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2章 その4

 翌日。

 午前中いっぱい降り続いた雨は昼頃には止んで夕方には晴れ間が覗きはじめた。


 ここは星ヶ崎高校の考古学部。

 考古学部のテーブルには左から浅野部長、大石、新入部員の金条寺さん、僕そして白銀さんの順に座っている。テーブルの前にはホワイトボード。そしてその横には鬱陶しい前髪の後に黒縁眼鏡を覗かせた冴えない風貌の妃織がマーカーペン片手に立っている。ホワイトボードには綺麗な字で大きくこう書いてある。


  待つ考古学から、攻める考古学へ!

 

 妃織はテーブルの方を向くと深呼吸をひとつ。

「とっても僭越なんですけど、わたし日丘妃織が授業を聞く間を惜しんで考えた今年の考古学部の活動テーマを発表します」

 おい、授業は聞けよな妃織。


「考古学と言えば、人類が残した遺跡を研究することを通して、その時代その場所の生活や文化、社会などの活動を明らかにする学問ですよね。わたしはこの事実の積み重ねから結論を導く従来の手法を卒業し、ここに『欲しい結果を得るための証拠を集める』新しい考古学を提唱します」

 そう早口で一気に捲し立てるとホワイトボードにペンを走らせた。

 

  卑弥呼の里 星ヶ崎!

 

「言うまでもなく日本最大の考古学的関心事と言えば「邪馬台国は何処だ」です。そう、私達星ヶ崎高校考古学部は我が町星ヶ崎に邪馬台国があったと言う仮説を提唱します!」


 何だか話が無茶苦茶だぞ、妃織。

 みんなの呆気にとられた表情を尻目に妃織は舌の回りも滑らかに話し続ける。


「皆さん、何を馬鹿なことを、邪馬台国と言えば九州説と畿内説のどちらかじゃいかって思っていますよね。しかし考えても見てください。九州説のメイン北部九州と、畿内説のメイン奈良県がどれだけ離れているか! しかも未だに論争に決着がつかないと言うことは、邪馬台国があった場所なんか実はよく分からない、だから私達の町星ヶ崎に邪馬台国があった可能性だってあるって事です。仮説を立てるのは私達の勝手なんです!」


 論理が飛躍しているというか、それって単なる私利私欲の私情まみれになってないか。 しかし妃織は拳を握りしめ更に力説する。


「わたしが考えるにこの星ヶ崎高校の中であっても千八百年前の魏皇帝の銅鏡が発掘される可能性が少なからずあります。わたしの予想では体育館倉庫の裏庭にその可能性があります。裏庭を発掘し魏皇帝から賜ったとされる鏡を発掘するのです。そうすれば我が星ヶ崎は一気に邪馬台国論争の主役に躍り出て世間の注目を一身に浴びるはずです」


 と、ここまで身動ぎもせず妃織の話を聞いていた浅野部長が口を開いた。

「なるほど。ある意味で面白い話だわ。ところでその魏皇帝から賜った鏡というのは三角縁神獣鏡のことかしら」

「いいえ」

 間髪入れずに首を左右に振る妃織。

「三角縁神獣鏡である必要はありません。魏志倭人伝には『銅鏡百枚』としか書かれていないのですから。それが三角縁神獣鏡であるというのは仮説のひとつ。私達の目的はこの星ヶ崎を卑弥呼の里にすること。ひとつの仮説に縛られて可能性を狭める必要は何処にもありません」

「なるほど」

「もっと言えば別に鏡に限る必要もありません。魏皇帝が贈ったとされるものであれば何でも、紺地句文錦でも白絹でも金八両でも五尺刀でも真珠でも鉛丹でも構わないのです」


 ここで浅野部長は珍しくニコリと微笑んだ。

「素晴らしいわ。論理は支離滅裂で荒唐無稽だけど、たった一日で原書に戻ってきちんと調べてくるところが気に入ったわ。ところで昨日の話ではこの部の財政難を切り抜けるアイディアを考えるって言ってたわよね。その話がどう考古学部の財政を豊かにするのかしら」 

「よくぞ聞いてくれました」


 ぽんっ、と手を打つと妃織が口元を吊り上げニヤリと笑った。

「星ヶ崎町こそ卑弥呼の里説をぶち上げ、世間の話題をさらったら、いよいよ……」

 妃織がまたホワイトボードに大きく綺麗な字を綴りだす。

 

   卑弥呼喫茶


「卑弥呼の里に相応しく私達考古学部で『卑弥呼喫茶』を運営します!」


「なんだその卑弥呼喫茶って?」

「お兄ちゃんとも在ろうお方が分かりませんか。日本の喫茶店の25%がメイド喫茶化する昨今、卑弥呼研究のトップランナーに成り上がった星ヶ崎高校の考古学部として卑弥呼がお客様をおもてなしする卑弥呼喫茶を開業するのは当然の成り行きです」


 ちょっと待て。

 25%って数字はどこから出てきた?

 喫茶店開業資金はどこから出てきた?

 そもそも、卑弥呼が若くて綺麗だったといったい誰が決めた?

 倭人伝の頃の卑弥呼は老婆だと考えるのが普通じゃないのか?


「妃織ちゃん、すごいよ。それ乗った! ノリまくりだ!」

 大石が感動に打ち震えながら立ち上がっている。

 大石、お前までなに全面支援に走ってるんだ。

「でしょ、大石先輩。卑弥呼喫茶の売りは、日本舞踊を踊り和歌を詠みながらお客様をおもてなしする卑弥呼さん姿のウェイトレスと、豊富な和菓子メニューなんです」

 挙げ句に時代考証まで完全に無視してるだろう妃織!


 と言う僕のツッコミが声になる前に金条寺さんが声を上げる。

「うわあ、素敵だわっ! 私、卑弥呼さんになるわっ。思いっきり露出高めのコスで。和歌も詠めるんでしょう! 楽しそうだわっ」

 だから卑弥呼が露出しまくりのピチピチだと誰が決めた!

「そうね。和菓子はわたしが作ってあげる。『邪馬台国ぜんざい生クリーム添え』なんてどうかしら」

 白銀さんまで古墳時代の食文化を勝手にねつ造しないでよ!


 しかしなるほど、金条寺さんの趣味と白銀さんの特技を上手く利用してるって訳だ。この辺妃織のアイディアと言うかおだて方が抜群であることは認めるが。


 しかし僕は妃織に問い質す。

「本気で言ってるのかい妃織。そんな店、高校生の分際で開店出来る訳ないじゃないか」

「ふふっ、お兄ちゃん。駅前にメイド喫茶があるのを知ってますか」

「ああ、知ってるよ。行ったことはないけど」

「あそこの店長さんに企画を持って行くんですよ。週一日は卑弥呼デーを作って貰って、我が考古学部が全面バックアップするんです。そして邪馬台国の時代考証のための活動をしながら、ついでに収入も得るわけです。でもあくまでこれは部活動です」

「我が妹ながら悪知恵と逃げ口上の権化だな」

「ふふっ。そんなに褒めてくれてもおやつは増えませんよ、お兄ちゃん」


 髪型が野暮ったくても、どんなに黒縁眼鏡が似合わなくても、こう言うところ妃織は可愛いと思う。

「そころで妃織はそのお店知っているのか?」

「ええ、少し。以前バイトにスカウトされたんです。中学の時だったので断りましたけど。あと、そのお店の制服を買わせて戴いたり……」


 僕は先日夕食の時に妃織が見事にメイド服を着こなしていたことを思い出した。

「と言う事は、我が家にあるメイド服は……」

「はい。ご想像通りそのお店の制服です」

「本物だったのかよ!」

「なに、日丘は妹にメイドの格好をさせているのか、このド変態」

 大石がジト目で僕を見つめる。

「いや、そうじゃなっくって。メイド服のようなパジャマというか」

「もっと鼻血ものだろう、それ。今度俺にも見せろ!」

「見て嬉しいのか大石」

「勿論嬉しいぞ、この変態兄貴!」

 ダメだ。僕ら兄妹の信用がガタ落ちだ。


「なおちゃん、そんなにメイド服が好きなら、私が着てあげるわよっ」

「ちょ、ちょっと何言い出すんだよ貴和さん!」

「ふふっ。わたしくしはスクール水着でもいいわよ」

「茶和さんも話が翔んでるよ!」

「冗談と思ったら後悔するわよ。デジカメはお忘れなく」

「グラビア撮影会かよ」

「何ならお触りもオーケーよ」

「未成年だよ、僕はまだ未成年だよ。風俗は早いよ!」

「何を言ってる日丘。男ならここはありがたく受け取れ!」

「鼻血出しながら乗ってくるなよ、大石!」


「いい加減になさい」

 ここで堅物、真面目一辺倒で鳴らす浅野部長の活が入る。

「まあ、やりたいことは分かったわ。ともかく先ずは発掘することね」

 混乱し始めたその場が浅野部長の一言で一気に落ち着きを取り戻した。

「はい。明日には発掘の準備をしておきますね」

 妃織はとても嬉しそうだった。


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