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御旗、楯無も御照覧あれ!  作者: 杉花粉撲滅委員
三河の挑戦 ~哀毀骨立~
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第三十二話 第五次川中島の戦い






■永禄7年(1564年)1月 美濃 稲葉山城城下の屋敷 武田義信


やったー。やっと鉄砲ゲットだぜぃ。源五郎が三千挺もの鉄砲と大量の火薬を携えて帰ってきた。


聞くところによると竹松が色々言っていたみたいだけど無視! だって、俺に会わずに海沿いに甲斐に戻るんだもん。謝礼なんて返しようが無い。


まずは美濃の兵農分離も進んできて四千人が常駐兵となったから、彼らに三段討ちでも教えちゃおっかな。うーん、でも銃弾と火薬は消耗品だから無駄遣いしたくないし……。よし、演習では火薬を使わないで模擬練習でお勉強してもらうとしよう。


やっぱり、鉄砲に関しては総てを輸入に頼るのではなく、自家生産できるようにしないと駄目だな。さて、どうしよう……。でも、その為にもまずは銭集めだな。楽市楽座をこの美濃でも施行し、潤沢に銭を集めないといけないんだよな。そうは思っても中々美濃の諸将や国衆、豪族に商人は首を縦に振ってくれない。


鉄砲鍛冶の職人育成はその次だろう。いつまでも本願寺や雑賀を頼る訳にもいかないだろうからなあ。特に本願寺については何時、敵になるか判らん。まあ、親父が死ぬまではガッポリと鉄砲を譲ってもらうとしよう。


話を戻そう、楽市楽座だ。やっぱり、まずは稲葉山城城下でのみ行なって、どれだけ楽市楽座が有効かを見せないと駄目だな。それと美濃と信濃の国境にある関所を廃止しよう。関所の廃止については義父経由で親父を口説こう。


『国内に限り関所を無くして商人の行き来を自由にするだけで銭っ子がガッポガッポですよ(注:意訳)』とか言えば、甲州碁石金が枯渇し始めている本家は飛びつくだろう。


それに折角、駿河という海に面した国を手中にしたんだから、堺との商いも進めて貰いたい。


あぁ、やる事が多すぎて、僕ちゃん、参ッチング、…………おおっ、寒っ! 今年の冬は何時になく寒いぜ。



「春ぅー」

「はーい」

「風呂に入りたい。できれば一緒に♪」

「……はい(ポッ」


皆の者! 寒い冬には熱い風呂と愛妻のぬくもりが一番だよ!



■永禄7年(1564年)5月 飛騨 高原諏訪城(現 岐阜県飛騨市神岡町殿) 江馬時盛


「この上は武田家に臣従する他なし!」


広間に家臣を集めて儂が宣言すると、すかさず息子の輝盛が異を唱えた。


「お待ち下さい。それがしは武田家への臣従に反対です」

「……ハア……」


分かっていた事とはいえ、この馬鹿息子にも困ったものじゃ。溜息しか出てこぬ。どうやら儂は息子の養育に失敗したようじゃ。


「良いか、輝盛。伸張著しい武田家に背後を突かれれば、当家の悲願でもある姉小路良頼の首が遠のくというものぞ」

「だからと申して武田家なぞ……、それに臣従するなら他家でも良いではありませぬか!」

「他家、とは何処じゃ」

「隣国の越中に手を伸ばしておる越後の上杉家です。かの御仁は義に篤いと伺っております」


駄目じゃ。やはり儂は息子の教育を間違えたようじゃ。この馬鹿には何も見えておらぬ。


「上杉家は駄目じゃ」

「なっ……何故にございます」


さも心外だと言わんばかりに輝盛が驚きを表した。ハア、仕方が無い、説明してやるか……。歳を取ると阿呆の相手が面倒になってくるわい。


「姉小路家が上杉家と通じておるからじゃ」

「っい、それは誠でございますか!?」

「誠じゃ。じゃから少し黙っておれ、この阿呆がっ!」

「くっ……」


漸く倅が黙ったか……。全く、親の心子知らずとは良う言ったものじゃ。



■永禄7年(1564年)8月 信濃 川中島 上杉輝虎


おのれぇ、信玄めっ! 毎度毎度、儂の関東出兵を邪魔しおって。奴が背後を脅かさねば連年関東へ出兵する事も、そして北条氏康との戦いもとうの昔に終わっておるというに!


更に此度は飛騨じゃ。儂を頼っておる姉小路良頼と争っておる江馬家を支援するとは……、どれだけ儂を愚弄すれば気が済むのじゃ!


姉小路家の当主である良頼は従三位に叙任されている名家ぞ。江馬家のような一国人とは格が違うのじゃ。


此度こそ、此度こそ信玄に正義の鉄槌を降してくれようぞ!


「皆の者! 此度こそ武田の奴輩を討ち負かすぞ」

「「おおおぉぉぉぉぉ」」



■永禄7年(1564年)10月 信濃 塩崎城 武田信玄


フンッ、また越後の兵が城外でピーチクパーチクと罵詈雑言を発している。連日ご苦労な事じゃ。


誰が同じ土俵に立ってやるものか。勝敗は既に前回の戦で着いておる。今更、我が名に泥を塗る事も有るまい。


それにしても当家の家臣達も良く儂の考えを理解しておる事よ。連日の口撃にも関わらず激昂する者は居らぬ。その証拠に……。


「相変わらず、盛りのついた猫が外で鳴いておりますな」

「全くじゃ。早う嫁を娶れば良いものを、ハッハハハッ」


家臣共が城外からの雑音を聞きながら笑っておる。フッ、胆の据わった者達じゃ。一応は此度も、越後勢よりも多くの兵を擁して出陣したが、要らぬ用心であったな。


それに以前の教訓で、既に義信の監修によって厠の増築は済んでおる。もう異臭に悩まされる事も無くなった。そんな事を考えておると、使い番が評定の間に入ってきた。


「恐れながら申し上げます。越後勢が撤退しております」

「……ふむ」


漸く撤退したか……。上杉輝虎(信玄は上杉家の家督を認めてません)……、迷惑な男じゃな、全く。


儂が思案していると、使い番からの報せを聞いた信廉が進言してきた。

「如何為さいますか、御館様? 掃討戦に打って出ますか?」

「……無用じゃ。兵を無駄に失くす事もあるまい。我等も兵を退く」

「はっ」


さて、長野業正も病に臥していると聞く。北条家とも手切れとなった事であるし、そろそろ上野へ足を運ぶとするかのお。



■永禄7年(1564年)11月 美濃 稲葉山城城下の屋敷 武田義信


やっと美濃に戻って参りました。


ふう、美濃勢から三千を率いて参陣せよって親父から下命された時はどうなる事かと思ったが、謙信が素直に退却してくれたお陰で美濃の兵を損なわずに済んで良かったよ。


まだまだ、美濃勢は訓練が不足しているからね。全く、張子の虎だよ。再度、虎昌や昌景には練兵に励むように言っておかないといけないなあ。


もう、謙信とは戦いたくない。だって面倒臭いから……。


それよりも今は信長だ。


奴さん、俺の居ぬ間に北伊勢の平定を終えやがった。此方も留守を任せていた源五郎に『尾張が手薄になったら攻め入っても良いよ』って言っておいたんだけど、国境にある小牧山城が堅固で攻められなかったようだ。


さて、どうすっかなー。そう思っていると遠くから地震が近づいてきた。



ドスッ、ドスッ、ドスッ、ドスッ、ドスッ、ドスッ、ドスッ、ドスッ…………



俺が書斎で大の字に寝ていると、大きな足音を奏でながら虎昌が部屋に入ってきたのだ。五月蝿いなあ、全く。


「若君、大変でございます」

「んあ、一体どうしたのだ?」


話しながら上半身を起こす俺。だが、虎昌は許してはくれなかった……、何様だよ、お前。


「悠長に寝ている場合ではござらぬ。一大事にございますぞ」

「……だから起きたじゃん」

「ああ、もう! ああ言えば、こう言う! 若君、そのような戯言を申しておる場合ではござらぬ。当家に降った江馬家が姉小路家に攻められておりまする」

「……えっ、ええっ、そ、そりゃ一大事だ。江馬家が攻め滅ぼされたら当家の飛騨での足掛かりが無くなってしまう」


……ゴメンなさい、虎昌様です。俺は驚きながらも正座して至急、皆を集めるように虎昌に命じる事にした。


「虎昌! 至急、諸将に陣振れを出せ。先月に飛騨から帰ってきた道鬼斎は絶対に出席させるように! それから御館様にも文を出す、美濃の兵だけでは飛騨は鎮められぬ。急ぎ祐筆を呼べ」

「ははっ」


うーん、一難去ってまた一難。飛騨の領土争いにも困ったものだ。だが、これは好機かも……。



一刻後、俺が親父宛に信濃勢の援軍要請の書状を書き終えて広間に入ると、既に諸将が席に着いていた。


「皆、大儀である」

「「ははっ」」


「皆の耳にも既に入っておると思うが、飛騨の姉小路家が動いた」

「……何故今、この時に動いたと若君はお考えですか?」


道鬼斎が俺に聞いてくる。うーん、なんでかな。……多分、恐らく……。


「恐らく先頃の上杉家との川中島での戦が関わっているのだろうよ。あの戦では勝敗が決まらなかった。それ故、業を煮やしたのだろう」

「……成程」


道鬼斎が一応の納得を示した。さては、俺を試すと共に他の諸将に理解させようとしたな、コイツ。まあ良い、他に質問も無いようだし準備に取り掛かるとしよう。


「源五郎。そなたは早馬を用いて甲斐の御館様に増援の要請をせよ。要請の書状は此処に有る」

「はっ」


「虎昌。そなたは西美濃衆を率いて尾張との国境の警備だ。俺達が美濃を留守にしている間に背後から襲われたら目も当てられないからな」

「分かりました」


「昌景。そなたは東美濃の兵四千を率いて一の陣を率いよ。それから江馬家には十日耐えろと早馬を出せ」

「承知!」


「道鬼斎。そなたは俺と共に二の陣の軍配を持て」

「ホォホォホォ、久しぶりの戦らしい戦にございますな」


よーし、この戦に勝って飛騨を手中に納めてやる! でも、謙信とは戦いたくないなあ。……まあヤツもすぐには出兵できないはず……、大丈夫だよね?



■永禄7年(1564年)11月 美濃 飛騨との国境での野営地 武田義信


「フォッフォフォ、若君も総大将として風格が板についてきましたなあ」

「……」


俺の横で道鬼斎が俺を褒めてきた。って言うか、コイツは俺を勘違い、……買い被っているな。そういえば駿河に向かわせた一徳斎からの書状でも俺を誤解したような内容が書かれていたな。老人達には困ったものだ。そもそも、俺は政務も軍務も周りの皆を煽て、宥め、褒めて、助けを得てやっとこなしているんだ。間違っても、信長やウチの親父のようなチートじゃない。


「何をお考えですかな、若君」

「尾張の事だ。織田は動くかな……」


俺が答えると道鬼斎が腹を抱えながら笑い出した。目に涙まで滲ませて……。そんなに面白い事を俺、言った覚えないけどね。


「フォッフォフォ、動けますまい。天下の飯富昌景が兵四千を率いて待ち構えておるのじゃ、早々には攻められますまい」

「……左様か」

「それに今の織田は南に目を向けておりましょう」

「伊勢、か?」

「左様、尾張一国では武田家に対抗出来ませぬでな。なんとしても伊勢を手に入れようと躍起になっておりましょう」


「武田家は織田に勝てるかな?」

「……さて」


……爺! 話をはぐらかしたな。こういった所は年の功だな。……老人には敵わん。






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