第四十六話 敗軍の将、兵を語らず
■永禄13年・元亀元年(1570年)12月 尾張 清洲城 武田義信
清洲城が呆気なく落城した。今は戦死者の供養や廟を建てたり、あと城内のお掃除をして貰っている所だ。廃城にするかどうかは別として、死臭だたようまま放置しておくと、下手したら近隣の村々が疫病になっちゃうからね。
まあ、清洲城での攻防戦自体はそれ程難しくは無かった。城には二千にも満たない兵しか居なかったからね。どうやら、織田家の本隊は伊勢亀山城にて籠城するようだ。
それと伊勢平定を急いだ事が遠因し、織田家の保有していた玉薬(火薬)が底を突きだしたらしい。らしいというのは真田透破のオッちゃん(二代目頭領です、名前は知らんけど偉いんじゃね?)が教えてくれた情報だからだ。
それとどうでも良い情報だが、今月、上杉輝虎が不識庵謙信を号した。
はっきり言う、どうでも良い。もう一度言う、どうでも良い。謙信が何度目かの改名をしたからって俺にとっては謙信は謙信だ。改名したからって弱くなる訳じゃない。
だが、透破のオッちゃんが『どうです、儂等の情報網は! 速くて正確がモットーですから(注:意訳)』って胸を張るので一応褒めておいた。全く、ご機嫌取りも大変だよ。
話を戻そう。織田家攻略だ。
今の織田家攻略では、武田家全体に対して戦地での略奪、強姦の類が禁止となっている。一昔前の武田家では考えられない事だ。しかし、その原因は俺にある。間違いなく俺だ。(エッヘン)
永禄7年(1564年)の飛騨攻めに遡るんだけど、その時、俺が信繁……ゴホンッ、義父上様に、
『今後の統治を考え、略奪、強姦は止めましょう』
って進言しているのだ。因みに美濃攻略で、俺が実証済みの執政だ。
その後、飛騨を一時統治していた竹松が円滑にヌクヌク(←ここ重要)と政を行なっていたのを鑑みて、遠江、三河への侵攻前に武田家の法度に追加された。お陰で、美濃、飛騨、三河、遠江の武田家に対する恨み節は聞こえてこない。
勿論その後、三河一国に転封された竹松は此処でも平和な時を過ごした(けしからん! けしからん! 少しは俺の苦労を味わえ!)。まあ、親父が死んだら本願寺との同盟も見直しが必要だし、断縁した際には三河一向一揆にでも苦しめられば良いのだ、あんなヤツは!
そんな俺の遣る瀬無い思いなど無視して、虎昌が俺の前に現れた。相変わらず空気の読めん男だ。俺との付き合いが長いんだから、もう少し俺の心の機微を察してくれても良いモノを……。
「若、御館様達の軍勢は明日にも合流されるそうです」
「そうか……。尾張下四郡は織田家先代(信秀の事)から統治されてきた土地ゆえ、武田家への降伏を中々受け入れられない家も多そうだな」
「左様ですな。ああ、それから徳川殿が参っております」
なんだろう、藪から棒に……。俺が入室を許可すると恰幅の良い狸が現れた。コイツ、俺より五歳歳下で三十路前だけど、既にオッサンだな。冬だというのにもうゼェゼェと息を切らしながら、額に汗を滲ませながら俺に近づいてきた。正直、男の汗は臭い!
「どうした? 三河殿」
「それがしは織田殿とは因縁浅からぬ仲でございまして……」
「……それで?」
「はっ、恐れ多い事なれど織田殿に降伏の書状を送りたいと存じます」
「……」
「お許し頂けましょうか?」
うーん、無理じゃね。あの天上天下唯我独尊が素直に屈服するとは思えん。でもやって損は無いな。心理戦にもなるし、屈服してくれれば敵味方の兵が無駄に命を落とす事も無いだろう。
「分かった。許す」
「あ、有難うございます」
当家の三河攻めの折に一度は見殺しにされた相手である信長に救いの手を差し伸べようとする家康。……健気やのお。それとも命だけは助けられた相手に対して、これで貸し借り無しにする積もりか……。
■元亀二年(1571年)2月 伊勢 亀山城 織田信長
「弓隊! 放てぇーーー」
ピュン、ピュン、ピュン、ピュン、ピュン、…………
「鉄砲隊! 撃てぇーーー」
ダダダダダアアアアァァァァァァァンンン、…………
クソッ、とうとうこの亀山城まで武田の奴輩が現れたか……。そして城の四方を取り囲まんでいる。
当家の兵五千に対して武田方四万……。おまけに野戦では滅法強い騎馬軍団を擁している……。無策の野戦では勝てぬ、信玄も桶狭間の教訓を活かして、陣内の警戒を怠っていない。かと言って籠城戦では援軍が来ねば……。
クッ、勝てぬか……。援軍など何処に居るというのじゃ!
いっそ、竹千代(家康の事)からの降伏勧告に応じるべきだったか……。否、断じて否だ! 儂が武田家に膝を屈するなど断じて有り得ぬ。儂は天下に覇を唱えるのだ、誰かの風下に立つなど有り得ぬ。
一応、この亀山城に本拠を構えてより五年。天守、本丸、二の丸、三の丸などを築いてきたが……、フッ、そうは言っても所詮は付け焼刃に終わったようじゃ。
城内に半年分の兵糧を蓄えておるが、一体、何時まで続くことやら……。
そう思っていると、黒母衣衆筆頭の内蔵助(佐々成政の事)が現れた。普段であれば使い番を寄越すところを、何やら焦っているようじゃ。何があった!
「御館様、武田方の一部が移動しております」
「何? して、どの方角じゃ」
「はっ、南にございます」
……やられた。信玄は亀山城攻めをしつつ、伊勢の平定を進めようとしている……。
■元亀二年(1571年)3月 伊勢 霧山城城下 武田義信
面倒臭ぇ。何で俺が動かにゃならんのだ! 俺は亀山城でのんびり兵糧攻めをしていたかったんだ。それなのにウチの親父が、
『空っぽの伊勢を平定して来い』
なんて言い放つものだから、渋々、美濃&飛騨勢は伊勢の織田方の城を片っ端から交戦、開城させている。
……実際、伊勢には城と呼べるモンなんて殆ど無かった。まあ、そうだわな。つい最近まで北畠家と血みどろの戦をしていたんだから。
おまけに何時の間にか在野で逼塞した生活を送っていた旧北畠家臣が俺達に便乗してきやがった、……面倒臭ぇ。だが、面倒臭いからと言ってお仕事を放棄したら、何時フラグが立つか分からんので、せっせと参陣してきた者達の所領采配をしてあげている。
親父に許可を貰った上で、所領采配といっても織田家の侵攻以前の半分にしているだけなんだけどね。勿論、この戦が終わってから所領を割り当てる予定である事を此処に明記しておく。割り当てる所領については以前の領地じゃなく、別の土地に移らせる事も有る得るからね。
そして今、俺は霧山城城下に居る。残すところ、後はこの城だけだ。城代は柴田権六。そして城は……、つい最近まで攻防戦やってましたって位にボロボロ。真田透破のオッちゃんの報せでは、城兵は二千から三千との事だ。普段であれば、こういった場合、城方の三倍から四倍の兵で攻城するのが定石なのだろうが、……城が城だからねえ。当方の兵八千でも十分だろう。
降伏……しないだろうな、権六は。
そう思ったので、山県昌景に任せる事にした。戦まで俺が采配するなんて面倒臭い事する訳無いじゃん。
「昌景、攻城戦はそなたに任せる。軍監に半兵衛と道鬼斎を就けるから宜しくやってくれ」
「は、はあ」
「お前もそろそろ騎馬戦一辺倒から足を洗って、城を落とせ、城を」
「……分かりました」
うん、分かれば宜しい。……別に職務放棄じゃないからね。これも部下の育成を思って……。ってコラッ、放せ! 話せば分かる!
■元亀二年(1571年)4月 伊勢 亀山城 織田信長
僅か一ヶ月で伊勢を乗っ取られてしまった。儂が長年に渡って心血を注いで切り取ってきた伊勢が……。
権六ももうこの世には居らぬ。いや、権六だけに限らぬ、既に信勝(信行とも)、長益、佐久間信盛、勝三郎(池田恒興の事)、村井貞勝、久太郎(堀秀政の事)、藤五郎(長谷川秀一の事)、内蔵助(佐々成政の事)……。多くの者達が旅立った。
フッ、我が一生もここまでか……。
「御館様……」
「分かっておる」
猿(秀吉の事ね)が言葉を掛けてきた。そう、分かっている。儂はこれから城下に出て信玄坊主と対峙する。分かってはいるのだ。
「そなた等も息災であれ」
「はっ……、グッ」
猿が涙ぐむ……汚い顔じゃ。
城下に出るとすぐに武田の使い番が現れ、陣場に案内された。勿論、此処に来る前に俺の太刀は使い番に預けてある。
「そなたが尾張のうつけか?」
「……」
目の前の坊主が儂に話し掛けてきた。この男が武田家の棟梁、信玄坊主か……。
「フンッ……、敗軍の将は兵を語らず、か。まあ良い」
「……」
別に話す事が無いだけだ。恨み事を言っても今更、詮無き事じゃ。
「我に仕える気は有るか?」
「……」
儂とお前では見ているモノが異なる。誰がお前なんかに仕えるか!
「フンッ……、仕方が無い」
「……是非に及ばず」
―――― 織田信長 斬首。また、織田家の内、元服した男児も同様の処置を執られた ――――
■元亀二年(1571年)11月 美濃 稲葉山城城下の屋敷 武田義信
何かあっという間だったな。信長が死んでからのこの半年は……。戦国の覇王もウチの親父には敵わなかったって事だな。
そんな事よりも、だ。俺にはやるべき事が山の様にある。
政務です。お役所仕事です。定時であがってゴメンなさい。でもね、俺には優秀なブレーンが居るのだよ。フッフッフッ。
信長征伐の後、俺は滝川一益、丹羽長秀、羽柴秀吉、前田利家を配下に引き入れた。勿論、芋づる式に小粒武将もゲット出来ました。
九鬼嘉隆もブレーンに入れてやろうかとも思ったが、アイツの方から、
『儂、志摩が良い』
と言ってきたので、もうプンスカプンでサヨナラしました。
それよりも、驚きのニュースがある。先月、北条氏康が死んだのだ。
最初は『ふーん、あっそ』って鼻をほじりながら聞いていたのだが、何と北条家の方から、
『長尾家(絶対に上杉家とは言いたくないらしい)とは断縁するから、また仲直りしよ、テヘッ』(注:意訳)
って言ってきやがった。あまりの驚きに指を突っ込みすぎて鼻血ブーしました。
どうなるんだろうね、戦国時代は……。




