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御旗、楯無も御照覧あれ!  作者: 杉花粉撲滅委員
越後の龍神 ~竜攘虎摶~
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第十六話 それぞれの祝言

黄梅院の実名は法名の『黄梅院殿春林宗芳大禅定尼』から一字を頂きました。






■天文23年(1554年)1月 甲斐 躑躅ヶ崎館 武田義信


とうとう今日は俺の結婚式です。そして俺の命日でもある、何故なら今日、俺のこの世での人生が終わったからだ。前世でも大人達が言ってたな、『結婚は人生の墓場』だって。


それにしても十七歳で結婚って早過ぎませんか? まあ、俺も遣りたい盛りだから良いけどさ。でも相手が……。一応、今川家も武門の端くれだけど、当主が公家かぶれだからなあ。公家かぶれは母上だけで十分と思うんだ、僕ちん。



そんな俺の希望とは裏腹に、広間は呑めや、歌えの大宴会と化している。全く、人事だと思って勝手に騒ぎやがって! そして全く気の利かない酔っ払いが俺に近づいてきた。


「いやあ、目出度い。この飯富兵部少輔虎昌、こんなに嬉しい日は生まれて初めてでござる」

「そうか……春姫、これが俺の傅役だった飯富虎昌だ」

「……これからは殿だけでなく妾の事も宜しゅうお願いします」

「ガッハハハッ、いやあ、それがしなど微力でしかござらぬ、ガッハハハッ」


俺が虎昌を春姫に紹介した訳だが、春姫は形式的な返答しかせず、それを気にも留めない虎昌。多分、俺は春姫に『野蛮な男に育てられた山猿』ぐらいに思われただろう、チョッとショック!


「……春姫、今川家でも酒宴の席はこの様に賑やかなのか?」

「いえ、比較的静かに呑まれます」

「そうか……」


うーん、暗に『今川家は礼節を重んじるゆえ、武田家とは格が違う』って言われたのかなあ。いかんな、どうも公家っぽい人に対して気位の高いイメージが強いな、俺。まあ良い、これから長い時間を掛けて春姫が当家に馴染んでくれれば。


それに俺も今回の結婚に対して割り切っている、というか醒めている。所詮は政略結婚だ。今川家と北条家と当家の三家の盟約を結ぶ為の一手だと思っている。仕方が無いよ、大名家に、しかも嫡男に産まれてたんだから。実際、今回の婚礼に出席した今川家の家臣と当家の家臣達は余り話し合っていない。お互いを牽制して形式的な返答に終始している。


悲しいよな、戦国時代って。武田家は今川家を『所詮は公家かぶれ』って見ているし、逆は『裏富士しか見れない哀れな山猿』と思っている。別に先代までの今川家当主が公家かぶれだった訳でもないし、富士山に裏も表も無いんだけどな……。


「春姫は馬に乗った事は有るか?」

「いえ、もっぱら短歌や貝合わせばかりで……」

「左様か、乗ってみたいと思わぬか?」

「そんな、恐ろしい事は……」


うーん、間違いなく春姫は『お嬢様』だね。それとも馬に乗らない姫様の方が珍しいのかなあ。良し、気を取り直してもっと話しかけてみよう。


「俺も母上から短歌を習っておる。今度、相手をしてくれ」

「……はい」

「それからこれも武門の習いだが、いくら当家と今川が盟約を結んだとしても何時手切れとなるやもしれぬ。そうなれば俺は武田家を取るゆえ心しておいてくれ」

「……はい」


……はい、会話終了。前世でも今世でも女性と付き合った事が無い俺に、気の利いた話題なんてある訳無いじゃん。


良いさ、顔立ちは俺好みだし、体型はこれからに期待するとして、性格はじっくり見極めれば問題ない。挫けないでじっくり夫婦になれれば……。



■天文23年(1554年)2月 駿河 今川館 今川氏真


妹の春姫が武田家に嫁いで一月が経った。


寂しい思いをしてないだろうか、夫となった義信殿に可愛がって貰っていれば良いが……。まあ、従兄妹同士の結婚ゆえに武田家も邪険に春姫を扱う事は無いとは思う。


ただ、あの可愛い春姫に会えぬと言うのが辛くて仕方が無い。父上からは『これも当家に生まれたが故の事』と叱責を受けてしまった。まあ良い、父上からの叱責はいつもの事だから気にするだけ時間の無駄だ。


それよりも問題は義信殿と北条の氏政殿を今後どう呼べば良いかという事だ。なんと言っても麻呂を含めた三人は同じ歳だからなあ。麻呂は春姫の夫である義信殿を義弟と呼ぶとして、義信殿は妹の嫁ぎ先の氏政殿を義弟と呼ぶ事になるだろう、では氏政殿は……。一応、麻呂の所には氏政殿の異母姉である早川(後の蔵春院)が嫁いできたから麻呂が氏政殿を義弟と呼ぶ事になるのかな。


となると、麻呂が長兄で義信殿が次兄で氏政殿が末弟? うーん、氏政殿はいつも傲慢らしいんだよな、それに義信殿は知恵者と聞こえてくるから……。嫌だなあ、愚兄賢弟なんて呼ばれるとまた父上から叱責がくる。


そんな事を考えていると傅役の三浦備後守正俊が近づいてきた。ああ、またか……。

「彦五郎様、もう槍の鍛錬のお時間でございまするぞ」

「えー、麻呂は早川と歌会をしたいのお。お主もどうじゃ、一緒に参加しても構わぬぞ」


麻呂が歌会へ誘うと、備後守が眉間に皺を寄せて怒声を浴びせてきた。


「若君、歌会など行なっている暇はございませぬ。若君も元服して一廉の武将となるためには日々の鍛錬をして頂かなければなりませぬぞ」

「あーもう、耳に蛸じゃ」


毎度の事じゃが、備後守が麻呂の袖を掴んで逃げられぬようにすると、背中を押して懇願してきた。


「さあ早よう、鍛錬に参りましょう」

「備後守、蹴鞠などどうじゃ?」

「槍のた、ん、れ、んが、先です」


「……全く、武骨な男じゃ。女子に嫌われるぞよ」

「嫌われても構いませぬ。さあ早よう」

「分かった、分かったから袖を離すのじゃ」

「いえ、鍛錬を行なうまでは決して離しませぬ!」



■天文23年(1554年)4月 相模 小田原城 北条氏政


婚礼から三月が過ぎようとしている。夫婦の仲は至って円満と言って良いだろう。ただ、林姫(後の黄梅院)はまだ十二歳と幼いゆえ、俺が労わってやらねばなるまい。


「兄上、何を呆けているのです。飯が口から零れてますぞ」

「きっと昨夜の閨事を反芻しているんですよ、兄上は」

むう、弟の氏照と乙千代丸(後の北条氏邦)が俺をからかってケラケラと笑っている。ここは長兄の威厳を保たねば!


「氏照! そなたも既に元服しておるのだ。何時嫁を娶るとも限らぬゆえ、それまでに己を律する術を磨け」

「……はあ、分かりました」

「それから乙千代丸! 俺は別に昨夜の閨事を反芻していた訳ではない。今後の当家の方針を考えていたのじゃ」


「本当ですかあ?」

「誠じゃ、たわけっ! これからの当家は俺だけでなくそなたらも当家の為に働かねばならぬ」

「当家の為、とは?」

氏照と乙千代丸が怪訝な顔をする。全く何時まで経っても童のままだ、困ったものだ。


「良いか、他家との縁組だ。今回は俺が領外の武田家から嫁を娶り早川が今川に嫁いだが、これからは家中での融和が大事となろう」

「と、言いますと?」


「分からぬか、そなた達も家中の女子を嫁に娶るという事だ。更に言えば養子となり家中の親族衆を強化する事も必要となる」

「わ、我等が養子に出るという事ですか?」

「そういう道も有るというだろうな。いつまでも本家におんぶに抱っこではならぬ、良いな」

「「はっ」」

全く、我が弟達にも困ったものだ。


……それにしても、昨日の閨は格別であったなあ。



■天文23年(1554年)6月 甲斐 躑躅ヶ崎館 春姫


武田家に嫁いでから半年が経とうとしている。この半年で分かった事だが夫は家中の内政に汗を流す毎日を送っている。それも喜々として治水工事や間伐作業を行なっている。そんな事は他の家臣に任せておけば良いのに……。もう少し妾の事も構ってくれても良い物を。


「春ー、春は居るかー?」

「は、はひ」


思った途端に願いが通じた! 義信様が妾を呼びながら部屋に入ってきた。何やら目を輝かせているのは気の所為だろうか?


「おー居たか、春。今度、当家で歌会を開く事にした」

「ま、誠ですか」


嬉しい! この半年は女中や義母上様との貝合わせや双六ばかりで退屈していた所でした。


「うむ、当家も何時までも戦働きばかりでは全国に名を馳せる大名家とは言えぬからな。やはり今後は格式と教養も大事となろう」

「成程、左様にございますね」


義信様、所詮は『裏富士しか見れない山猿』なんて思ってスイマセンでした。春は反省します。


「ああ、そこでそなたも出席せよ」

「えっ、妾もで、ございますか?」

「そうだ! 今川家で培った教養を当家に披露して貰いたい。ああ、勿論母上も参加するゆえ負けるでないぞ」

「が、頑張ります」


よーし、義母上様や家中の方々から『流石は義信様に嫁いだ姫』と言われるように頑張ります!



■天文23年(1554年)8月 駿河 今川館 早川殿


退屈です、今川家は退屈の一言に尽きます。北条家に居た頃が恋しい今日この頃です。


氏真様は日夜勤勉に怠惰な生活を送っておられるし、義父上様はもっぱら法度の作成とかで忙しそうですし、義祖母上様(寿桂尼の事)は……。


「早川殿、早川殿は居らぬか!?」

「はい、此処に居ります」


また始まった、義祖母上様の御趣味が……。


「今日は和歌の稽古です、宜しいな?」

「……はい」


昨日は囲碁で、今日は和歌、恐らく明日は双六だろう、間違いなく!


「今日のお題は『夜明け』です」

「は、はあ」


ああ、小田原の城下を野掛けしていた頃が恋しい。武家に産まれたからには馬に乗って、薙刀を振り回して鍛錬を積みたい! 妾は何故に女子に生まれたのだろう。



■天文23年(1554年)10月 相模 小田原城 林姫


悔しい……自分のこの身体が忌々しく思う。折角、氏政様との初めての子を腹に宿せたというのに夭折させてしまった。


氏政様からは『次に期待しよう。そなたの身に大事が無くて良かった』と暖かい言葉を掛けて頂いた。武田の父上様や母上様からも『まずは己が身体を大事にせよ』との書状が送られてきた。しかし、妾がもっと丈夫な子を産んでいればと思うと、初の我が子、それも男児を早世させずに済んだのではないかと自問してしまう。


「はあ、早く丈夫な子を産めるような身体になりたい」

「うん? 何か言ったか」

「いえ、何も」

「そうか、ムニャムニャ……グーグー」

いけない! 危うく妾の独り言で横で寝ておられる氏政様を起こす所だった。


今度、落ち着いたら子宝祈願と安産祈願のお参りに行かせて頂こう。そして……これからどんどんと子を成すためにも氏政様に飽きられないように頑張って『良い女』になろう。


は、恥ずかしいっ!






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