第三十八話 家督と名跡と……
■永禄11年(1568年)1月 甲斐 躑躅ヶ崎館 武田義信
今日は楽しい家督相続の日です。
俺? 俺は勿論、家臣の席に座ってますよ。本日の主役はあくまでも四郎だからね。おっと、そうこうしている内に、親父と四郎が一緒に広間に入ってきた。
上座に親父と四郎が同時に着座すると、親父が皆に向かって宣言した。
「本日より、此処に居る四郎が武田家の棟梁となる。皆の者、左様に心得よ」
「「ははっ」」
親父の言葉と共に家臣一同が平伏する、勿論、俺も。
この日を迎えるにあたって、家臣の間から色々と異論が飛び交ったようだが、親父がメンチ切って黙らせたらしい。親父……出家して貫禄増したんじゃね?
そして、次に四郎が言葉を発した。
「皆の者、面を上げよ。良いか、俺が武田家当主となったからには、もう上杉家にも北条家にも好き勝手はさせぬ。更に京の都に向かい邁進する所存じゃ。皆も遅れを取るでないぞ」
「「ははっ」」
うん、決まったね。やっぱり俺じゃあ無理。だって、俺、貫禄無いもん。そう思っていると、早速、四郎から初めての下知が飛んだ。
「松平家康」
「……はっ」
「これを機に三河半国から飛騨一国に領地替えとする。我が兄、太郎義信の寄騎となれ、良いな」
「ははっ」
「なお三河には一条信龍を置く。信龍も良いな」
「ははっ」
へー、家康が美濃の隣国である飛騨に転勤する訳ね。それも俺の寄騎ねえ、精々寝首を掻かれない程度に使うとしよう。有能武将は前々から欲しかったし、越中との国境に家康が居れば謙信相手でも何とかなるだろう。
それに竹松にしても三河一国を領するとなればこれまで松平家を盟主としてきた諸豪族や国衆、更には一向一揆を相手取って懐柔していかなければならないから大変そうだな。
おっと、思考が飛んでしまった。ちゃんと四郎のお話を聞かなきゃな。
「次に御先代様の養女となった甲姫を北近江の浅井家に嫁がせる事が決まった」
「「おおおぉぉぉぉぉ」」
「これより、浅井家とは同盟関係を築く事となる。これにより、京への道が開かれたも同然! 太郎義信、南近江の六角家を攻め滅ぼすのじゃ」
「ははっ」
皆の感嘆の声の後にサラッと俺に無茶振りをする四郎。……親父に似てきたな、コイツ。まあそれはそれとして、ザ・政略結婚。甲姫も可哀想に、って俺が進言したんだっけ。ゴメンなさい、甲姫。というか俺の義妹になるんだけど、俺が初対面の兄ちゃんですよ~。
それにしても公の場で四郎から命令されるって、なんか新鮮だなあ。でも六角攻めかあ……。観音寺城(現 滋賀県近江八幡市安土町桑実寺)を攻める前に調略しよっと。確か、六角家にはチート十傑の蒲生氏郷くんが居るんだよね。それに近江には有能な能吏が沢山居るはずだから、青田刈りしちゃおう。
そして、家督相続の儀が終わると……、やっぱり酒宴となった。勿論、俺は酔っ払いに絡まれる前に退席したけどね。それにしても来月には昌景の山県家襲名が内定しているし……、ウチってどんだけ酒を貯蔵してるんだろう?
■永禄11年(1568年)2月 甲斐 躑躅ヶ崎館 山県昌景
「飯富昌景! 山県家の名跡を与える。今後も励め」
「はっ、ありがたき幸せ。謹んでお受け致します」
今日この甲斐府中において武田家重臣が集まり、俺の山県家の襲名が執り行われている。御館様……、いや、今では御先代様か……。御先代様の言葉に対して自然と背筋がざわめく。山県家の名跡を継ぐ事になった訳だが、本当に俺で良かったのであろうか。襲名した今でさえ兄者の方が適任であったのではなかったかと思ってしまう。
「今後は飯富家の赤備えに対して、黒備えの鎧を纏え」
「ははっ」
うーむ、赤備えは戦場で目立つため、結構お気に入りだったのだが……。仕方が無い、此処は御先代様の言葉に従うとしよう。
襲名の儀が済むと、例の如く酒宴となった。すると、すかさず若君……、いや、もう右京兆(右京大夫の唐名)様と呼ばねばなるまい。その右京兆様と兄者が酒を注ぎに来た。
「いやー、山県家の家督相続おめでとさん」
「うむ、これも兄弟で若君にお仕えした甲斐が有ったというものじゃ」
「そんな事ないよ。二人が長年に渡って武田家に尽くしてくれたからだよ」
「くっ……、若君、年寄りを泣かせんで下され」
おい、兄者。もう酔ったか!? おまけに泣き上戸とは……。そんな事を考えていると右京兆様が困惑しながら口角を上げて話を続けてきた。
「しかし黒備えかあ……。あまり鎧兜を磨き過ぎるなよ。光沢が増すと巨大ゴ○カブリ(現代のゴキ○リ)と間違われるぞ」
「そ、その様な事は……」
その様な渾名は断じて却下だ! 誰が好き好んで巨大ゴキカ○リなどと言われたいものか!
「その様な事は断じてなりませぬ! それに黒は渋い男を強調するものです」
「うーん、そうか……。それなら安心だ。当家にゴキ○ブリは無用だからな」
早速、俺の家臣達にも言い含めておかねば! 間違っても鎧を磨いて光沢を出すのは禁止させよう。
「それはそうとして、そなたも虎昌も家督を倅に継がせてはどうだ。虎昌に至ってはもう破瓜(66歳の事)を超えたし、昌景も不惑(40歳の事)だろう。お互い昌時と昌次に家督を譲ってはどうだ?」
「若……、ヒック、若が隠居するまではそれがしは現役でござりゅ、ヒック」
「左様です。まだまだ若い者には負けませぬぞ」
「別にそなた等に隠居しろって言ってる訳じゃなくて、ただ家督をだなあ……」
「「まだ、です」」
むむ、酔った兄者と言葉が被ってしまった。大人気無い……、というか恥ずかしい。だが、若君は気にも留めずに話を続けてくれた。
「むー、分かったよ。でも槍が持てなくなったら昌時と昌次それぞれに家督を譲って隠居しろよ。二人が可哀想だ」
「分かっております」
「……ヒック、分かっておりますとも!」
兄者……、本当に分かっているのか? 若君の思いやりを……。
■永禄11年(1568年)3月 美濃 曽根城 稲葉良通
「城下の方はどうです?」
「はっ、概ね順調でございます。楽市楽座も徐々に浸透しており、商いが盛んになって参りました」
「そう、ならば次は街道の整備かな……」
儂は今、右京兆様(くどいようだけど義信の事ね)と会談している。本来であれば此方から稲葉山城に出向くべき所だが、右京兆様は腰が軽いのか美濃領内を廻っておられる。この辺りは前主君である斎藤家とは異なる。斎藤家は我等を呼び出してあれこれと指示を出すだけだった。
「しかし、まさかこの美濃が此処まで栄えるとは……」
「これも伊予守(良通の事)を始めとする美濃の諸将が俺の提案を受け入れてくれたお陰ですよ」
「ハハハッ、最初はどうなる事かと思いましたが、遣ってみるものですなあ」
「うん、美濃は東西南北に街道が延びる要衝ですからね、商人の行き来が盛んになれば自然と栄えると思っていましたよ」
「それに産業の育成、ですか」
「ああ、既存の刀鍛冶や木工製品もありますが、鉄砲鍛冶も増やしていきたいんだよね」
「成程」
成程、輸出品だけでなく武具の増産も視野に入れているという事か。
「それに新田の開発と隠し田の取り締まり、これをやらないと美濃の肥沃な大地が勿体無い」
「ハハハッ、新田開発も宜しいが長良川は暴れ川ですぞ。どうなさいます?」
「そこは武田家秘伝の治水技術があるから大丈夫。一年、いや二年の内に民に優しい川に変えてみせるよ」
「ふむ、笛吹川と釜無川に施されたという信玄堤、ぜひとも見てみたいものですな」
惜しげもなく美濃の開発の為に武田家の力が使うと言う。この御仁は本当に美濃の民の事を考えてくれているのであろうな。であれば、此方も尽力せねばなるまい。
「後は越中と尾張、それから南近江の六角家をどうするか、ですね」
「左様ですなあ。越中は別として、六角攻めをしている最中に横っ腹を尾張の織田家に突かれたら目も当てられませんからなあ」
「そうなんですよねえ。三河みたいに攻められれば良いんだけど、当家には織田家を屈服させられるだけの兵力がまだ無いし、そもそも当主の信長が素直に降るとも思えないんですよ」
「おまけに御館様(勝頼の事)の奥方様は織田殿の妹ですから、こちらから盟約を反故にする訳にもいかない、ですか」
「うん、全く困っちゃうよね。更に言えば、織田家には有能な武将が大勢居るみたいだから」
ふむ、右京兆様は織田家の事をよくご存知のようだ。
「……織田家中に火を点けますか?」
「えっ、出来るんですか?」
「一人、やってみる価値の有る御仁がおります」
「だ、誰? それ」
「信長殿により暗殺された織田信光の嫡男で織田信成にございます」
■永禄11年(1568年)3月 美濃 山口城(現 岐阜県本巣市山口) 武田義信
「俺と一緒に畿内に行って貰いたい」
「……何用で」
「うん、めぼしい茶器を買いたいんだ」
「……」
俺の目の前に居る男。古田重然は、一般的には茶人古田織部として知られている変わり者だ。武将としては落第点だが、茶人としてはそこそこ有名人。コイツしか居ない、俺の野望を達成するのに必要な人材だ!
「やっぱり、武士たるもの教養は大事だよ。だから当家でも茶の湯を広めたいんだよ」
「……」
「それにはまず、俺自身が茶の湯を学ぶ必要が有ると考えた。だが、曲がりなりにも武田家の血を引く者が無名の茶器を使う訳にもいかないだろ。だから、目利きのそなたに頼みたいんだ」
「……分かりました。それがしで宜しいのであれば、微力ながら協力させていただきます」
茶の湯を広めたいなんて、真っ赤な嘘ぴょーん。手当たり次第に買い漁って、ある人物と交渉する為に使うのだよ。
「本当? 助かるよ。じゃあ、畿内への出発は来月だから、それまでに準備宜しくね」
「はっ」
フフフッ、これで茶人武将をゲット~! 問題は、銭の工面だな。まあ飛騨で二ツ屋鉱山から銀が、天生鉱山と六厩鉱山からは金が算出され始めたし、それを当てにしよう。
家康は怒るかな……。でも発見者の俺の直轄領にしたから問題無いよね、うん。
いや~、当家に土屋長安(史実の大久保長安)が来てくれて助かったよ。俺が曲がった棒でダウジングして美濃と飛騨で水脈や鉱山を手当たり次第に見つけて、後は長安にお任せしたら後はアイツが勝手に金や銀をガッポガッポですよ。
まあ、ダウジングの影響で俺が『神の子』なんて言われちゃったけど、転生前の知識なんて言えないから『古い文献から弘法大師(空海)が奇妙な形の杖を使って水脈を突き止めて井戸を掘ったとされる伝承を知ったからその真似事をしただけだよ』って言って逃れた。酷い言い訳だよ、全く。
話が逸れたな、問題は茶人武将だよ。蒲生氏郷に細川忠興、荒木村重、そして松永久秀。氏郷と忠興は幼いから親父の方を先にゲットしようかな。
そして一番の本命である松永久秀。この悪党を味方に引き入れたい。と言うかコイツを懐柔する為に茶器を集め様としていると言っても過言ではない。
松永久秀……。ファンキーな親父だぜ。降誕祭を理由に休戦したり、征夷大将軍である足利義輝を殺したり、東大寺の大仏殿を焼失させたり、挙句に最後は日本史上最初の爆死をする男だ。
まあ、爆死は俺がさせないけどね。
勿論、それだけの武将じゃない。この親父は歴代の中国皇帝が愛読したという閨房術が記された書物を輸入し、実践してその中でどれが一番優れているのか選別した『性技指南書』を持っている。
最近、春との閨事がマンネリ気味だから……ゴホンっ、兎に角、松永久秀とは仲良くして、畿内進出の足掛かりを築こうと思っている。
そんな野望を考えて一人悦に入っていると、重然が話し掛けてきた。
「それはそうと、右京兆様。何かお目当ての茶器などはございますか?」
「うん、平重盛が中国から贈られたという青磁馬蝗絆なんかは絶対に欲しいね。割れ目を止める6個のかすがいが、いなごを連想させるなんてイカすじゃないか」
「い、いかす?」
「ああ、こっちの話。渋いし武田家の所有する茶器には一番って事」
「ほう、青磁馬蝗絆に目をつけられるとはお目が高い」
「でしょ」
「他にも……」
この後、重然とは欲しい茶碗や茶釜、茶入について、粛々と話をした。……良かった、一夜漬けとはいえ多少勉強してきて……。
ああ、話は変わるが……。そういえば北条家では当主の座に氏政がつき、氏康殿は隠居したらしい。お疲れッした。




