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御旗、楯無も御照覧あれ!  作者: 杉花粉撲滅委員
越後の和与 ~回心転意~
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第五十九話 御館の乱






■天正六年(1578年)3月 丹後 弓木城 武田義信


若狭平定も無事に終わり、俺は今、山陰へ向かう為の準備をしている。準備といっても兵站の確保と練兵だ。


兵站については俺の指揮の下で中村一氏、堀尾吉晴に任しており、練兵は福島正則、加藤清正、加藤嘉明の鬼教官三名にしごいて貰っている。ウチの兵は虎昌が死んでから、いや昌景が南近江担当になってから怠け癖がついてきたから、この辺でビシッと引き締めねばならないのだ。


人間はすぐに怠ける……。俺は別として、な。


さて、弓木城の増改築も目処がつき始めたし、そろそろ山陰の調略でもしようかな。『戦術無くして勝利無し、戦略無くして戦術無し、調略無くして軍略無し』が俺の持論だ。戦は一にも二にも調略と情報収集だ。昔、親父の便所から盗んだ兵法書(確か孫子だったかな?)にも『敵を知り己を知らば百戦危うからず』って書いてあったような気がする。


だから慢心、絶対に駄目! 一戦一戦を大事にしないと俺が死ぬ。俺、まだ死にたくない、春ちゃんと夢のイチャラブ隠居生活を送りたいんだもん。だから頑張るのだ!



そんな感じで政務に励んでいると、急使が飛び込んできた。

「左中将様、一大事にございます!」

「ん、どうした?」


「謙信が……、上杉謙信が急死したとの報せが本家から参りました!」

「ブブーーーゥゥゥッ」


俺はあまりの驚きによって、飲んでいた白湯を吹き出してしまった。そんな汚い俺を無視して急使が続きを述べた。


「御館様より大至急、美濃に馳せ参じよとの命令です」

「お、おお。分かった」


謙信が死んだ! やったぜ、これでもう俺の敵は居なくなった。慢心? ちゃいまんがな、これは感激の慟哭だ! べ、別に謙信亡き後の上杉家が弱くなるとは思っていないさ。


という事で、俺は義父と共に美濃に向かう事になった。それにしても軍神様はやっぱり便所で死んだんだろうか……、クサヤクサヤ。否、クワバラクワバラ(笑)



■天正六年(1578年)3月 美濃 稲葉山城城下の屋敷 武田義信


俺と義父が評定の間に入ると、既に錚々たる当家幹部及び同盟相手の面々が居座っていた。


左から武田逍遙軒、武田信勝、武田義勝(俺の嫡男ね)、馬場信春、山県昌景、春日虎綱、一条信龍、河窪信実、穴山信君、木曾義昌、仁科盛信、葛山信貞、武田元明……と、その他大勢。


右に小幡昌盛、秋山虎繁、原昌胤、曽根昌世、真田昌幸、横田尹松、土屋昌次、土屋昌恒、浅井長政、徳川家康、滝川一益、丹羽長秀、九鬼嘉隆、鳥屋満栄……、あと名前を知らない人が沢山。


なお、内藤昌豊と真田信綱、昌輝兄弟は越後国境の警備の為、不参加となっている……らしい。



取り敢えず立ったままってのも何なんで、俺達は逍遙軒(おじき)の横に座る事にした。前を通りますよ、ゴメンなさいね。


そして俺と義父が丁度着席した頃に御館様が上座に現れた。

「皆、忙しいところ、集まってくれて嬉しく思う」

「「ははっ」」

「此度、集まって貰ったのは他でもない。謙信亡き後の越後をどうするか、皆の意見を聞きたい」


御館様が発言を促すと早速、小幡昌盛が進言してきた。


「恐れながら、これは好機。すぐにでも信濃、上野の二方面から越後に攻め入るが上策と存じます」

「待たれよ。亡き先代様の御遺言である『越後の長尾家については、堅守防衛に徹する事』に反する」


昌盛の言に対して馬場信春が反論した。うーん、確かに……。そう思っていると、今度は原昌胤が意見を述べ始めた。


「しかし、現状で越後の混乱は必至。討つべき時に討たねば、後々当家の命取りになりませぬか」

「そうは言っても、先代様が身罷られた際に当家を攻めなかった上杉家であるぞ。その義理に報いねば当家の恥となろう」


昌胤の意見を尊重しつつも、横田尹松が苦言を呈してきた。……ごもっともですね、普通の家なら。なればと、今度は土屋昌恒が疑問をぶつけてきた。


「それにしても、まず確認すべき事は上杉家を誰が継いだか、という事でござろう。確か謙信には正妻も側室も居らなんだはず……」

「うむ……、たしか養子は何人かおったらしいが……」

「それがしが存じているのは、能登畠山家から弥五郎義春、村上義清の息子で山浦上杉家を継いだ源吾景国、北条家からの人質から養子になられた氏康殿の七男でもある三郎景虎、そして本命は謙信自身の甥で養子となった喜平次景勝でござる」


昌恒の発言に穴山信君、秋山虎繁が便乗してきた。ふーん、景虎と景勝だけじゃなかったんだ……知らんかった。


そして俺が思案している間も話は進む。今度は土屋昌次が報告した。

「当家と盟約を結んでおります北条家からの依頼では、『三郎景虎を援助して貰いたい』との事です」

「「……」」


うーん、ここで北条家が出張ってきたか……。正直、忘れてたよ。まだ盟約は続いてたのね。そしてこの昌次からの報告によって、皆が無言で思案に暮れ始めた。


話の行き詰まり感が漂い始めた時、我が悪友である竹松(一条信龍とも言う)が源五郎に話し掛けた。

「因みに、今この状況での越後の動きはどうなのだ。安房守(昌幸の事)、何か上野に居るそなたの兄から聞いておらぬか?」

「はっ、なんでも能登畠山家からの弥五郎義春と、山浦上杉家を継いだ源吾景国は早々に家督相続から降りたとか……。故に景虎と景勝の間で家督争いが生じるようにございます」


成程ね、畠山義春と山浦景国は多数の支持が得られないと悟って早々に辞退したって訳か。某ゲームの『御館の乱』の発生条件の裏にそんな歴史があったとは……。歴史って深いですね。


そう思った直後、御館様が最終判断を下した。

「皆の意見、良う分かった。当家は北条家との盟約を尊重して景虎を援護する」

「「ははっ」」


話が決まれば下知も早い。御館様が次々と下知を発した。


「徳川三河守、飛騨路より越中を攻めよ。我が美濃勢も後詰めとして参陣致す」

「はっ」


「浅井備前殿、貴殿は北陸街道より加賀、能登を攻めよ。南近江の山県昌景と若狭の武田元明もそれに続け」

「「はっ」」


「馬場美濃守、そなたは尾張の兵を率いて我に合流せよ!」

「はっ」


「一条上野介(竹松の事)、そなたは三河、遠江、駿河の兵を率いつつ、北条家と共に上野の内藤昌豊の援軍に回れ」

「承知しました」


「左中将、そなたは甲斐と信濃の兵にて越後に向かえ! ついでじゃ、義勝を連れて行ってに戦のイロハを教えてやれ」

「承知!」

承知って……、俺が甲斐と信濃を率いちゃって良いの? 今の俺は畿内担当だから管轄外なんだけど……。俺が横を向くと義父が満面の笑みで頷いてきた。ああ、そういえば出家する前の義父は北信濃を任されていたんだっけ。だから勝手知ったるなんとやらって事なのね。


その後も御館様の下知は続く……。

「逍遙軒、一時畿内の諸事はそなたに任せる。当家が越後に向けて兵を出している間に後ろで蠢動されては堪らぬ。大和、伊賀、伊勢、志摩の兵も預ける。早々に摂津、河内、和泉を平定せよ」

「承知しましたですじゃ」


「頃は良し! 御旗、楯無も御照覧あれ。出陣じゃ」

「「ははっ」」



■天正六年(1578年)5月 信濃 海津城 武田義信


ああ……、折角、東に行く事になったのに飛騨に行けないなんて……。俺の可愛い孫を見たかった……。孫が俺をきっとバブバブって呼んでいるはずだ。間違いない!


天は俺から孫を奪う積もりかっ! そうはさせぬぞ。この戦が終わったら、誰が何と言おうとも絶対に飛騨に行ってやる。


だって会いたいんだもん。この間、俺に先んじて孫に会った春ちゃんからの『竹千代はとても可愛らしかったですよ』との感想を聞かされてから、もう会いたくて仕方が無いんだもん。


という訳で、『御館の乱』だっけ? そんなモンはサクッと終わらせてやるぜ!


甲斐と信濃の兵達の参陣をこの海津城の櫓に立って待っていると、息子の義勝が俺の下に来た。何か久しぶりだね、そろそろベッピンでボインボインの嫁でも紹介してやろうかな?

「父上、信濃の兵が着陣されました。残すは甲斐の兵だけです」

「左様か……」


「父上、何をお考えですか?」

「んん、香姫と孫の事だ。折角、東に来る事になったというのに飛騨に行けぬのが、無念でな……」

「左様ですか……、しかしそろそろ戦の事に集中されては如何ですか?」


義勝が俺を、息子が親をシラッとして流し目を向けて戒めてくる。流石にこの状況で息子のボインボインの嫁を嫁がせようなどと考えていたなんて言えない。クソッ、クソッ、クソッ! 生真面目に成長しやがって! 前言撤回、お前に嫁は早過ぎる。


「……お前、幾つになった?」

「? 十六になりましたが……、それが何か?」

「俺の初陣は十七の時であった」

「はい、御館様より聞き及んでおります。当時九つだった御館様は凱旋する父上を羨望の眼差しで拝見された、と」


ふーん、四郎は俺をそんな風に見ていたのか……。あの時は無我夢中で虎昌の後を追っていたら、いつの間にか何個かの侍大将や足軽大将の首を得る事が出来ただけだ。本来の大将はドシッと陣場で構えているべきなのだ。ああいうのは匹夫の勇というのだろう。でも、戦で陣頭に立つのも将としての役割で有る事は重々承知している。……難しいね、戦国ってさ。


「義勝、恐らくこの戦は当家の勝ちだろう。だからこそ油断するなよ」

「は、はい」

いくら上杉家が精強だからって、内に内乱を抱え、外は北陸道、飛騨、信濃、上野から大軍が押し寄せてくるのだ。打つ手は無いだろう。


しかし、こちらにも懸念材料はある。北条家だ。どうも北条家の動きが鈍いと思って真田透破のオッちゃん(伊勢平定で活躍(?)した二代目頭領です、名前は知らんけど偉いらしい)が教えてくれた事には、どうやら下野の絹川(今の鬼怒川ね)辺りで佐竹、宇都宮連合軍と交戦中らしいのだ。何やってんだよ、この大事な時に!


そんな事を考えていると櫓に使い番の者が飛び込んできた。はて、もう甲斐から兵が着いてのだろうか?

「申し上げます。上杉家よりの使者が参りました!」

「……」


無言で見つめあう俺と義勝……。もしかして……、一瞬だけ我が息子は御館様の傍にいて『そっちの住人』になったのではと勘繰ってしまったが、すぐに気を取り直して使い番に命令を下す事にした。

「すぐに参る。その使者とやらを広間に案内せよ」

「ははっ」



広間に入ると、既に上杉家の使者が平伏していた。誰だ、コイツ?

「表を上げよ。名は何と申す」

「はっ……、樋口兼続と申します」


樋口? ……知らんな、そんなヤツ。多分、どうせモブキャラだろう。


「で、樋口とやら。わざわざ敵地に何をしに参った?」

「当家と盟約を結んで頂きたく存じます。まずは支度金として金三万両を……」


……この子は不思議ちゃんですか? 急に来て敵に対して味方になれって……、馬鹿だな、コイツは。ウチが今回の大遠征にどれだけの軍資金をぶち込んでいると思っているんだ! それを金三万両だとっ、佐渡一国ぐらい寄越せや! ガキの使いじゃねえんだよ。


こういったお馬鹿さんにはお仕置きが必要だ。そして俺は最近になって即断即決という言葉を知ってしまったのだよ。

「おいっ」

「はっ?」

「いや、お前じゃない」


俺は樋口ナントカを無視して家臣の方を向き、顎でこの樋口ってヤツを指しながら命令を下す事にした。まあ、ほとぼりが冷めたら越後に返してやるから、暫く一人になって自分の愚かさを牢屋で見つめ直せや!


「この……ええっと、樋口ナントカってヤツを城の牢にぶち込んでおけ」

「なっ、拙者は……」

「五月蝿い! 昔ならいざ知らず、今の武田家は約定を違えるほど落ちぶれてねぇんだよ。それに盟約だと! ふざけんな、臣従だったら考てやらんでもなかったが、武田家を馬鹿にするにも程がある。身の程を知れっ!」

「……」


俺の怒りに触発されて身体を震わせるモブキャラ、ワロス! それよりもウチの家臣だよ、何、見惚れてんだ!


「オイッ、何をボサッとしてるんだ! さっさとコイツを牢にぶち込め!」

「は、はい」


やっと動き出したか、遅いんだよ。一度、家臣達の再教育とリストラを考えんといかんな。



■天正六年(1578年)6月 越後 春日山城 上杉景勝


「ええぃ、与六(樋口兼続)はまだ戻ってこぬか!」

「ははっ」


既に景虎は三の丸から退去して同日のうちに御館に移り、配下に命じて春日山城城下に放火を行うなど撹乱戦術を展開しておるとの報せがきておる。


おまけに加賀から能登へ浅井家を主将とした二万五千、飛騨から越中に四万、信濃から一万五千、そして上野から五万の武田勢が迫ってくるとの報告が届いている。こちらもなんとか春日山城を攻め立てる景虎方の兵を撃退しているが……。


そう思っていると、急使が陣場に駆け込んできた。

「申し上げます。景虎方は奥羽の蘆名盛氏と伊達輝宗に援軍を要請した模様。蘆名勢は蒲原安田城(現 新潟県阿賀野市保田)に攻め掛かる構えを見せております」

「……五十公野治長(後の新発田重家)に食い止めよ、と申せ」

「ははっ」


急使が陣場を出て行くが、城を包囲されている状態で果たして治長の下に辿り着けるかどうか……。


それにしても与六じゃ。ヤツはこの急場に何処をほっつき歩いておるのじゃ!






―――― そしてこの後、全国に精強を誇った上杉家は名実共に弱体するのであった ――――






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