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御旗、楯無も御照覧あれ!  作者: 杉花粉撲滅委員
三河の挑戦 ~哀毀骨立~
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第三十五話 東海道、西上!






■永禄9年(1566年)10月 甲斐 躑躅ヶ崎館 武田信玄


機は熟した。いよいよ、西上へ向かうとしよう。


フッ、三河の松平家と言ったか、三河を平定してから使者を寄越してきたが……。今頃になって使者を遣わすとは、機を見るに疎いのお。まあ、一国すら領さぬ者に会う程、儂も暇では無かったがな。


海津城に春日虎綱を置き、上野には内藤昌豊を主将に、真田信綱、昌輝兄弟を置いておいた故、長尾も北条も下手に動けまい。


さて、遠江の子倅と三河の若造を降してやろうかのお。



評定の間に入ると既に甲斐在住の主だった家臣が居並んでいた。儂が席に着くと早速、信繁が声を掛けてきた。

「兄上、甲斐の兵六千、万事整いました」

「うむ」


甲斐の全軍を挙げての挙兵か……。まあ、後顧の憂いは無い、問題無かろう。


「また、駿河より兵三千五百、先行して駿府城を発ったとの報せが入りました」

「重畳じゃな」


駿河には兵千人を残したか……。流石に相模、伊豆から攻められれば危ういゆえ、この辺りが妥当であろうな。


「それから、海津城を含む北信濃以外の兵は、あと十日で総て飯田城に集結するとの由」

「ふむ、飯田城に集結した信濃勢は馬場美濃守に任す」

「はっ」



何も問題は無い。信繁からの報告が終わったのを見計らって儂が後ろに席を変えると、背後に居る家臣達が一斉に平伏したのが分かった。


「御旗、楯無も御照覧あれ」

「「ははっ!」」



■永禄9年(1566年)10月 遠江 掛川城 今川氏真


ワアアアアァァァァァァ、ワアアアアァァァァァァ、ワアァァァァ…………


城内で合戦の声が聞こえる。こ、恐い……。ま、麻呂は、ど、どうすれば良い……。


「泰朝! 泰朝は何処じゃ」


麻呂の声が聞こえたのか、暫くして肩で息をしながら泰朝が現れた。


「殿、急用と伺いましたが何用です」

「お、遅い! 何をしておったのじゃ。この騒音、ま、麻呂は恐くて堪らぬ。何とかせよ」

「……」


「それに一刻程前から何やら城内が騒がしい。も、もしかして城内に武田の兵が、は、入ったのか?」

「……はい、西の搦手、南東の大手門が破られ、本丸が落ちるのも時間の問題となりました」


なっ、それでは……、しかし……、そうじゃ!


「そうじゃ! 援軍は、遠江の諸将はどうした? 三河の松平は……」

「殿! 援軍は来ませんぬ。遠江の諸豪族は皆、武田方に降り、今、この城を攻めておりまする。松平に至っては当家から独立したものと……」


み、認めぬぞ。何故、天下に名を馳せたこの今川家が……。


「松平の独立は認めぬ! 諸将の投降など論外じゃ!」

「……もう遅うございます。斯くなる上は……」

「……」


ゴクッ…………、斯くなる上は、何じゃと申すのじゃ!


「斯くなる上は、城を枕に最後まで戦うしかござらぬ!」


落城前に落ち延びるという選択肢は……。



―――― 半刻後、今川氏真が討ち取られ、足利将軍家の名門今川家が滅んだ ――――



■永禄9年(1566年)11月 三河 岡崎城 松平家康


遠江一円が武田に落ちた。


おのれっ、信玄め! 此方が下手に出て使者まで遣わしたのに、調子に乗りおって! こうなれば三河の兵八千を率いて、遠江にて武田方を逆討ちを喰らわしてやるわ。


「誰ぞ!」

「はっ」

「すぐに家臣達を集めよ! 戦評定じゃ」

「ははっ」



二刻程して家臣一同が広間に集まった。良し、早速、遠江侵攻に向けた戦評定じゃ。

「武田の奴輩が遠江へ出張ってきおった。我等も後れを取る訳にはいかぬ。早速、各将は領地にて兵を集めよ」

「はっ」


「鳥居彦右衛門尉元忠」

「はっ」

「そなたは諸将が抱える兵の動員と集結を助けよ」

「ははっ」


「本多平八郎忠勝、そなたにはこの岡崎に常駐の二千の兵を預ける。先行して……」

「殿! 一大事にございます」


俺が決意を新たに出兵の下知を下そうとしている所に、使い番が広間に入ってきた。何じゃ、一体!


「殿、遠江を制して二万に膨れ上がった武田勢が三河に入ったとの報せが入って参りました」

「な、なにぃ!」


俺が絶句していると、新たに使い番が現れてとんでもない事を申してきた。


「殿、飯田城より武田勢八千が南下したとの報せが……」

「……」


どうする。このままでは折角、平定した三河一国があっさりと奪われてしまう。クソッ、武田が駿河を得てから大人しかったのはこれが狙いであったか……。


「急ぎ織田殿に急使を派遣せよ」

「ははっ」


やられたわ! こうなる前に北条家とも誼を通じておれば……。



■永禄9年(1566年)11月 伊勢 亀山城 織田信長


「御館様、三河より至急救援をとの要請が来ております」

「……」

「御館様!」

「ええい、聴こえておる。黙っておれ!」

近習が五月蝿い。ええい、分かっておる。この難局を如何にかせねばならぬ事ぐらい……。


どうする? 伊勢長島の一揆に梃子摺っている当家が三河に出せる兵は四千がやっとだぞ。四千の増援で武田勢に勝てるか……。


田楽狭間で今川勢を破った当家ではあるが、信玄を同じく討てるか……。否、信玄ほどの戦巧者であれば、今川治部大輔を討った際の戦いは既に知っておる。同じ戦法では此方が返り討ちに遭うだけじゃ


ならば和議か、今年の始めに妹のお犬を嫁がせた当家であるが……。武田家が今、攻め入っているのは今川家であり、松平家である。当家とはまだ矛を交えた訳ではない。


……いや、駄目だ。当家は武田家より先に松平家と盟約を結んだのだぞ。それを反故にしたとなれば、今後、当家は信が置けぬと他家から見られる。それでは後々の事を考えると悪手と言うしかない。


しからば、武田家と松平家の和議の仲介なら……。いや、それも駄目だ。あの信玄がその様な事を受け入れる訳が無い。あの強欲な坊主が!



ドスッ、ドスッ、ドスッ、ドスッ、ドスッ、ドスッ、ドスッ、ドスッ…………

「退け、一大事なのじゃ」

「退きませぬ! 只今、御館様は……」

「ええい、邪魔じゃ。其処を退け」



儂が思案していると、野太い声と近習の喧騒が遠くで聴こえる。何じゃ、騒々しい! そう思っていると、近習を振り切って権六が現れた。

「御館様、一大事にございます」

「何じゃ、権六!」

「美濃より武田勢一万五千が当家の小牧山城を包囲したとの由にございます」

「なっ……」



■永禄9年(1566年)11月 尾張 小牧山城城下 武田義信


さて、どうしたもんかねえ。


一応、兵一万五千を率いて来たから、小牧山城程度なら落とせるけど。でも攻城戦の最中に後背を挟撃されたら目も当てられないからなあ。


さて、どうしたもんかねえ。


そう思っていると、陣場に使い番が半兵衛を伴って現れた。

「若君の一大事だと思いまして、若君からの指示を中断して馳せ参じましたけど迷惑でしたか?」

「うんにゃ、大助かりだよ、半兵衛。で、何か分かった?」


「はい、織田勢が四千五百の兵でこの小牧山城に向かっております」

「ふーん」

「……どうします?」

「包囲を解くしかないでしょ、この状況じゃあ」

「……左様ですな」


俺が親父に書状で命令されたのは『尾張の動きを封じよ』だ。間違っても尾張に攻め入れって命令じゃない。


それに幾ら半兵衛が助勢に駆けつけてくれたからといっても、俺は戦国乱世のチート・オブ・チートの信長と真っ向から戦おうなんて物好きでもない。そんな酔狂な事はウチの親父に任せるに限る。


「……どうします?」

「……」


半兵衛が先程と同じ問い掛けをしてきた。でも、今度の問い掛けは意味が違う。


「……和議の仲介、でしょうね」

「だろうね」


ああ、面倒臭い。戦の指揮を虎昌に任せて美濃で愛妻の春とキャッキャウフフな生活を送っていれば良かったよ、俺。






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