第三十九話 爺さんの人脈
■永禄11年(1568年)4月 山城 妙法院 武田義信
今回の旅はお忍びです、……のはずです。
にも関わらず、とある御仁から文が届いた。文には、
『妙法院にて待つ。 無人斎道有』
とあった。
人で無し? その先に道が有る? 誰だ、こんな名前のヤツ…………居た! ウチの勘当爺さんだ!
確か……、確かだけど今川家の銭で二十五年位前から京で悠々自適の隠居生活を送っていたはずだ。その爺さんから俺宛に文がきた。
……どんだけ情報網が濃ゆいんだ、のんびりしてろよ。
でも孫としては会わない訳にもいかない。も、勿論、親父や義父上様には言えない。……言ったら殺される、そんな気がする。恐っ!
という訳で妙法院に来たんだけど、古田織部を別室に待機させておいて、坊主に案内された部屋に入ると何か麻呂(公家さん)が沢山居る。はて? この人達は誰でしょう。
「おお、来たか。義信」
「お、お初に御意を得ます。よ、義信です」
「うむ、会うのはそなたが赤子の時以来かのお」
目の前のつるっ禿……ゴホンっ、ご老人が俺の爺ちゃん? …………い、嫌だーーーー! 将来、俺もつるっ禿? 月代も剃らずにフサフサ頭皮を保っている俺が…………つるっ禿? 断固拒否だ! って言うか禿げ始めたら舌噛んで死んでやる!
「おい、義信」
「はっ! 何でしょう?」
そんな俺の脳内葛藤を無視して、爺ちゃんが話し掛けてきた。
「こちらに居られるのが、右から飛鳥井雅教殿と万里小路惟房殿、そして左に菊亭晴季殿と山科言継殿じゃ」
「えっ、は、お初に御意を得ます。武田右京大夫義信です」
なっ、なんじゃ、この面子は!
飛鳥井雅教さんって、確か権中納言の偉い人だよね。万里小路惟房さんって、正親町天皇の従兄弟だよね。菊亭晴季さんって、何か偉い人だよね。山科言継さんって……誰?
(注:山科言継は、今川義元の母・寿桂尼が義理の叔母にあたる人です(笑 )
「そなたに来て貰ったのは他でもない。孫に褒美をやろうと思ってのお」
「……っえ、褒美、ですか。それがしはお爺様から褒美を貰えるような事をした覚えはございませぬが……」
うん、爺さんに褒められるような事をした覚えは無い……はずだ。と言うか、今の今までこの爺さんの存在をド忘れしていた不届きものです。
「何を言うか! 今川家から嫁を娶り、右京大夫に就任した際には多額の謝礼を諸家に送ってくれたではないか!」
「……」
俺? 俺じゃないよ! 親父が勝手にした事だよ? 何か勘違いしてませんか、爺様?
「……まあ、良い。褒美と言うのはじゃなあ……これじゃ」
「えっ……」
爺さんが桐箱から取り出したのは茶器セットだった……。なんで俺の欲しいものを知っているんだ?
「フォフォフォ、驚いたか。まあ、古田織部を連れて来ている故な。大体の見当はつくわい」
「で、それがしに何をさせようと言うのです。……タダではないのですね」
「ファファファ、聡いのう。実はな、………………銭を寄越せ」
「………………はぁ?」
いっ、今、この爺さんは何を言った? 孫から金をせびる爺ぃなんて聞いた事が無いぞ。
そんな俺の怒りを無視して、爺さんが話を続ける。しかも堂々と……。
「今川家が没落したであろう」
「ハァ」
「かの家は儂等の生活の面倒を見てくれておってのお」
「……」
「だからじゃ、単刀直入に言うとじゃな……、銭を寄越せ!」
「何故、それがしが……」
「当然であろう! 今川家を滅ぼしたのは武田家なのじゃから!」
何という無茶な三段論法! 人で無しにも程がある! おまけに横に居並ぶお歴々もウンウンって頷いている。……最悪だ、コイツ等。
「うーん……、五十歩譲歩するとして……、お爺様と山科殿は分かります。でも、雅教殿と惟房殿、それに晴季殿は……」
「譲歩とな何じゃ! それに雅教殿と惟房殿は儂の茶飲み友達じゃ! それに晴季殿は儂の末娘を嫁がせている、謂わばお主にとっては義理の叔父ぞ」
……言い切りやがった。茶飲み友達って……、それに義理の叔父って何? 叔父さんだったら銭の無心をして良いのか!? 少しは体面とか見栄っていう言葉を知れ!
もう怒る気力も無くなった俺に爺さんが肩を落として泣きに入った。
「……駄目か? 駄目なのか? そうか……、分かった。そうなればじゃ……、堺の今井や千宗易への口利きも無しじゃな」
「……」
げっ、爺ぃ! どんだけコネクション持ってんだ! 俺がこれから伺おうと思っていた取引相手の名前を出してきやがった。ググッ、伊達に京で遊んでねぇな、爺。
「わ、分かりましたよ、ハア~。で、幾ら欲しいんですか? それがしも茶器の購入費用も有りますから、無尽蔵にはお渡しできませんよ」
「おお、分かってくれるか。皆の衆、儂は良い孫を持っていたらしいわい」
「おお、流石は無人斎殿のお孫さんじゃ」
「ホンに、ホンに」
「やはり持つべきモノは話の分かる親戚じゃ」
「ホンに、ホンに」
爺さんの喜びの声に飛鳥井雅教殿、万里小路惟房殿、そして菊亭晴季殿、山科言継殿が喜びの輪を広める。
……公家さんって世知辛いね。……来るんじゃなかった。
■永禄11年(1568年)5月 摂津 堺 武田義信
「毎度おおきに」
「いや~、此方こそまたの機会を楽しみにしております」
俺は今、大量の茶器と共に美濃に帰ろうと今井邸を辞している。爺さんのコネクションには恐れ入るぜ。
堺に到着して、すぐに今井邸に行くとまるで『俺、一見さんだけどもう上客?』って位に持て成しを受けた。恐るべし、爺ぃネットワーク!
おまけに古田織部に一通りの手解きを受けていたお陰で茶会三昧の日々も満喫できた。勿論、茶器だけじゃなく鉄砲三千挺や大量の火薬の仕入れもお願いできた。やったぜ!
因みに購入できた茶器は以下の通りだ。
・初花肩衝:天下三肩衝の一つ。
・本願寺肩衝:東本願寺に伝わる名物。
・富士茄子:天下三茄子の一つ。
・松本茄子:史実では信長、秀吉と渡っり家康が大坂城の焼け跡から拾った一品。
・玉垣文琳:唐物茶入の代表作として名高い一品。
・宮王肩衝:宮王大夫道三が所有していたことから命名された逸材。
・三日月:大きい瘤が七つあり、傾き気味の形が三日月に見立てられている。
・四十石:足利義政の家臣が四十石の土地とこれを交換したため一品。
・松花:松島、三日月とならぶ天下三名壷の1つ。
・橋立:丹後国で発見されたため、名勝・天の橋立にちなんで名付けられた。
・裾野:茶湯の名人・珠光が「遠山が下におりている」と評したことによる命名された一品。
・富士形釜:口が狭く、胴にかけて裾広の形をしている様が富士山の形に似ている一品。
・乙御前釜:乙御前とはお多福を意味し、ふくよかなものを指す。
・十二支釜:十二支をあしらった文字や形が、胴にほどこされている。
・青磁馬蝗絆:平重盛が中国から贈られたという青磁茶碗。
・細川井戸:天下の三井戸の一つ。
・喜左衛門井戸:天下の三井戸の一つに数えられる逸品。
・曜変稲葉天目:最も有名な曜変天目茶碗。
・貨狄:床の間に釣る舟形の花入。
・笹の葉:東山御物に名を連ねる誉れ高き作。のちの笹の葉型茶杓の原型となる。
・向獅子:香炉の一種。一対の獅子が口をあけ、そこから煙が出るようになっている。
・袴腰:香炉の一種。その姿形が袴を腰につけた様に似ている一品。
うーん、買いすぎたかな? でも、ヤツを落とすにはこれ位の逸品がないとね。
フフフッ、史実では信長が茶の湯を奨励し始めた所為で茶器の値段が高騰したが、まだ茶の湯は始まったばかり。だから、それ程の価値はまだ付いていないが、それでも今回の買出しは値切りに値切ったぜ!
俺が悦に入っていると、今井のオッサンがポツりと信長の事を溢した。
「そういえば、先月は尾張の織田さんがエラいぎょーさん鉄砲を購入して下さいましたが、これからは鉄砲の時代ですかなあ」
「……どのくらい購入されたんです?」
「それは秘密……と言いたいところですが、武田さんなら言っても宜しいやろ。二千挺や」
「……」
お、おのれぇ、信長! 三河湾と伊勢湾を押さえらても、まだ銭が有るか!
「有難うございます、宗久さん。この一ヶ月で一番の品です」
「ほんまかぁ。そんなら、代金払ってや」
「ハハハッ、値札の貼ってない品に払う銭は有りませんよ」
「あっ、こりゃ一本とられましたわ」
実際、今回の資金はもう無い。ッて言うか美濃の開発資金にまで手を出したから、美濃に戻ったら虎昌辺りが激怒するだろうなあ。虎昌だけなら良いが、半兵衛や昌幸辺りが……。
うーん、考えただけで美濃に帰りたくなくなってきた。
……でも春の手拭いが……、香りが俺を連れ戻そうとする。フッ、愛妻にも困ったものだぜ(キリッ。
それにしても信長だ。
どうにかしてヤツを服従……、は無理でも最悪凹まさねば俺がボコられる。
そろそろヤツは伊勢を平定する頃だろう。それに志摩の海賊大名も味方に付く。そうなれば自力で三河湾、伊勢湾の海運を取り戻そうとするだろう。
あーもう、頭が痛いぜ。
何処かにヤツの敵は居ないもんかねえ……。
……………居た! 伊賀に居たよ、信長を苦しめたヤツが!
よーし、美濃に帰るのは延期だ。早速、伊賀にレッツゴー!
そうと決まれば……。
「なあ、織部。美濃には一人で帰ってね。俺、ちょっと寄る所が出来たから」
「そ、そんな……。誰が虎昌様に此度の事を報告するのですか!?」
「そんなの決まってるじゃないか! 俺の親友、つまり君だよ」
「……こ、殺されます」
「大丈夫だよ。虎昌は見かけだけだから……じゃ、またね」
そう、俺にはやるべき事が有るのだよ。奴が俺を呼んでるぜ! 後ろ? 振り向く訳が無いだろう。




