自体の権威が高まらぬ」
「それでは、本気で長宗我部家と盟約を結ばれるのですか? 徳川家のように臣従させたりしないのですか!?」
驚いた、そこまで長宗我部家の事を考えていたなんて……。思わず、徐々に声を大きく、問い詰めるような発言になってしまった。
「ハハッ、そう大きな声を出すな」
「す、すみませぬ」
「良い。毛利攻めの為だ。その為に長宗我部が四国一島で大人しくなり、毛利家が当家に従属とまではいかなくても当家の意を汲んでくれるようになれば、それで良いのだ」
「? 当家の意とは一体何です?」
私が訊ねると御館様は外を見ながら、ポツリと一言だけ言葉を発した。
「全く酷い漢だ、武田左近衛中将義信は……」
「……」
何だろう。言っている事とは間逆で御館様は晴れ晴れと、されど何処か寂しそうな表情をなされている……。
■天正七年(1579年)8月 丹後 弓木城 武田義信
「毛利攻めが終わったら隠居する」
俺は声高々に源五郎に宣言した。もう命の危険は真っ平だ。何が悲しくて死亡フラグの海に好き好んで飛び込まにゃならんのだ。ウン、隠居ヌクヌク生活を満喫するぜ、俺。
「はあ? 何を藪から棒に……、九州はどうするのですか、九州は!」
「もう年寄りの時代は終わったのだ。これからは若い者達の時代だ」
「はいはい、……で、島津を討った後はどうするお積りなのです?」
「だから、九州など知るか! 俺は隠居すると……」
「黙らっしゃい! 寝言は寝てから言って下さい」
俺の宣言は、呆れ顔の源五郎によって一瞬で握り潰された。お、俺の貫禄は何処に……。これでも一応は従三位左近衛中将なんですけど、俺。
そんな悲壮に暮れる俺を無視して源五郎が思案に耽る。ブツブツと五月蝿いヤツだ。
「問題は毛利領に入ってからです。中国の地は毛利家に服従しておりますれば、時が経つほどに夜襲や奇襲が横行する事が予想されますから……ブツブツ……」
「……いっその事、毛利との国境で雌雄を決してしまえば良いだろう」
「! ハハハッ、何を……待てよ……ブツブツ」
またブツブツ大王がブツブツと一人の世界に入りやがった。もう、コイツに付き合うのも大変だ。……良し、コイツは放っておいて我が愛しの愛娘に会いにいこう。
俺が家族の居る部屋に近づくと、キャッキャウフフの春ちゃんを始めとする女性陣の声が聴こえてきた。これだよ、我が安息の地は!
「入るぞ」
「あ、これは殿。このような刻限に参られるとは、政務は大丈夫なのですか?」
「……うむ」
俺が部屋に入ると春ちゃんが声を掛けてきてくれたが、部屋を見渡すと我が安住の地に無粋な輩が居た。
蒲生氏郷だ。
コイツは先年に亀姫を嫁がせて義息となったのだが、事ある毎にウチに入り浸ってくる。おまけに顔が良いし、話し上手だから我が家の女性陣の受けが良い。結婚してるのに他所?の女子に色目を使いやがって、けしからんヤツだ。
「これは義父上様、お邪魔しております」
「……ああ」
本当に邪魔だ。我がパラダイスを汚しやがって! 折角のチート十傑なんだから戦場で働けや、ゴラッ。……戦場、そうだ、そうだよ! 何で気付かなかったんだ、俺! コイツに任せれば良いじゃないか。
俺は上座に座るとおもむろに氏郷に話し掛けた。
「氏郷」
「何でございましょう、義父上様」
「お主も暇であろう。そろそろ戦場に赴きたいだろう、んん?」
「は、はあ」
良し! 言質を取ったぞ。これでもう貴様は俺の手の平で泳ぐのだ、クククッ。
「丁度、毛利攻めの先陣を誰に任せるか思案しておった所だ。お主なら先陣を任せられよう、頼むぞ」
「えっ、それがしが先陣、にございますか? これは望外の極み。慎んでお受けさせて頂きます」
「うむ、期待しているぞ」
「して、毛利攻めは何時頃になりそうなのですか?」
「来年には行なうつもりだ、それまで練兵だけでなく、そなた自身の鍛錬も怠らぬようにせよ」
「ははっ」
氏郷が意気揚々と返事を返してきた。フフフッ、ハハハッ! 笑いが止まらんぜ。これで毛利攻めも安泰、ウチの女性陣も安泰、あとはどうやって俺が生き残るか、だ。
正直、もう戦は懲りた。血の臭いもウンザリだ。竹中半兵衛重治の遺言? そんなモノは知ったことか! 俺は隠居するって決めたら隠居するのだ。
実際、壮年で隠居したヤツなんてこの時代には結構居る。黒田官兵衛孝高の親父とか、浅井備前守長政の親父とか……。北条氏康だって齢五十にして隠居したんだ。
爺さんになっても隠居できないのは跡継ぎの地位が脆弱だからだ。その点、ウチは嫡男の義勝が本家の覚えも目出度いので問題無いだろう。
なんか隠居を考え始めたら楽しくなってきたなあ。なんでもっと早くに隠居しなかったんだろう、俺?
■天正七年(1579年)9月 安芸 吉田郡山城(現 広島県安芸高田市吉田町) 小早川隆景
「如何致そう」
「……」
毛利家当主にして甥の輝元が不安そうに話し掛けてくる。そして我が兄、吉川駿河守元春が腕を組みながら瞑想して黙している。今、此処には我等三人しか居ない。仕方が無いが儂が発言せねばなるまい。
「播磨に兵を出しましょう。それから因幡の鳥取城(現 鳥取県鳥取市東町)も兵糧を入れておきましょう」
「そ、それで事足りるのか、叔父上? 伊予の河野家からも援軍要請が来ていると聞くぞ」
「……伊予については後程。それよりも先ずは武田家の伸張を防ぐ事が肝要。中国の地には一歩も入れない覚悟が大事となりましょう」
儂の返事に対して若干の余裕が心に出来たのだろう、輝元が目を輝かせて何度も頷いている。それを見ながらチラッと儂の前に座っている兄者に目を向けると漸く目を開けて儂に話し掛けてきた。
「隆景、山陰と播磨についてはそれで良いかも知れぬが、山陽の押さえが薄くはないか?」
「兄者、山陽には備前の宇喜多家が押さえとなりましょう」
「ふむ、しかし宇喜多家の当主である和泉守直家は中々に腰の軽い御仁じゃぞ」
「分かっておりまする。宇喜多家には石見銀を贈っておきますれば、当家に逆らわぬように釘を刺しておきましょう」
正直、今の毛利家は西の大友家だけで手一杯の状況にあり、南の長宗我部家と東から迫ってきている武田家にまで手が廻らない。まあ、せめてもの救いは南には河野家と瀬戸内海が、北には隠岐の海がある事くらいじゃな。
儂が当家の現状を考慮していると、当主の席から声が聞こえてきた。
「九州については現状維持とし、当面の課題は東の武田家とする。山陰は元春叔父に任せる。隆景叔父には河野家への支援と山陽の防衛を任せる」
「「ははっ」」
見ておれよ、武田の奴輩め! 専守防衛に徹した毛利家の力を見せつけてやるわい。




