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御旗、楯無も御照覧あれ!  作者: 杉花粉撲滅委員
三河の挑戦 ~哀毀骨立~
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第三十四話 一大事の足音






■永禄8年(1565年)11月 美濃 稲葉山城城下の屋敷 武田義信


今年は飛騨攻めでドタバタしていたが、畿内でもドタバタしていた。なんと征夷大将軍である足利義輝さんが松永久秀と三好三人衆によって五月に討死したようだ。


将軍を攻めるって結構な根性してるね。……俺、殺されないように日頃の行ないを正します。


それにしても三好かあ……。


やっぱり前当主の三好修理大夫長慶が昨年死んじゃった事が影響してるのかな? 何か松永弾正忠久秀が頭角を現したって言うか牛耳っているようだし……。


松永弾正かあ……。能力と家臣団は充実してるんだよな……。ただ行ないが俗物的というか本能の赴くままに行動しているみたいで……。うーん、嫌いじゃないけど、周囲の人間にとっては迷惑この上ない奴だな。


さて、そんな事はどうでも良いのだよ。俺の当面の課題は織田家に力を付けさせない事と、美濃の発展、そして武力の向上なんだよ。


そう思っていると、廊下が騒がしい。今度は一体何だよ。



ドスッ、ドスッ、ドスッ、ドスッ、ドスッ、ドスッ、ドスッ、ドスッ…………



この足音は…………虎昌だな。


「若君、一大事にございます!」

「今度はなんだい?」


またいつもの『一大事』が始まった。コイツはこう言えば俺が驚くと思っている。いい加減に説教しないと駄目だな。我が愛刀『数珠丸恒次』で頭を割ってやろう!


「お、織田家からの使者が参りました」

「ふーん……って、えっ、なにそれ?」

「織田家から四郎様への縁談を持ってきたのでございます!」


……ゴメンなさい。流石に驚いたよ、俺。説教は取り消します。愛刀は仕舞わして頂きます。


「す、すぐに御館様に早馬で報せよ」

「ははっ」



■永禄9年(1566年)2月 甲斐 躑躅ヶ崎館 武田義信


話はトントン拍子に進み、信長の妹のお犬の方が四郎の嫁となる事が決まった。


そして、今日はその祝言です。


うーん、四郎くん、ガチガチに固まってるね。寒さの所為って訳……でも無さそうだね。まあ、そりゃそうか。なんてったって相手のお犬の方は美人だもんね。でも、ウチの愛妻である春ちゃんも負けてないぞ!


さて、それは良いとして問題は俺……って言うか美濃の方針なんだよな。これで当面は尾張に攻め入る事ができなくなっちゃった。全く、親父は何を考えて今回の縁談を認めたのか……。


うーん、困ったね。


そして、そんな俺の苦悩など露知らず、相変わらずの酒好きのオッサン共が酒宴で騒いでいる。……五月蝿い!


「いやー、若殿の祝言! 誠に目出度い」

「そうじゃ、そうじゃ! 遅かった位じゃ、ガッハハハッ」


五月蝿い、そう思って首謀者達を見ると……、長禅寺住職の岐秀爺ちゃんと恵林寺住職の快川のオッちゃんだった。おい、坊主! 何平気な顔して酒を喰らってるんだ。般若湯? ああ、成程……って、馬鹿! 昼間っから平然と呑むな!


そんな俺の脳内会話などお構い無しに、二人が俺に話し掛けてきた。ウウッ、二人の吐く息が酒臭い!

「おお、太郎か! 息災であったか?」

「そうじゃ、太郎! お主は美濃に行ってから文の一通も寄越さぬ。釣れないのう、儂はそなたをそのような薄情な男に育てた覚えは無いぞ」

「……ハァ、まあ、ぼちぼちやってますのでご安心下さい」


誰もあんた等に育てて貰った覚えは無い! 俺を育ててくれたのは……、誰だろう? 親父や母ちゃん? いや、虎昌かな?


俺が誰に育てて貰ったかを思案していると、快川のオッちゃんが真顔で俺を思考の海からすくい上げてきた。

「のお、太郎」

「何でしょう」

「そなたは今、美濃で働いておる」

「ハァ……、そうですが、何か?」


何だ? 改まって……。快川のオッちゃんの目が座っているのは……、酒の所為じゃなさそうだな。


「儂は甲斐に来る以前、美濃の崇福寺で住職をしておったのじゃが……」

「……それが何か?」

「ふむ、今の崇福寺の住職から苦情が届いておる。なんでも、そなたが寺の田畑を奪ったとな」


ああ、あの事か……。俺は別に悪い事をした訳でなない。面倒臭いがちゃんと説明せんと駄目だな。酔ったオッサンに説明して、大丈夫かな。……まあ、逆ギレしてきたら逃げよう。


「お言葉ですが、和尚様。何もそれがしは無体に田畑を奪った訳ではございませぬ。寺社側が隠し田を有していたからにございます。非は寺側に有りますれば致し方なき事かと存じます」

「う、うむ」


ばつの悪そうな顔をする快川のオッちゃん。ここはビシッと言ってやる!


「当家の法度では隠し田は問答無用で没収です! それは武士、農民だけに適用されるものではございませぬ。公明正大の心を和尚様から学んだこの太郎、何も間違った事はしていないと自負しております!」

「……」


黙りこくる坊主二人。。酒ばっか呑んでないで少しは頭を冷やせや、ゴラッ! って良い歳した坊主が泣くなよ! 泣き上戸か、お前等!? フンッ、泣き脅しには屈しないぜ、俺!



■永禄9年(1566年)3月 伊勢 亀山城(現 三重県亀山市本丸町) 織田信長


武田家と姻戚関係を築く事ができた。同盟、とまではならなかったのが残念だが、これで無闇に美濃から攻められる事は減るだろう。まずは国力の強化だ。早々に伊勢、志摩を平定し、伊賀を越えて大和、山城に進んで京に上る。それまでの辛抱だ。


そうこうしていると、近習が俺を呼びに来た。

「御館様、皆々様が評定の間にお集まりになられました」

「……うむ」



評定の間に入ると、既に家臣共が勢揃いしていた。さて、今後の方針を皆に伝えねばなるまい。億劫な事だ。


まずは目障りな一向門徒共だ!

「権六っ」

「はっ」

「そなたは兵五千を率いて伊勢長島の一向衆を根絶やしにせよ」

「ははっ」


次は伊勢の国主、北畠具教だが、その前に……。

「猿っ」

「はっ、何なりとお申しつけ下しゃあませ」

「神戸家の現当主である具盛に言え! 我が三男、三七丸(後の織田信孝)を養子に迎えて降るか、それとも攻め滅ぼされたいか、とな」

「はっ、ははぁ」


「皆の者、よう聞け。三河の松平家と盟約を結び、武田家と和議を結んだからには、当家の狙いは伊勢一国に絞られた! その後は伊賀を越えて京に攻め入る、左様心得よ!」

「「ははっ」」


家臣達が一斉に平伏する。フンッ、京へ一番に上るは儂じゃ! 断じて武田ではない……。



■永禄9年(1566年)7月 三河 岡崎城 松平家康


漸く、漸く東三河と奥三河(三河北部)を平定し、三河一国を統一できた。これも尾張の織田家と盟約を結び、遠江の今川家からの催促を無視してきたお陰だ。


それにしても今川家は五月蝿い! 何度も『駿河奪還に向けた兵は何時到着するのじゃ』と催促の書状を寄越してくる。誰が駿河になど行くものか! それにもう俺は今川家の家臣ではないのだ。一国一城の主、独立大名なのだ。


さて……、三河の平定も済んだ事であるし、兵馬の充実を図りつつ遠江を奪い版図を広げに参ろうか……。だが、気になるのは武田家だ。その気になれば遠江は勿論の事、信濃からこの三河に攻め入ってきてもおかしくない……。一体、武田家は何を考えておるのか……、探りを入れる必要が有ろうな。



「誰ぞ居る!」

「はっ」

「酒井左衛門尉(忠次の事)を呼べ」

「ははっ」


近習が出ていき、暫くすると左衛門尉が現れた。


「殿、お呼びと伺いましたが?」

「うむ、甲斐に行ってくれ」

「……して、用件は?」


穏やかな表情で左衛門尉が問い掛けてきた。こういう実務優先の姿勢が俺は嫌いじゃない。頼りになる男だ。


「武田も遠江を狙っているは明白。なれば当家との国境を定めたい」

「……国境は何処に為さるお積もりです?」

「原野谷川……と言いたい所だが、天竜川とする方向で調整して貰いたい」

「畏まりました」


ふむ、まずは目障りな今川家から攻めるとしよう。そして武田家……、恐らく当家だけでは立ち行かぬであろうな。これからは更に尾張の織田家と連携を強化せねばなるまい。



■永禄9年(1566年)8月 美濃 稲葉山城城下の屋敷 武田義信


あー、頭痛い。昨日は虎昌としこたま酒を呑んだからなあ。うーん、今日の政務は体調不良でサボっちゃおうかな……。



タンッ、タンッ、タンッ、タンッ、タンッ、タンッ、タンッ、タンッ…………



この足音は……、源五郎だな。喧しい! 頭に響くだろうが、このバカチンが!


そんな俺の怒りを無視して、源五郎が部屋に入ってきた。

「右京兆様! 一大事です」

「耳元で大声を出すな! ただでさえ頭痛が酷いのに。それに『一大事』は虎昌の専売特許だぞ、ちゃんと特許料を払ったのか?」


「そんな悠長な事を言っている場合ではありませぬ。今、駿河に居る親父から文が届きました。其処には三河の松平家が甲斐に使者を出してきたと書かれていたのです」

「ふーん、……で?」

「恐らく狙いは遠江。当家と遠江を分割統治するのが狙いと思われます」


「で、ウチの御館様は何て言ってるんだい?」

「……のらりくらりと言質を取らせぬ様にされているようですが……」

「だったら問題無い」

「は? しかし……」


全く、慌てん坊さんなんだから、源五郎は。大丈夫だよ、あの強欲の塊のような親父が遠江半国で満足するはず無いだろ。


「良いか、源五郎。当家はやっと駿河を、海を手に入れた」

「はあ、それが何か……」

「お前は……、ハア~、軍務や謀略の事では抜群の働きをするのに、何故にそなたの頭は政略とウチの親父には働かぬのだ」

「なっ、それは幾ら右京兆様でも言い過ぎです! 私だって多少の政略は……」

「うんにゃ、分かってない」


仕方が無いから説明してやるか。一応、俺、源五郎の仲人親だしな。


「ウチの親父は坊主だ」

「はあ」

「坊主の考える事は『目の前に銭が転がっていたら、後先考えずに奪う』だ」

「……それは幾らなんでも言い過ぎでは……」


長禅寺住職の岐秀爺ちゃんと恵林寺住職の快川のオッちゃんのような全うな僧侶だったら話は別だが、世間一般の、ウチの親父に代表される坊主においては否だ!


「否! ウチの親父に限っていえば間違ってはいない。そして、折角海伝いに遠江と三河があるのに手をこまねいていると思うか、ウチの親父が!?」

「だったら、もう分かるだろ。ウチの親父は三河の狸とは手を握らない。のらりくらりとはぐらかしているのが良い証拠だ」

「では……」

「ああ、また戦となるだろうな」






―――― それから二ヵ月後、武田家の東海道西上作戦が発動された ――――






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