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御旗、楯無も御照覧あれ!  作者: 杉花粉撲滅委員
越後の龍神 ~竜攘虎摶~
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第十四話 旅立ちと虜囚






■天文21年(1552年)7月 甲斐 躑躅ヶ崎館 一条信龍


ウチは二ヶ月に一度は定例で評定を行なう。


一月は新年の方針決定、三月は新田開発の計画と、五月は田植えの状況報告と練兵の割り振り、七月は嵐に備えた住居と河川の補強整備、九月は稲穂の収穫見積もり、十一月は一年の振り返りといった感じだ。それに加えて他家の近況報告は毎回の議題だ。


俺も一応、元服して評定への参加を認められているが、今まで発言を許された事は無い。もっとも発言するような事案もこれまでは無かったのだが……。


「父上、如何に村上義清が難敵とはいえ、信濃の平定も時間の問題。なればこそ次の一手を考える時期ではないでしょうか」

「……信濃の次は上野と決めておる」


太郎が、いやもう義信と呼ぶべきか。義信が兄上に当家の方針について進言した。それに対して兄上が決定事項を口にした。


「お言葉ですが、上野への手出しは悪手にございます」

「……何故そう考える」


うわっ、義信が当家の決定事項に否を唱えた。それに対して兄上が顔を歪めて問い返してきた。止めろって、太郎! 兄上は怒らせるとすっごく怖いんだぞ。


「上野、というより関東は北条家が狙っておりまする。そうなれば関東管領を擁した越後の長尾家が黙っておりますまい。特に当家には上野を攻める大儀がございませぬ」

「……」

「そのような地に当家が侵攻しても猫の額ほどしか領地を拡大出来ますまい」


義信が上野侵攻を否とする持論を展開する。評定の間に集まった家臣団も皆、どう捉えて良いか判断できず困惑した表情をしている。


「大儀など、この乱世には不要じゃ。今は家臣や領民を食べさせるための食料を確保する事こそ先決ぞ」

「それがしはそうは思いませぬ。大儀が薄れているこの乱世なればこそ、大儀が重要になると考えます」


兄上と義信が意見を対立させている。わああ、今まで義信が評定でここまで己を主張した事は無かっただけに、兄上や他の家臣達も動揺している。


「……では、甲斐や信濃の領民を飢えさせて良いと申すか!」

「なにも上野に固執すべきではないと申しているのです。他にも領地はございます」


義信がなおも意見を曲げない。やばいって! 兄上のこめかみに血管が……。


「では、何処を攻めるというのじゃ」

「美濃にございます」


あれ? 兄上は始め家中全員が意表を突かれたような表情に変わった。


「美濃は斎藤道三の(まつりごと)によって豊かな土地に変わりつつございます。が、主家を追い出した結果は疑いなく! なればそこを突けば宜しいかと存じます」

「道三は東海屈指の弓取りぞ」

「それは駿河の今川駿治部大輔殿(義元の事)、相模の北条左京大夫殿(氏康の事)、越後の長尾景虎も同じ事。なれば老い先短い美濃の蝮に引導を渡してやるのも一興かと」


あらら、皆が再度思案に耽りだした、兄上までも……。


「あのー」

「なんじゃ! 竹松」


俺が手を挙げると隣に座っていた次兄の古典厩大先生が苛立ちながら声を発した。


「あのー。俺、暇だから美濃に行って情勢を見てきても良いよ」

「「なにっ!」」


うわっ、一斉に俺に視線が集中した。視線ってこんなに痛いの?


でも朋友の太郎のためには、ここで一肌脱がねば!

「要は美濃が攻めるに値するかどうか知らないから、皆さんお悩みなんですよね。だったら……」

「武田家の一門の一角ともあろう者が軽々しく物を申されまするな」

「左様、もう少し、いや今一度、ご自身の立場を弁えて頂きたいですな」


あー、なんか俺が話している最中に家中から『若造がしゃしゃり出るな』って皆さんが怒り始めたよ、怖っ。


「……良いだろう。竹松、行って参れ」

「し、しかし御館様……」


家臣からの静止を振り切って発言を続ける兄上。ものっそい怖いです、その笑顔。


「何も美濃の蝮も竹松を取って喰おうとはせぬだろう。自惚れではないが当家は伸張著しいゆえ、蝮も当家に弓を構えようとは思うまい。但し……」

「……(ゴクッ)」

「但し、当家には太郎やお主に構っていられる家臣は居らぬ。よって一人で行って参れ」


どうしよう……、これが所謂『火中の栗を拾う』って状況なんだろうか。


チラッッと太郎の方を見ると満面の笑みで頷いてきた。これは貸しだからな、太郎。



■天文21年(1552年)8月 甲斐 躑躅ヶ崎館 武田義信


今日、竹松が美濃に旅立つ。


そして、俺は所謂『お見送り』ってやつをしている、間違っても感傷になんて耽ってないからね。


ただ、物心ついた頃からの悪友が近くから遠ざかると思うと感慨深いものがある。無事に務めを終えて甲斐に戻ってきてくれる事を祈ろう。


竹松からは……いやもう一人前の大人として扱おう、信龍からは何度も『これは貸しだからな。お前が忘れても絶対に返して貰うからな』とここ数日言われ続けた。甲斐に戻ってきてから物申せっての。


「俺の役目は道三の動向なんだよな?」

「うーん、それだけじゃあ物足りないな」

「何っ」


信龍が再度、俺に役目の内容を確認してきたが、それだけなら誰でも出来る。


「美濃の富の流れと仕組み、更に武力の多寡、地形や風土も把握してきてくれると助かる」

「全く……、分かったよ。その代わり、絶対に借りは返して貰うからな」


まだ言ってるよ、コイツ。無視! 断固無視!


「今日は暑いな。途中、こまめに休息を取った方が良いだろう」

「この借りは戦場で返して貰うからな!」


ア~、ア~、ア~、聞こえない! ワタシ日本語ワッカリマセ~ン。


「ああ、それから。美濃だけじゃなく、隣接する尾張や飛騨の動向も分かったら逐次教えてくれ」

「この借りは良い嫁の紹介だからな!」


どんどん貸しの返済が増えていく。どんだけガメついんだ、コイツ。


「……分かったよ、善処するよ」

「良し! これで心置きなく旅にでれるってもんよ」


親父様と言い、目の前の信龍と言い……強欲は血筋だな、間違いない!



■天文21年(1552年)10月 駿河 今川館 松平竹千代


最近、今川家家中が活気に溢れている。


先年までは三河で尾張の織田家と一進一退の攻防を繰り広げていたみたいだが、今年に入ってからは特に戦をした訳でもないのになんでこんなに活気に溢れているのだろう。


もう少ししたら甲斐の武田家と相模の北条家との三家で盟約が結ばれると聞いたが、どうもこの緊張感は別の所から来ているようだ。


……そんな事はどうでも良い。俺は一刻も早く三河岡崎城(現 愛知県岡崎市康生町(岡崎公園))に帰りたいんだ。亡き父上の無念を晴らすべく三河を統一し、今川家の家臣に成り下がって鬱屈しているだろう家臣達を鼓舞したい。もう人質暮らしなど真っ平だ。


「若、雪斎禅師がお呼びですぞ。そろそろ説法の刻限です」

「うん、分かった」


俺が物思いに耽っていると傅役の酒井左衛門尉忠次と鳥居彦右衛門尉元忠、近習の七之助(後の平岩主計頭親吉)が居た。



三人で雪斎禅師様の待つ臨済寺(現 静岡市葵区大岩町)に向かうと、既に本堂に禅師様が座して待っていた。思わず恐縮して禅師様の前に座ろうとすると禅師が声を掛けてきた。どうやら待たせた事は怒られずに済みそうだ。


「来たか、竹千代。そなた、幾つになった」

「十となります」


禅師様は俺が座して早々に歳を聞いてきた、なんだ?


「左様か、そなたがこの駿河に来てもう暫く経つ……」

「はい」


「あと三、四年もすれば、そなたも元服じゃな」

「……」


禅師様は一体何を言いたいのだろう。俺はとてつもなく居心地の悪い緊張を背中に感じた。


「それまで儂が生きておれれば良いが、そうでなければそなたが御館様を支えて貰いたい」

「なっ」


禅師様は己の死期を悟っている。そして今川家の将来についても危惧しているという事か。


「何を申しますか! まだこの竹千代、禅師様から教えて頂きたい事が山の様にございます」

「……ふむ」


「それに当家についても、既に武田家と北条家との盟約が確定していると聞き及んでおります。今川家の盛隆は他家を凌駕しております故、禅師様の危惧は杞憂というものと存じます」

「……」


禅師様は俯いたまま暫し思案に暮れていたが、ふと顔を上げると俺に向かって微笑みながら諭してきた。


「のお、竹千代」

「はい」

「そなたはいずれ三河に帰る事となろう。その際、御館様が居らぬならば決して尾張に手を出してはならぬ」

「……それは、それがしでは尾張に勝てぬという事でしょうか」

「左様じゃ」


今川家に来る前に一時尾張に居た時があったが、あのうつけ者に俺が勝てぬという事か……。そして、禅師様は御館様が尾張を獲れるかどうかも危ぶんでいる?






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