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御旗、楯無も御照覧あれ!  作者: 杉花粉撲滅委員
三河の挑戦 ~哀毀骨立~
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第三十三話 借りの返済






■永禄7年(1564年)12月 飛騨 桜洞城(現 岐阜県下呂市萩原町桜洞)の城下 武田義信


「義父上様にお任せしますよ」

「うむ、そうか……」

俺が桜洞城の攻城指揮を依頼すると、信繁おじうえ(……おっと、もう義父か)が了承してくれた。フゥ、これで最後だな。


武田家の飛騨侵攻も大詰めに差し掛かっている。残すは姉小路家の居城であり、目の前にある桜洞城だけだ。飛騨侵攻は信濃からの増援五千を加わると形勢は一気に動いたからなあ。


十一月下旬に我等美濃勢が飛騨に入るとすぐに江馬氏の居城である高原諏訪城にて姉小路勢の後背を突いて姉小路勢を退かせた。そこで軍勢と立て直している内に信濃から援軍が駆けつけてくれたので、江馬時盛に道案内をさせながら片っ端から姉小路勢の諸城を落としていった。


いやー、流石は本家の兵馬だね。今回の援軍では大将に義父を配し、その他に木曾左馬頭義昌、秋山伯耆守虎繁、そしてちゃっかり着いてきた竹松を擁していた訳だけど……。野戦での強さは折り紙つきだけど攻城戦でもその威圧感たるや、戦わずに開城、降伏する城が跡を絶たなかった。



そして今、竹松が降伏の使者として桜洞城に向かうに当たって義父に指示を仰いでいる。


「兄上、降伏の条件は如何なさいますか?」

「うむ、当主である姉小路良頼は切腹、その他の元服済みの男児も同様じゃな。但し、女子供は命は助け、国外退去とする」

「承知仕りました」


うん、他の諸城でも同様の処置で降伏してきたし問題無いだろう。と言う訳で俺も竹松に激励の言葉を掛けてやろう。


「竹松、頑張ってな。くれぐれも無茶はするなよ」

「安心しろ。俺はまだお前から借りを返して貰っておらぬ。利子も日毎に増えておるゆえ、そなたこそ複利計算でもして待っておれ」

「……」


産まれながらに強欲だとは思っていたが、これ程までとは……。それに利子も日毎に増えているだと……、何も言ってこなかったから放置していたが、どんだけ膨れ上がっているんだ。


うーん、こうしては居れん、本気で複利計算をするとしよう。



■永禄8年(1565年)1月 飛騨 桜洞城 一条信龍


俺、飛騨の一国を任される事になっちゃった。でも、城代とか大名って何するんだ? 俺、今までただの領地を持たない一家臣として生活してきたから、何をやれば良いのかさっぱり分からん。


そんな俺の苦悩を察したのか、神が俺に悪魔が来た事を告げた。


「城代様、美濃の若君が参っております」

「……通せ」

「はっ」



暫くすると満面の笑みを携えた太郎が部屋に入ってきた。コイツが微笑んでいる時ほど恐いものは無い。


「いやー、まさか竹松が飛騨の国主となるとはねー」

「……国主じゃない。御館様の代理なだけだ」


嫌な事を言う奴だ。一つ言葉を間違えただけで俺の首が飛びかねないというのに。兄・信玄は幾ら兄弟だからといって非情になれる男だ。


「なんだよ。折角、俺が今回の戦の恩賞に『竹松に飛騨一国を任せてあげて欲しい』って義父上様に進言してあげたってのにさ」

「なっ、お前の差し金だったのか、これは」

「いやー、お前への貸しを返すに当たって何が良いかなーって思ったらさ、金品じゃあ無理って事が分かったから」

「……」

「あれ? 喜んでくれないの? 太郎、残念だなー」


お、おのれぇ! 俺は武田家の一家臣、一門衆として勝手気ままに生きていきたかったんだ。それを……。いつの間にか俺は怒りで身体が震えていた。


「あれ? 震えてるけど、小用(オシッコの事)? 我慢したら身体に悪いよ、竹松」

「う、五月蝿い! 小用ではない、怒りに震えておるのだ!」


「なんだよ、人が折角助けに来てやったのに……。そんな言い方するんだったらもう良いよ、帰る」

「フンッ、お前の助けなど要らぬ! さっさと帰れ」

「へー、そんな事言って良いの? ふーん、折角俺が長年に渡って城主の苦労を書き留めてきた『城主の指南書』を持ってきてやったって言うのに、残念だな。これがあれば新米城主も大助かりの一品だと自負しているのに……」


へっ……、今、太郎は何と言った。城主の指南書だと……。


「お、おい、太郎。そ、その、城主の指南書とやらをちょっと見せてみろ」

「えー、嫌だよ。だってもう帰るもん、俺」

「そこを何とか……。なんだったら、今日はもう遅いゆえ、泊まっていけ、なっ」

「うーん、さっき帰れって言われたもん」

「前言撤回、なっ! 今日はお前の好きな竹の子の佃煮を出すから」


俺が飛騨を任されてから喉から手が出るほど欲しいと思っていたものが、すぐ手元にある。逃してなるものか!


「……そんなにまで言うんなら、泊まっていっても良いし、指南書も見せても良いけど……。ところでこれを見せたらお前への貸しも利子も無しだからな」

「うん、うん、勿論だとも!」


武田右京大夫義信……、味方ならこれ程頼りになる男は居ない。しかし、敵に回せば……。



■永禄8年(1565年)3月 甲斐 躑躅ヶ崎館 武田信玄


飛騨を平定し、これで当家は甲斐、信濃、美濃、駿河、そして飛騨の五ヶ国の太守となった。


儂が武田家の当主となってから二十五年近く……、早いものじゃ。


否! まだまだこれからじゃ。いくら五ヶ国の太守となったからといって、海に面した国は駿河一国のみ! 八方を敵に囲まれておる当家にとって、海を領する国は恵みの地、今後も勝ち得ねばならぬ。


しかし、伊豆、相模を領する北条家は大国。更に越後を領する上杉家も侮れぬ。……となれば、遠江、三河といった西に目を向ける事になる、か。


だが、西に目を向けるばかりに、後背を突かれては元も子もない。


先年の暮れに上野の長野業正が没したと聞く。僥倖じゃ、まずは上野に攻め入り、後顧の憂いを無くしてから遠江の今川家を倒すとしよう。


そうと決まれば、早速、今月の評定にて話すか。



■永禄8年(1565年)7月 甲斐 躑躅ヶ崎館 武田義信


久しぶりの甲斐! 凱旋!


と思いきや、着いて早々に母ちゃんから一刻半もの間、説教を喰らった。趣旨は、


『何故、正妻である私の子が廃嫡されねばならぬのじゃ! 母ちゃん、悔しい』(注:意訳)


との事だった。今更って感じだったが、愚痴を聞いてやるのも親孝行だと思って、正座して聞いてあげた。


優しいね、俺。でも一刻半って長すぎだよ、お陰で足が痺れて痛かった。


さて、何で今回、甲斐に戻ってきたかといえば……、四郎に会うためさ、(キリッ。以前、書状で甲斐に戻るって書いちゃったからね。どんなに時間が経っても有言実行! 偉いぜ、俺。



そんなこんなで、雑務を終えて四郎に会いに行くと、早速、酒盛りとなった。あれ? 兄弟二人で酒を酌み交わすのって初めてじゃねえ?


「兄上? 美濃の仕置きは如何ですか?」

「うーん、ぼちぼち、かな。それとその『兄上』ってそろそろ止めない? 俺、もう廃嫡されたし、お前は次期当主なんだしさ」

「……」

「……」


うーん、沈黙……。仕方が無い……か。じゃあ妥協点を探していこうかね、青年よ!


「分かった。分かったよ、じゃあさ、二人だけの時はお互いに敬語無し! 公の場では主従って事でどう?」

「……」


これじゃあ駄目? ええい、それなら奥の手じゃ! これでも喰らえ。


「それじゃ、最後の提案。二人だけの時は今まで通り。公の場では主従って事でどう?」

「……分かりました」

「大体、俺には親父の跡を継ぐほど酔狂じゃないし、そもそもここまで肥大した武田家を纏めるだけの力も意思も無い」

「……しかし、美濃を切り取り、無難に治めているではありませぬか!」


うーん、どう説明すれば良いんだろう。


「それは俺の力じゃない、って言えば良いのかな。戦については多くの兵が命懸けで駆け抜けたお陰だし、政務についても周りの家臣が良く働いてくれるから治めていられるだけだよ」

「……しかし」

「そなただって駿河で身に染みて分かっているはずだ。そなたには重い荷を背負わせてしまって申し訳なく思っておる。ただ、俺が言える事は、……そなたは父上ではない。そなたの思う通りに四苦八苦しながら武田家を取り仕切ってくれればそれで良い、って事かな」

「……」


「まあ、折角の再会だ。しんみりするのは歳を取ってからでも遅くは無い。さあ、楽しく酒を呑もう」

「……はっ」


その後、俺達は他愛も無い話で笑った。そう、昔に戻ったように……。全く、世話の焼ける弟だ。頑固な所は一体、誰に似たのだろう?



■永禄8年(1565年)10月 上野 箕輪城(現 群馬県高崎市箕郷町西明屋) 長野業盛


「守れぇ、越後の上杉殿が救援に来るまで、何としても持ち堪えるのじゃ」

「「おおおぉぉぉぉぉ」」


今月に入り、武田家が信濃から攻め入ってきた。相変わらず野戦では太刀打ちできぬ程の強さだ。


恐らく上杉勢の救援は間に合わぬであろうな……。既に城の曲輪の一角が破られておる。


こうなれば、一族郎党と供に自害する他ない。亡き父上の遺言であるからな。ただ亀寿丸はまだ二歳ゆえ忍びない。


そんな俺の下に上泉泰綱が現れた。当家一の剣豪ならば問題無かろう。


「殿、もうこの城は持ちませぬ。急ぎ城から出られませ」

「フッ、いまだに兵達が命を掛けて戦っているというのに、主が落ち延びては本末転倒。ここは城を枕に討ち死にじゃ」

「しかし……」


泰綱が遣る瀬無いといった顔をする。そんな顔をするな。


「儂は自害する。だが、息子の亀寿丸まで道連れでは忍びない。泰綱、そなたは亀寿丸を連れて清涼寺(和田山極楽院の事)にて匿ってもらえ」

「殿!」

「そなたなら無事に城を抜け出せるであろう、頼む」

「クッ……はっ」


泰綱が退室していった。さて、最後の務めを果たすとしようか……。



■永禄8年(1565年)10月 相模 小田原城 北条氏康


信玄めっ……。武田家が兵を集めていると聞いて、当家が武蔵西部に兵を集結させていたが、まさか上野に侵攻しようとは……。


……まあ、良い。これで例年続いた越後からの侵略が無くなろう。


長尾輝虎(いい加減に上杉って呼べば良いのに、……面倒臭い)の所為で武蔵が荒れ放題じゃからな、まずは復興に尽力しよう。だが、このままでは終わらぬ。


必ずや上野はこの北条家が奪ってやるわ!






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