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御旗、楯無も御照覧あれ!  作者: 杉花粉撲滅委員
越後の龍神 ~竜攘虎摶~
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第十七話 第二次川中島の戦い






■天文24年・弘治元年(1555年)7月 信濃 川中島 武田義信


初陣の知久氏攻めも無事に終わったというのに、俺には考える事が多過ぎる。


事の始まりは今年の二月だった。何をトチ狂ったのか我が敬愛すべき親父様が長尾氏の有力家臣である北条高広に反乱を起こさせたのだ。まあ謙信の方は北条高広を間髪入れずに帰服させたんだけど、その謙信が信濃に出陣して来やがった。『寝る子は起こすな』って格言がある事を知らないの、親父様?


信濃の善光寺の国衆栗田鶴寿が当家に寝返って善光寺平の南半分を勢力下に置いた事で、善光寺以北の長尾方諸豪族への圧力が高まった事に焦った謙信が善光寺を拠点に武田勢を圧迫してきた。そして戦の中心に居るべき栗田鶴寿は当家の援軍三千と共にの居城の旭山城(現 長野県長野市大字平柴)で隠れている。働け、この野郎!


そして旭山城を封じ込めるため、更には前進拠点として葛山城(現 長野県長野市茂管)を築城した謙信は武田勢の到着を待ってくれていた。待たんで宜しい、全く!


勿論、武田勢も出陣ですよ。そして今、陣張り奉行なんて言う臨時奉行に任じられた俺は陣張りの指揮をしている所です。


「当家は犀川の……そうだな、此処に陣場を築く。皆も宜しく頼む」

「「ははっ」」

俺が川中島全域の地図の一点を指して人夫達に命令すると、すぐに人夫達がテキパキと陣場を築き始めてくれた。助かるね、話の分かる大工さんって。


そんな武田勢の中で一番働いている俺に叔父上達(信繁と信廉)が近づいてきて、信繁(おじうえ)が話し掛けてきた。

「義信、陣場は何処に築くつもりじゃ」

「これは叔父上、えーと陣場は此処です」


俺が先程と同じく地図の一点を指して叔父上達に教えると信廉(おじさん)が怪訝な顔で尋ねてきた。


「義信、恐らく兄上は長尾勢に犀川を渡河させて決戦に望むつもりのようだが、それを承知しての陣張りであろうな?」

「え、ええ。それは重々承知しておりますし、父上の了承を得て此処に築いております」

「そうか……」


はて? 一向に信廉(おじさん)の顔が晴れない。どうしたのだろう。


「どうされました、叔父上」

「うむ」

空返事を俺に返すと信廉(おじさん)がチラッと信繁(おじうえ)の方を見た。だから何なんだよ、兄弟だからってアイコンタクトで会話しないで俺も交ぜてよ。それに言いたい事が有るならはっきり言ってよ。


少しの間、叔父二人が見詰め合ってから、やっと信繁(おじうえ)が俺にボゾッと話してくれた。言ってくれないと分かんないよ、俺。

「……兵站がな」

「兵站がどうしたのです? 此度の戦には満を辞して臨んでいる筈ですが」

「うむ、しかしな……甲斐からこの北信濃は遠い。兵站線の長い我等は長陣が続けばそれだけ兵糧の調達に苦しくなる」

「はあ」


信繁(おじうえ)が言い難そうに小声で俺に苦悩の元凶を教えてくれると、今度は信廉(おじさん)が憮然としながら話を繋いだ。


「我等も兄上に長陣は兵の士気に関わるゆえ、短期決戦で臨むべきだと進言したのだが、当の兄上は『景虎を甘く見るな』の一点張りでな。どうしたものかと考えておったのだ」

「……」


まあ、そうだわな。青いタヌキが登場して四次元ポ○ットから兵糧を出してくれる訳も無い。もし長尾勢が突撃してきて敗走でもしようものなら兵の士気などガタ落ちだろう。


「うーん、問題は二点ですよね」

「……と言うと?」


俺が言葉を返すと信廉(おじさん)が俺が妙案でも思い付いたと思ったのだろう、話に喰いついてきた。素振りだけじゃなくって、少しは考えてよ。


「えーと、まずは当家は長尾勢には突撃されて万が一にも敗走したくない。兵の士気が落ちるから」

「うむ」

「でも、兵糧の心配があるから長陣も避けたい」

「ああ」


二人とも俺からの問題提起に対して頷いてくる。だったら答えは一つでしょうに……武士の面子って面倒臭いわ!


「じゃあ、長尾勢に退却して貰えば良いだけではないですか」

「……それが出来れば苦労はせぬ」

「いや、名案じゃ!」


信廉(おじさん)が今にも怒り出しそうになったが、その横で名案が浮かんだ信繁(おじうえ)がポンッと手を打った。


「名案とは何じゃ、兄上」

「ああ、和睦だ」

「和睦?」

「そうだ、信廉。どうやら俺も視野が狭くなっていたようだ。他家に頼んで長尾景虎と和睦を画策するのだ」


「その他家というのは、何処です?」

「ふむ、折角太郎が今川家から嫁を娶ったのだ。この縁を利用して治部大輔殿(義元の事)に仲介を頼めば良かろう」

「成程! 流石は兄上じゃ」


信繁(おじうえ)の提案に目を輝かせる信廉(おじさん)。眩しすぎるよ、誰か俺を目隠ししてー!



■天文24年・弘治元年(1555年)閏10月 信濃 川中島 長尾景虎


ふん、また戦を避けたか、晴信めっ! 弱き者にしか手を出さぬとは臆病者じゃ。


駿河の今川義元の仲介で和睦が成立してやったが、和睦の条件として武田方は須田氏、井上氏、島津氏など北信国衆の旧領復帰を認め、更に旭山城を破却する事になったから当家としても異存は無い。それに、これにより当家の勢力圏は、善光寺平の北半分(犀川以北)を確保したことになるからな。


だが、和睦も此度までじゃ! 次こそは討ち取ってくれよう。首を洗って待っておれ、晴信よ。


「退陣じゃ」

「「ははっ」」



■天文24年・弘治元年(1555年)11月 甲斐 躑躅ヶ崎館 武田晴信


ふん、次こそは善光寺平の北半分も頂いて、北信濃を平定してくれるわ! 川中島での一戦の後、木曽郡の木曾義康・義昌父子を降伏させて南信濃平定を完成させた当家じゃ。今度は全力を持って戦えるというものじゃ


それにしても此度は今川治部大輔殿に助けられたわい。これも太郎が今川家から嫁を貰っていたお陰という事か。ふっ、以前は『家督は要らぬ』と申しておったが、儂の役に立つのなら譲ってやらぬでもないか……。いや、まだじゃ! 役に立つからと言って儂に仇なすのであれば、いくら嫡男といえども討たねばならぬ! それが戦国の世というものだ。


まあ良い、まだ時は有る。今は北信濃の調略が先決じゃ。


「誰か居る?」

「はっ」

「真田弾正と小山田備中(虎満の事)を呼べ」

「ははっ」


暫くすると二人が書斎に入ってきた。ふむ、虎満は良いとして、幸隆は領地に帰っていなかったと見える。やはり何か感じるものがあった為に甲斐府中に来ていたのだろう。


「二人には北信濃の調略を命ずる」

「しかし、先の和睦では……」

「和睦などこの乱世においては方便以外の何物での無いわ」


虎満が恐る恐るといった感で俺に諫言しようとするが、綺麗事だけでこの戦国の世を生き残れる訳が無かろう。


「良いか、弾正忠は北信国衆や川中島方面の国衆への調略を今まで以上に進めよ」

「はっ」


「備中守は高井郡の市川氏にも知行宛行をもって事に当たれ」

「ははっ」


「それが成ったら……善光寺平東部の尼飾城(現 長野市松代町東条)を陥落させ東条氏を倒せ」

「「ははっ」」


これで景虎も激怒して再度信濃に出張ってくるだろうが、それまでに此方の体勢を整えておけば良いだけの話じゃ。



■天文24年・弘治元年(1555年)11月 信濃 上原城 飯富虎昌


「若君、上原城城代への就任おめでとうございます」

「「おめでとうございます」」

「あ、ああ。……ゴホンッ、今後も皆の力が要る。頼りにしているぞ」

「「ははっ」」

我等家臣一同が就任の挨拶をすると、上座に座る若君が一瞬驚いたが直ぐに姿勢を正して我等に言葉を掛けて下さった。


漸く若君に上原城の城代職を引き継ぐ事が出来た。ふう、やっと肩の荷が降りたわい。この七年近くの間、御館様に何度若君の城代職就任を進言してきた事か……。その度に御館様からは『元服もしていない若造には任せられぬ』とか『初陣も済ませていない者では心許ない』などと言われて断られ続けた。


そんな儂を見た他の武田家家臣達からは『折角の城代職を何故退かれるのか』、『兵部少輔殿は欲が無い』と言われてきた。ふん、他の者には分かるまい! 儂がどれだけ若君の事を思い続けてきたかを……。


「虎昌、俺は城代としてどのような仕事が待っているか知らぬ。よってそなたにはこれからも助けて貰う事となろう。宜しく頼む」

「はっ、この飯富兵部少輔虎昌、一命にかけて若君をお守りいたします」

「うん、頼んだぞ」

「ははっ」

若君が儂を頼りにする言葉を掛けて下された。勿論でございます、儂の生き甲斐は若君と共にあるのですから!


やっとまた若君をお守り出来る立場に就けた! 傅役の任を解かれ、この上原城に来てからどれだけこの日を待った事か。これからは毎日若君を拝顔出来る、もう文が来ぬといって悶々とした日々から開放される。これ程嬉しい事は無い。誰にも分からぬであろうな、この心持ちは。


そんな感慨に耽っていると、若君が初めての下知を下された。

「それでは初めに行いたい事がある。まず普段は城下に住む事にしたい」

「城下に、でございますか」

「そうだ。普段からこの山城では何かと不便ゆえ、常時は最低限の兵で城に定番させるとして、政務は城下の屋敷で執り行おうと思う」

「はあ……」


「毎日この山を登るよりもその方が楽だし、父上の言葉を借りれば『兵は神速を貴ぶ』だ」

「成程、分かりました。早速、屋敷の建築に取り掛からせて頂きます」


成程、よく考えれば至極理に適っておる。それに最近は歳の所為か登城するだけで一苦労だったからのう。


「それから上原城城下から諏訪湖にかけて城下町の整備を行ない、商いや産業を盛んにしたいんだ」

「はあ」


現状、城下には閑散とした農村があるだけだが、それを発展させると言われる。城下の発展などこれまでの儂にとって思考の外だ。


「しかし、城下を広げられても敵が攻めてきた際に焼かれては水泡に帰するとおもわれるのですが……」

「敵など来ないよ、少なくとも当面はな」


儂の懸念は一刀両断の下もとに捨て置かれ、若君が言葉を続けた。


「今、当家の最前線は美濃との国境である木曾と飯田、それから越後と接する北信濃、上野と隣する上田だろう。なれば言ってみればこの上原城は躑躅ヶ崎館を守る最後の砦であるだけだ、問題無いよ」

「……分かり申した。して、産業とは何を行なうのでございますか?」


敵が来ぬという事は理解出来た。しかし、産業とは……直ぐに当地に根付き軌道にのるとは思えぬが、一体若君は何をやろうとしておるのだろう。


「当地での産業は、鉄砲の生産だ!」


鉄砲! しかし、どうやって生産するのだ……。そもそもその様な高価な品を当家が持って何をするというのか!?



■天文24年・弘治元年(1555年)11月 信濃 上原城 武田義信


早い! 早すぎる。俺が城代? 何かの間違い、手違いだろっ! 俺は甲斐でヌクヌクウキウキ新婚生活を満喫していたいんだ!


おまけに城代家老が虎昌って何? ものっそい笑みを浮べて俺に対している。まるで獲物を狙う狼の顔だ!


「若君、上原城城代への就任おめでとうございます」

「あ、ああ。……ゴホンッ、今後も皆の力が要る。頼りにしているぞ」


オワタ……。祝言の時にも思ったが、俺の人生の終焉は今日であったようだ……。







―――― 翌日、朝から泣きながら虎昌と共に修練に励む十八歳の青年が居た ――――







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