第四十話 謀略の影に謝罪あり
■永禄11年(1568年)5月 伊賀 とある屋敷 武田義信
俺、今、拉致られました。
-----半刻前-----
「レレレ有●君♪、レレレ有人●♪、レレレ……レッ?」
「止まれ」
静寂に包まれた伊賀の山を俺が鼻歌交じりに闊歩していると、いつの間にか回りを農民ぽい人達(10人以上、20人未満)に囲まれていた。うわっ、何かメンチ切られてます。
すると、目の前に現れた男の人が話し掛けてきた。
「何者だ? 名を名乗れ」
「えーと、俺、義信」
苗字を言うと親の七光りと思われるから言わなーい。我は我の道を行くのみ(キリッ。
「何処の者だ?」
「えーと、堺から来たんだけど……、その前は美濃かな……」
ま、間違ってないよね? それにしても態度悪いなあ。あっ、常日頃、家臣達に敬語を使われているから、それに慣れちゃったんだな、俺が……。ゴメンなさい、俺の方が態度デカかったですね。
「商人か?」
「うーん、一応、武士やってます」
「なれば……」
チャキーン
いきなり農民さん達が懐から刃物を出してきた。えっ、何? 喧嘩は良くないよ、喧嘩は! 仕方が無い、前世でキング・オブ・ポップがやっていた踊りで場を和まそう。
「…………」
「? 何じゃそりゃ。おめえ等、やっちまえぇ」
……駄目でした。全世界を震撼させたム●ン・ウォークがこちら世界では通用しませんでした。俺、頑張ったんだよ、私の力不足が原因です。……だから恨まないから刀を仕舞って下さい。
-----そして、今-----
身包みを剥がされ、ボコボコにされた俺はふんどし一枚でとある屋敷に連れて来られました。三十歳過ぎた男には酷な仕打ちです。まあ、冬じゃないから寒くないけど、蚊が、蚊が俺を刺す! 誰かキンカンをプリーズ!
……俺の願いは脆くも崩れた。キンカンじゃなく、壮年のオッサンが現れたのだ。
「そなた、何用でこの里に来た。答えによってはその命が代償となると思え」
「えーと、百地さんって人にお願い事があって来ました」
「……」
あれ? この沈黙は何? も、もしかして俺の命の代償はたった24文字ですか? 俺ってそんなに安い男だったの?
「武田家の御曹司が一人で何しに来たって聞いてんだ」
「えーと、だからお願いがあって……」
って、あれ? おかしいぞ、何で俺が武田家の人間だって知ってんだ?
そんな俺の疑問を他所に壮年の渋いオッサンが、また俺に聞いてきた。
「何が狙いだ?」
「あっ、えっと、そのー、尾張、伊勢の織田家に扇動と暗殺をして貰いたいんです。あっ、それから俺は武田家の御曹司じゃないですよ、廃嫡されましたから」
「……」
「も、勿論、当主の信長を暗殺、なんて無茶は言いません。安心と安全が俺の信条ですから。やるのはその息子で次男の三介(史実の信雄)の方です」
「ふんっ、詳しく聞いてやろうじゃねえか」
「でも、その前に百地さんに会わせて下さい」
「俺が伊賀の棟梁、百地丹波だ」
がっ、この渋いオッサンが百地さん? だったら早く言ってよ。
やっと信頼して貰えたのか、着物を返して貰えたので話を始めた。
「えっと、まず信長に暗殺された織田信光の嫡男で織田信成が居ます。彼が謀反を企んでいるって触れ回って下さい。それと信成自身には信長が呼び寄せて返り討ちにしようとしていると吹き込んで下さい」
「それで?」
「織田家中に疑心暗鬼を起こします。次に信長の次男の三介を暗殺して下さい。これは家中の佐久間信盛、飯尾尚清、津田盛月、福富秀勝の仕業って事でお願いします」
「……」
「一応、当面のお願いは以上なんですけど……」
「……何故、伊賀の俺達がやる必要が有るんだ?」
「えっ、だって織田家が伊勢を平定したら次の標的は伊賀ですよ。伊賀の民が蹂躙されるんです、抵抗したら皆殺しですよ。それでも良いのですか? 手遅れになる前にやっちゃいましょうよ」
「……タダじゃあ遣らねえぞ」
「此処に一千貫あります。これでお願いします」
俺が茶器購入で余った銭をポンッと差し出した。フッ、宵越しの銭は要らないぜ(キリッ。
百地の棟梁がゴクッて喉を鳴らした。今にも銭に飛びつきそうな顔に変わった。
「わ、分かった。但し危なくなったら、すぐに手を引くからな」
「危なくないですよ、多分」
「それから、多分、織田領内で戦が始まりますから、戦が終わったら捨てられている鉄砲を回収して下さい」
「……うむ」
ふう、これで少しは時間稼ぎと鉄砲の増量が見込めるな……。でも相手はあのチート武将の信長だ。油断はできないぞ、……ヘックション。
■永禄11年(1568年)7月 伊勢 亀山城 織田信長
「何っ、三介が死んだだと!」
「はっ、噂では佐久間様が手を回したと、市中ではもっぱらの噂です」
……信成が謀反を企てているとの報せもあるが、次は信盛か……。おまけに三介が死んだのは痛手だ。三介には北畠家へ養子に出す準備をしていただけに、一から人選をせねばならぬ。
「信盛を呼べい! それから尚清、盛月、秀勝も、今すぐじゃ」
「はっ」
「ええい、信成はまだ来ぬのか。呼び出してから既に十日は経っておるぞ!」
「そ、それが……急な病とかで……」
……信成は黒か……。親父の信光にだけに罪を償わせたというに、この恩知らずめっ!
「兵を集めよ! 信成を討つ」
「はっ……、しかし、大半の兵が伊勢長島と北畠氏の本拠地である霧山城(現 三重県津市美杉町下多気)に配置されておりますので、すぐに集結できるのは千五百がやっとでございます」
「ええい、信成など千五百で十分じゃ!」
「ははっ」
伊勢平定も佳境に入り、さあ、これからという所で……。ええい、一体何なのじゃ!
■永禄11年(1568年)7月 美濃 稲葉山城城下の屋敷 武田義信
「ただいまー」
「……」
あれ? 家臣一同からの返事が無い。……目の前に居座る虎昌が腕を組んで仁王立ちしている。……あれ?
「あれ? 俺の事、忘れちゃった?」
「……いいえ、よーく覚えております」
「だったら、何? 何か空気悪いよ」
「若! この三ヶ月の間、我等一同がどういった気持ちでおったかお気付きか!?」
「えっ、粛々と政務に励んでいた、じゃないの?」
「「ハア~」」
何よ! 何でそこで一同が一斉に溜息吐くの? ちゃんと置手紙書いたよね、俺。
「若! 若が勝手に今年の領内開発の予算を持ち逃げして、く、れ、た、お陰で領内の開発が滞っております」
「……」
「おまけに二月ほど前には古田織部が大量の茶器を持ってくる始末! 一体どういう事ですか。我等が納得できる説明をお願いします」
「説明って……。これからの時代は茶の湯だよ、茶の湯! 武士たるもの槍や太刀だけじゃ駄目だよ。詫び寂びだよ、詫び寂び!」
「若の道楽ですか?」
なっ、失礼な!
「これからは武士も礼儀作法が大事だっていってるんだよ」
「フンッ、礼儀作法、大いに結構! ただ、何故にあのような高価な茶器が必要なのですか。美濃で作られた茶器で事足りるでしょうに……」
「調略だよ、調略。うん、茶器を好む武将を誑しこむ為に必要なんだよ」
「誰です? 今すぐ、此処に連れて来て下され」
「……今は無理だよ。だって調略はこれからだもん」
「「ハア~」」
また、また一同が一斉に溜息を吐かれた。
「で、これからどうするのです」
「どうするって、何を?」
「領内開発です。銭が無いのですぞ、銭が! 誰かさんが盗んだ所為で!」
そ、そんなに俺が悪いのか? 俺は武田家の為に……。違うな、俺自身の保身の為に使ったんだよね、スイマセン。
「わ、悪かったよ。すまぬ、この通りだ」
「……」
俺は90度に頭を下げた。くっ、城主だぞ、俺。美濃太守なんだぞ、俺。美濃と飛騨の指揮権を持ってるんだぞ、俺。屈辱だ、非情に不本意だ。でも、こうでもしないと許してくれないんだろ、虎昌。
「……もう宜しいです。銭については本家に掛け合っております」
「あ、有難う」
「あくまでも今日の所は許して差し上げます。しかし、明日からは滞っている政務に励んで貰います。良、イ、デ、ス、ネ」
「はい……」
「なれば、早う奥方様やお子様達に顔を見せてあげて下され。皆様がどれだけ若の事を心配していた事か。さあ、早う」
「う、うん」
俺、三十路を超えた大人だよね。なんで、子供みたいに説教を喰らわないといけないんだ? 俺、そんなに…………悪いか。俺。
屋敷の奥に進み、部屋に入ると春が裁縫をしていた。恐らく夜叉丸の着物でも縫っているのだろう。……俺に背中を向けて此方を見てくれない。振り向いてよ、春ちゃん。
「は、春。ただいま」
「……」
返事が無い。あれ? 春の横に座っている香姫や夜叉丸がジト目で俺を見てくる。
「ただいまー。香姫、夜叉丸、お父さんですよー」
「「……ハア~」」
あれ? 香姫や夜叉丸からも返事が無い。っていうか、また溜息を吐かれた。それもユニゾンでハモられた。父ちゃん、ショック!
そんな俺にやっと春がやっと此方に振り向き言葉を掛けてきた。
「殿」
「は、はひ」
何か目が座ってませんか、春ちゃん。俺、思わず、声が裏返ってしまった。くっ、家長の貫禄が崩壊する瞬間を体感する日が来ようとは……。
「貴方の居ない間に本家から『香姫の縁談を進める』という文と『夜叉丸を本家の近習にする』という書状が来ております」
「えっ、それは……」
「貴方が居ない事を告げて、延期させて頂いております」
香姫の縁談? まだ早いだろう。それに夜叉丸を近習? 多分、四郎の息子の武王丸(後の信勝)の遊び相手だろうけど……。
「どうするのです、ア、ナ、タ!」
「じゅ、熟考させて頂きます」
これから一刻半、俺はひたすら嫁さんに平謝り(スライディング・土下座とも言う)をして許しを得た。
……勿論、子供達にも京、堺で購入したお菓子や玩具を与えてご機嫌伺いをしました、トホホッ。




